ピンコロタケの群生地 その3
俺達は4000カイリオを5日掛けて移動した。
その間、あらゆる理不尽を味わったりもしたが、俺は一つの命を奪うこともなかった。
驚くことに、本当にほとんどの事が金で解決できてしまったのだ。
ただ、中にはそうもいかないやつもいて、力づくでお嬢さんをなんとかしようとしてきた時には流石に銃をちらつかせたりもした。
そんなこんなで俺達は長い距離を走り切ったわけだが、辿り着いたのは自然豊かな山奥なんかじゃなく、それはもう煌びやかな街だった。
色々と麻痺していたんだろうな。
お嬢さんの「ベッドで眠りたい」という申し出を、俺は受け入れた。
そしてやって来たのがここ、ホテル『ヤルファイアワイン』。
例の『地球人可』のピクトグラムが表示された、表向きは安心安全なホテルだ。
夜も更けて来たということもあって、疲れ果てた俺達は互いに無言でその中へ足を踏み入れた。
だがフロントの男が異地球人であると分かった瞬間、一気に身が引き締まったね。
約束が違うって感じだ。
しかし意外にも、そいつは俺達に頭を下げて「ようこそ」なんて言うもんだから、肩透かしを食らったというかなんというか。それがフロントの仕事ではあるのだが。
「部屋は一つで良い。明日の早朝には出発するから飯も結構」
「かしこまりました」
型にはまった笑顔で接客をする男。
意外といいホテルじゃないか。
俺達は鍵を受け取り、案内された4階の部屋へ向かう。
途中も、やはりこれといって会話もない。とにかく疲れていた。
部屋に着いてからは交代でシャワーを浴び、それぞれすぐにベッドへ入る。
そこからは、まるで落下していくように意識は眠りの淵に沈んでいった。何もかも一瞬だった。
部屋の鍵が開いた音で、俺は目を覚ます。
お嬢さん、ではない。こいつはベッドの上でいつものようにのどかな寝息を立てている。
ドアが開き、何者かが部屋に足を踏み入れた。床が軋む。
それなりに古いホテルなのだ。
真っ暗でそいつの正体を見ることは出来ないが、それは向こうも同じだ。
そいつはまた一歩、踏み出した。足音が聞こえる。
こういうのは俺の方が慣れている。距離は把握済み、お前は音を立て過ぎた。
俺は枕の下からそうっと拳銃を取り出し、暗闇に向けて構えた。
そいつはゆっくりと歩いて来る。足音を消しているつもりだろうが、やはりバレバレだ。
やがて足音はバスルームを過ぎ、俺達のいる寝室へ。
疲れてはいても部屋の内装はちゃんと記憶している。寝室の入口には花瓶が置かれていたはずだ。
俺はそれ目掛け、撃ち抜いた。
「何だ!?」
凄まじい音に、お嬢さんが飛び起きたようだ。
「灯りを点けるんだ」
俺は銃を構えたまま指示をする。
部屋が照らされ、遂にそいつの正体が明らかになった。
そこには、照明のスイッチに手を掛けるフロント係の姿があった。
俺はお嬢さんに言ったつもりなのだが、まあどちらでも良い。
肝心のこいつは呆然と虚空を見つめている。驚かせちまってすまない。非常事態なんだ。
「う、撃たないで」
フロントの男は手を挙げ、怯えながらそう言った。
殺すつもりは無いが、撃たないという保証もない。全てはお前の選択次第だ。
「何の用だ」
「誤解しないでくれ。私はただ、純粋に君と寝たかっただけなんだ」
男は言った。
「俺と?」
「そうだ。一目惚れってやつだ。何か感じたんだよ」
「嘘を吐いたら撃つぜ」
「本当だ! 本当に君に惚れたんだよ! そっちの小娘なんかじゃない、少し汚れた感じの君が、私の感性にマッチしたんだよ!」
「ならなぜフロントで言わなかった! 『君に惚れた、結婚を前提にまぐわってくれ』と! 純情ぶりやがって、そういうのはな、単に溜まってるって言うんだよォ!」
俺はもう一発ぶっ放した。
男のすぐ横の壁に穴が開いた。「ぁひいっ」と情けなく体をびくつかせる男へ、俺はさらに脅しをかける。
「今までのは遊びだ。次は確実にお前を撃ち抜く。自信があるんだ」
「マイアン、よせ……!」
「お嬢さん、荷物をまとめな。こんなホテルじゃ安心して眠れやしねえ」
俺は言って、威嚇するように銃を揺らした。
男はすっかり恐怖しきって、ぶるぶると震えている。
だがこっちだって気が気じゃなかった。弾切れだ。
ここまで来るのに何発か撃っちまったから、とうとうぜんぶ使い切ってしまった。
「……動くんじゃねえぞ」
念を押し、お嬢さんの準備が整うのを待つ。
