ピンコロタケの群生地 その2
慣れないジーンズとブラウスに戸惑うお嬢さんを連れて、俺は建物の外へ出た。
「乗りな」
俺の車へ、彼女に乗車を促す。
だがやつは、それをいろんな角度から眺めて、一向に乗り込む様子が無い。
まさか車を見たことが無いわけでもあるまい。
「どうした」
「乗ってどうする」
「探しに行くんだろ、『ピンコロタケ』を」
「これでか? ここへ来た時、犬小屋か何かだと思ったぞ」
言うじゃねえか。
こいつは傷だらけで、ボロくて、窓が一枚無いが、ちゃんと走るんだ。
むしろそこらの車より可愛がられている。
それにプライベートシップやエアカーなんてのは、それこそ貴族の乗り物。
俺にはこれで十分、大事なビジネスパートナーだ。
「やっぱり俺とは違うね、最後の貴族ともなると」
「……」
「……行こうぜ」
俺はお嬢さんのトランクケースを後部座席に投げ込み、運転席に乗り込んだ。
あとからお嬢さんも大人しく隣へ乗った。
「皮肉で言ったんじゃないんだ」
「……別に構わない。私こそ悪かったよ。嫌味でこの車を犬小屋だと言ったのではない。本当にそう見えたのだ」
「そうかい……」
まあいい、おそらく相当な長旅になるんだ。楽しく行こうぜ。
この犬小屋みてえなボロ車でさ。
「ん、それにしても臭いな。窓を全部開けてくれないか。後ろはもとから開いているが、一度空気を入れ替えよう」
「自分で開けるんだよ、この車は。ドアにくっついてるレバーを回してみな」
「不便なものだ」
お嬢さんはそう言って、両手を使って重そうにレバーを回した。
そうだ、窓ってのはそうやって開けるんだよ。なんでも面倒臭がってちゃキリがないぜ。
俺はエンジンを掛け、久しぶりにしてはスムーズに進みだした車で、まずは街の出口へ向かう。
溶けかけた角砂糖みたいな建物に囲まれた街の狭い道には、動物の死骸やら浮浪者やらが転がっている。
別に踏んづけったって問題は無いが、どうせお嬢さんが騒ぐだろうから、俺はそれらをよけてゆっくりと車を走らせる。
「そういえば、しばらく上へは出てなかった」
「怖いのか?」
お嬢さんはそう聞くが、俺は正直にすげえ怖いだなんて言える筈もない。
こっちが下手に出ればこいつはどこまでもつけ上がるからな。
それよりもまず、年下の女に甘えるなんてみっともないことはしたくないのだ。
「安心しろ。全ての異地球人がお前の考えるような人間ばかりではない」
「別に俺は……」
「8割程度がそうであるだけだ」
「……安心したぜ」
「だが私は奴らが嫌いだ」
俺は横目でお嬢さんの顔を覗いた。
こいつはまたヤチャナイアビヱ家の長男の事を考えていた。
シジョオ家の誇りという奴は相当に気高いものであるらしい。
だが。これだけは言っちゃいけないことなんだが。
こいつは既に貴族なんかじゃない。シジョオ家は滅んじまったんだ。
お嬢さんだけが意地を張っているだけで、もうどうしようもない事なんだ。
ヤチャナイアビヱを殺してどうする?
異地球の落ちぶれた貴族を殺して、それでシジョオ家が戻って来るのか?
分かってるさ。
お前はどうすればいいのか分からないんだ。
やられたから、やり返す。それだけの事なんだろ。
幸せなことに金だけは余るほどあるから、俺のところへやってきた。
それが正解だ。
そして気付いちゃいないと思うが、その答えをさっきお前は自ら口にしたんだ。
自分が自分であるためにお前は、俺の元へ訪ねてきた。
それは地球人としての意地だ。尊敬するよ。それだけはな。
少し気恥ずかしくなり、俺はそれを誤魔化すように内ポケットから煙草を取り出してそれに火を点けた。
「おい! やめてくれ、私はそれが嫌いなんだ!」
「嫌いなもんばっかりだな。良くないぜ」
「そのせいでこの車はこんなに臭いのだな? 消すんだマイアン!」
うるさい奴だ。
だがまあ、静かなよりはいい。
俺は大きく煙を吸い込み、車内に放出する。
お嬢さんはまたキーキー喚いた。
「どうせ何も言わずに飛び出してきたんだろ? ヤキリア・ヤチャナイアビヱはお前のことを探しているんじゃないのか」
俺は口から煙を漏らしながらお嬢ちゃんに尋ねた。
彼女は顔をしかめつつ、窓の方へ向けて答える。
「どうだろうか」
「そいつが本当にお前と結婚したいと思っていたらどうする」
お嬢さんが振り向き、俺を睨みつけた。
位の高い人種のみに許された威圧感が、顔の横にびしびしとぶつかって来る。
「ふざけて言ったんじゃねえよ。もしそうだったらどうするって話だ」
「そんなことあると思うか?」
「分からねえから聞いたんだ。もしヤチャナイアビヱが心からお前のことを救おうとしているのであれば、とんでもねえ仇を返すことになる」
「真の愛と偽りの愛の区別くらいは、つけられるつもりだ」
お嬢さんは口を尖らせた。
大層なことを言うじゃねえか。真の愛だと?
こっちはそもそも愛なんてもんは存在しないとさえ考えているんだ。
朝から頑張っていたあの若夫婦だって、愛し合っているからそうしている訳じゃない。
生きている実感が欲しいだけなんだ。
異地球人からこそこそ隠れてあんな暗くて狭い部屋にいなくてはいけなくても、それでも愛という人間だけが持っているであろう概念にすがることで、ちゃんとヒトとして生きていると思い込みたいんだよ。
誤魔化しているんだ。
つまりは愛なんて言葉があるからそうするんだよ。
「教えて欲しいね、真の愛ってやつを」
「誰もが親から受け取ったではないか。そもそも、私達は愛の結晶だ。知らぬはずがない」
「ああ、そういうこと……」
俺は窓から煙草を投げ捨てた。
「親の愛ね……」
やがて道は傾斜を増していく。
俺たちは会話もなく、ただ前を向いて少しずつ地上へ近付いていた。
緊張するなってほうが無理だ。なんせこれから向かう場所は、これまでとは別世界と言ってもいい。
大丈夫だろうか。
「安心しろ、と言ったではないか。別に地上では戦争が行われているわけではないのだ。出た瞬間に狙撃されることも無ければ、必ずしも異地球人が我々に危害を加えてくるということも無い」
お嬢さんが俺の心を読むようにそう言った。
「俺だって何回かは上がったことがあるんだ。それくらい知ってるよ」
「意外と小心者なんだな」
「良い思い出が無いのさ。上にはな」
辺りが明るくなってきた。地下の粗末な灯りとは違うおおいなる大自然の光、つまりは太陽光だ。
そして遂に俺たちは外の世界へ出た。
お嬢さんにしてみれば先刻ぶりだろうが、俺にとっちゃ懐かしい。
眩しい。とにかく明るく、視界は真っ白に染められた。
徐々に色を取り戻した景色は、ごつごつとした茶色の世界だった。
岩肌に囲まれた谷の中、さらにその中でも巨大な岩の影にスラムの入口は隠されているのだ。
その時、全開にした窓から新鮮な風が入り込んできた。
美味い。もちろん味なんかしやしないが、澄み切った空気はそう表現するほかない。
道の両脇は高い崖が続いていて、頭上には一本の太い線みたいな空が伸びている。青い。
また、雲が白い。
別に頭が悪くなったわけじゃない。上手く言葉が出てこないだけだ。これでも感動しているんだよ。
こうしてみれば、地上はたまらなく美しい。
異地球人なんかがいなかったら、俺もこんな空の下で暮らしたいもんだ。
「良い所なんだけどな、地上も」
つい辛気臭いことを言ってしまった。
「シジョオ家も、緑に囲まれた美しい景色の中にあった。そこでは毎日が穏やかに過ぎていくのだ……」