やがて全ての荷物がトランクケースに詰め込まれたのを見てから、俺は再び男へ向け言い放つ。
「道を開けな。距離を保ちつつ、部屋の中へ移動するんだ」
男は汗だくになりながら背中を壁に這わせるように、じり、じりと部屋の中へ進む。
お嬢さんを背後に回し、俺は男にあわせて寝室の入口へと向かう。
奴が窓際まで来た時、俺達はようやく部屋のドアまで辿り着いた。銃はまだ男に向いている。
脅しとして2発も撃ったのが十分に効いたようだ。近づいて来る様子はない。
「ドアが閉まるまで動くな。お嬢さん、先に出な」
お嬢さんがドアを開けて廊下へ出て、俺も続く。
銃を構える腕だけを残して、まずは体だけ廊下に出る。
やがてドアが閉まる寸前に俺は腕を引っ込め、お嬢さんの手を引いて走り出した。
「いったい何事だ」
びっくりすることに、お嬢さんはまだ状況が飲み込めてはいなかった。
寝ぼけているのかもしれない。
「ルームサービスに見えたか?」
冗談を零しつつ、俺達はエレベーターに乗り込んだ。
「糞みてえなホテルだ」
車に乗り込み、正直な感想を述べる。
お嬢さんが隣へ座って行儀よくシートベルトを締めたのを確認し、俺はエンジンを掛けた。
「要は一人で寂しかったのだろう? ちょっと添い寝させて欲しいと言っただけであんなに怒る奴があるか」
「添い寝だと? ケツを掘られるところだったんだ」
「『ケツ』を、『掘る』……?」
「そろそろ俺は、実はお前が全部知っているんじゃねえかと疑い始めている」
生まれたてみたいに純粋なお嬢さんに溜息を吐き、俺はシフトレバーに手を掛ける。
アクセルを踏み込んだその時だった。
「旧時代のクソ猿野郎!」
街中に響き渡るような罵声が聞こえた。
俺達は窓から顔を出してホテルを見上げると、4階の窓からあの男が見下ろしていた。
「調子に乗りやがって、俺はスッキリ出来れば誰だって良かったんだ! 猿の顔なんかどれも一緒だからな!」
高らかな笑い声がメインストリートにこだました。
男は落っこちてしまわないかと心配になるほど身を乗り出し、あらゆる汚らしい言葉をこちらにぶつけて来る。滑稽だ。
こうして奴を眺めているのもなかなかに面白いものではあるが、お嬢さんには毒だ。
俺が胸元から拳銃を取り出して4階へ向けると、男はプレーリードッグみたいに素早く部屋へ引っ込んだ。
「行こうか」
「……ああ」
俺達は街を出た。
道はまた何もない荒野に囲まれた。
相変わらず星は輝き、月は丸い。
まるで宇宙を漂流するように、俺達はひたすら進んだ。
お嬢さんは何も喋らなかった。
夜になるとだいたいこうだ。
星か、月か、暗闇のどれがそうさせるのかは分からんが、お嬢さんは何かしらを考え、黙り込んでしまう。
しかし今日だけは違った。
「……お前は偉い」
唐突に、お嬢さんは俺を褒めた。
まだ寝ぼけているのだろう。
俺はこいつの目を覚ましてやるために、煙草に火を点けた。
「俺のどこが偉いってんだ」
これでもかってくらいに煙を吐き出すが、お嬢さんは微動だにしなかった。
俺と同じで、星を眺めている。
「あの男を殺さなかった」
「そういう決まりだからな。『むやみに人の命を奪わない』。おかげでストレスが溜まってしょうがねえ」
「そうじゃない。あそこでお前が奴を撃ち抜いていれば、きっとお前の気は済んだのだろう。だがお前は私の誇りを守った。感謝するよ」
「その誇りとやらは、ヤチャナイアビヱを殺すと共に地に落ちるんじゃねえのか」
「……そうかもな。だが、それまで私は誇り高くあらねばならない。最後まで、シジョオ家として……」
お嬢さんはそう言って、俺に背を向けた。
眠くなってきたらしい。
俺はあんなことがあってすっかり目が冴えてしまった。
なんだかんだ言って、こいつは図太いよな。見習いたいぜ。
「そろそろキノコは見つかるだろうか」
俺は独り言のように尋ねた。
別に返事なんて期待していなかった。とうに腹を括ったからだ。
どこかにあるという『ピンコロタケ』を見つけ出すまでは、こいつの言うとおりにしてやる。
シジョオ家の誇りも守る。
だが勘違いしないでほしい。
俺は本当にそんなキノコが存在すると信じているから、ここまで協力してやっているんだ。
地球人として何よりも気高いお前だから、俺は自身のちっぽけな誇りを捨てる事さえ厭わない。
とにかく恥ずかしくて言えたもんじゃないが、俺はお前を信じることにするよ。