いかん。お嬢さんまでしんみりしてやがる。
俺はなんでもいいから話題を探した。
「『ピンコロタケ』がどこにあるか、だいたいの目星はついてんだろうな?」
「まあな。まずは4000カイリオは走ってもらおうか」
「4000!?」
「なんだ」
驚愕する俺に、むしろ不服そうな表情をするお嬢さん。
待ってくれ、4000カイリオつったら休みなしで走り続けてもほぼ三日はかかる距離だ。
そして俺はぶっ続けで走り続ける気なんてない。
てっきり明日には大金持ちになって家に帰っているものと思っていたのだが……。
「4000カイリオ先に、本当にキノコはあるんだろうな」
「分からん」
「こら、俺は真面目に聞いたんだぞ」
「私だって真面目に答えた。最低でも、そのくらい行ってもらわねば困るのだ」
俺はお嬢ちゃんを窓から放り捨ててしまいたかった。
だが、当然ながらそんなことは出来ない。
こっちだってポリシーがある。受けた依頼は必ず完遂する。
それが俺の、絶対の決まりだ。今までそのルールを破ったことは無いし、今回だってそのつもりだ。
「そのキノコは一体どんなところに生えてんだよ」
「そうだな、まずは自然が豊かな山の中。そこからの眺めもそこそこよく、滅多に人の来ることが無い静かな場所。……そう聞いている」
「そんな所、何処にでもあるじゃねえか」
「今ので分からんか……。困ったな」
困り果ててんのは俺だよ。
こっちとしては目的もなく走り続けているのと一緒なのだ。
どこにでもあるような場所を巡って、お嬢ちゃんが「ここだ!」と言ってくれるのを待つだけの旅なんざ、そんなもんだ。
終わりが見えない。苦痛だ。
「なんか憂鬱だ」
「『ピンコロタケ』はこの世界のどこかにはあるのだ。きっと見つかるさ」
「……」
俺は相手が年下だとかそんなことは忘れていじけた。
なにか全体的にスッキリしないんだよ。
キノコがどこにあるかも分からないこともそうだが、そもそもそんな物が存在するのかすら、俺はまだ疑っていたからだ。
食べた者をしばらくピンピン生かし、数時間後にコロっと逝かせる。しかも証拠は残らないときた。
殺し屋である俺がそれを知らないなんておかしい。
貴族で、無知なこいつが何故知っている?
まさか、おとぎ話かなにかから得た知識じゃねえだろうな。
「もし『ピンコロタケ』なんてもんが存在しないと分かったらどうする?」
「私を殺してくれて構わない」
「は……?」
「ふっ、冗談だよマイアン」
そう言って、お嬢さんは百合の花のように気高く笑った。
とんでもなくつまらない冗談だ。
「俺は依頼主を死なせたりはしない。お前の望み通り、金を受け取るまでは何があってもお前を守る」
「それは、頼もしいな」
そうだった。
目的なら既にはっきりしていたのだった。
こいつを護衛する。
そのために俺はお嬢さんの気まぐれ旅に付き合うと決めたのではないか。
道中いろんなことは起きるだろうが、食うもんには困らんだろうし、泊まるところも探せばきっと見つかる。地球人が経営している店やホテルなんかも少しはあるんだ。心配はいらない。
それに空は青く、雲は白い。空気も澄んでる。
言うことなしだ。
俺は煙草に火を点けた。
「っ! おいマイアン! それは嫌いだと言っただろう!」
――シンプルにいくべきだ。
俺はお嬢さんがキノコを見つけるまで守り続ければ良い。それだけ。
簡単な仕事じゃないか。
少し楽になった。
ああ、煙草が美味い。
「お前も一本どうだ」
「馬鹿者!」
そっぽを向くお嬢さんを見て、俺はなんだか楽しくなって声を出して笑った。
◇
岩場を抜けた後も道は真っ直ぐに、どこまでも続いていた。
しかし無限に広がる空は視界の半分以上を占め、清らかな風はさっきより強く吹いている。
荒野の茶と空の青、壮大な手抜きみたいな世界を進む俺達の車だけが唯一ちっぽけだった。
「腹が減ってこないか」
お嬢さんが言った。
「俺は常に飢えているから気にしたことは無い」
「何か食べ物は無いか、という意味なのだが」
「あるわけがない。お前こそ長旅になると分かっていたのなら何か持ってくるべきだったんじゃないのか」
「……」
ここぞとばかりに18歳相応の拗ね方をするお嬢さん。
俺だって煙草が切れちまってイライラしていたところだ。
だがこんなところに都合よく店があるかよ。
そう思っていた時だった。
遠くに、なんとも都合よく一軒のコンビニエンスストアが見えるではないか。
荒野にぽつんとあるそれをお嬢さんも見つけ、窓から身を乗り出して喜んだ。
「飛ばせマイアン。私はもう限界だ」
言われた通りに俺はアクセルを踏み込むが、すぐにそれから足を浮かせた。
その店が異地球人の経営するものだったからだ。
地上には、地球人の入店が許される店とそうでないものが存在する。
『地球人可』の店の看板には、大小二人の人影が並ぶピクトグラムが表示されているが、あのコンビニにはそれが無い。
つまりは『地球人お断り』だ。
「あれは駄目だ。次の店を探そうぜ」
「いや無理だ、車を停めるのだ」
「嫌だ」
「私はお前の依頼主だ」
俺はコンビニに車を停めた。
それからお嬢さんに言う。
「すぐに戻って来る。お前はここで待ってろ」
お嬢さんは「急げ」と命令し、座席に身を沈めた。
まったく気が進まないながらも車を降りた俺は、店の中へ入る。
客は1人もいない。
カウンターを見ると、やはりそこには異地球人の店員がいた。
射殺すような鋭い視線を俺に送っている。だが何かを言って来るような気配は無い。
やはり奴らは体がでかい。それに服の上からでもその強さがわかるほどに逞しい。
大丈夫だ。俺は客としてここへやって来た。敵意は持っちゃいない。
招かれざる客であることは言うまでもないが……。
急ぎ買い物カゴへ必要な物を放り込んでいく。少々入れ過ぎたかもしれんが、次の店までどれくらいの距離かも分からん。缶詰などの非常食はあって困るものではないだろう。
俺は目を伏せながらカウンターへ向かい、カゴを置いた。
「27番の煙草を5カートン」
店員は黙って煙草を持ってきた。
どうやら金さえ払えばなんとかなるみたいだ。
しかし適当に袋詰めをするなこいつ。
最初にパンを入れたら、ぺちゃんこになっちゃうだろうが。わざとか?
まあ良い。食料を調達することが一番の目的だ。
さっさと済ませて、早いとこ車へ戻ろう。
「16万ディオルだ」
「え?」
俺は思わず聞き間違いを疑った。
16万ディオルだと?
くそ、こいつ。
なんとなくそんな気はしていたが、よりにもよって5倍以上の値段をふっかけてきやがった。
そしてこの店員は俺が金を持っていることを知っている。
わざわざ『地球人お断り』の店に入って来て、しかもこんなに買い込んだら当然だ。
だが、納得いくかよ。
お嬢さんの言う通り、俺は気が小さいのかもしれないが同時に短くもあるんだ。
現に俺のはらわたは既に煮えくり返って吹きこぼれそうになっている。
ふかふかのパンをぺちゃんこにされた挙句、馬鹿みてえな金額を請求されて平常心でいられる奴なんかいるか。
「計算が苦手なのか? 2万8千567ディオルの筈だ。間違いない」
「そうか、しかし16万ディオルだ。特別価格でな」
「会話も苦手と見た」
「調子に乗るなよ、お前のようなエテ公がヒトらしく買い物ができるだけ有難いと思え」
「無駄にでかい図体しやがって。未来へ帰りな」
瞬間、店員が俺の胸倉を掴んだ。
俺は咄嗟に尻ポケットへ忍ばせた拳銃に手を伸ばす。
準備は出来ている。
もし俺に殴りかかろうものならそれが合図だ。
選択権はお前にあるんだぜ。
「どうやらこの店へぶっ殺されに来たみてえだな!」
店員はカウンター越しに片手で俺を持ち上げ、もう片方の手を固く握りしめた。
――決まりだ。
ああ、いつものやつが来た。
生きた死体を目の前にした時の、何とも言えない冷えた感覚。
お前はもう、死んでいる。
最も有り得る可能性へお前を導いてやるのが俺の仕事だ。
良い勉強になったな。自らの気まぐれで命を落とすことだって、時としてあり得るんだぜ。
「何をしている!」
突然の喝。
俺は床へ下ろされ、店員は入り口を見た。
「何をしているのだ」
お嬢さんが俺の元へやってきて、今度はちゃんとした声量で尋ねた。
「コイツがとんでもねえ値段をふっかけてきやがったんだ」
「いくらだ」
「30万ディオル」
店員がさらに値段を跳ね上げた。
「だがアンタ、かなりの美人だな。なんなら一発やらせてくれたら半額にしてやってもいい」
「一発……? 何を一発するのだ!」
「そりゃあアンタ」
「こいつで一発やるんだよお嬢さん……!」
俺は銃を構えた。もう限界というものさ。
この距離で外す馬鹿はいない。狙いを定め。これで全てタダだ……!
――打音。
しかし俺は撃ってなどいない。
「これで良いか? ほんのはした金だが」
お嬢さんが金を叩きつけたのだ。
カウンターには札束が一つ。
店員は腰を抜かしている。死を覚悟してからの臨時収入に、状況が飲み込めない様子だ。
「おい、それはやり過ぎだ。いや、2万8千ディオルでいいんだ」
「良いから行くぞ」
お嬢さんは足早に店を出て行ってしまった。
俺も店員に銃を向けつつ袋を掴み、そのまま店を後にする。
「仕事はもっと誠実にこなすもんだぜ」
そう言い残して。
◇
コンビニを過ぎてからも、変わり映えのしない景色が続く。
俺たちは茶色と青色の境界線へ向かってひたすら進む。
「おい、パンがぺちゃんこではないか」
隣で買い物袋をまさぐっていたお嬢さんが声を荒げた。
袋は二つあるが、どちらのパンもぺちゃんこだ。諦めるしかない。
「あの店員がやったんだよ」
「それで殺そうとしたのか?」
んな訳があるか。
俺はそこまでパンが大好きという訳ではない。
人よりちょっと好んで食べるという程度だ。
「違う。分かるだろ、あいつはとんでもねえ奴だったんだ」
「金を払えば済む話ではないか」
「お前はそれで良いのか?」
「……良くはない。だが私は気に食わない異地球人を片っ端から殺してもらうためにお前を雇ったのではない。もしもの時のためにお前がいるのだ。我々は奴らとは違う、むやみに人の命を奪うな」
「嫌だね」
「私はお前の依頼主だぞ」
「だからなんだってんだ」
「シジョオ家の誇りを汚すことは許さない」
出たよ。やはり分かっていないんだ。
お前はさっき、地球人としても女としても最大限の侮辱を受けたんだぞ。
あそこで俺が銃を構えたからこそ、お前は今も無知で穢れなくいられるんだぜ。
それに俺にも誇りだってあるつもりだ。ちっぽけだが。
「俺自身にも誇りを守る権利はある」
「知っている。だからこそ力の使いどころを見極めるのだ」
実に偉そうに物を言うやつだ。
だが今の言葉には少し重みがあった。確かに、シジョオ家の誇りという奴は本物らしい。
「私は異地球人が嫌いだ」
俺達は夜まで走り続け、道の端に車を停めてそこで寝ることにした。
もうじき眠りに落ちようかという時、お嬢さんはまるで軽い挨拶みたいに言ったのだ。
「理由もなく私達を虐げ辱めるあいつらが嫌いだ」
「……」
「あいつらの血が嫌いだ。私達を迫害するために脈々と受け継がれて来たあいつらの血が」
俺は夜空を見上げた。
星が輝いている。綺麗だ。
「私は……」
「もう寝ろよ」
「父様、母様、兄様……」
おいおい、頼むから泣くなよ。
普段から無理に強がるからそうなるんだ。
俺みたいに、むかついたらぶっ放すくらいが丁度いいんだぜ。
だがまあ、それが『ミア・シジョオ』だってんなら何も言わねえさ。
これでも理解しているつもりだ。
貴族は貴族で、大変なんだろうな。
「俺は寝るぜ」
「……ぐすっ」
はあ。
こうも星が綺麗だと、俺までしんみりしちまう。
煙草に火でもつけてみようか。
お嬢さんが飛び起きて、賑やかになるかもしれない。
でも、やめた。
すうすうと健やかな寝息が聞こえる。