第七話~紅茶と鎧~
「はむ……! はむ……!」
「相変わらずよく食べるな、お前」
「育ち盛りですから!」
一日で山を越えられると思っていたが、野宿をすることになった。飛んでいけば一瞬で山越えをできるが、今は自分の足で歩き旅をしていたい。
そんな冒険心を胸に、朝を向かえ、今は朝食タイムだ。フォルンは、一人暮らしが長く、姉であるエルルが居た時でも家事をやっていたためかなり料理の腕がよかった。
朝は、パンに野菜や干し肉を挟んだサンドウィッチ。一人二つずつ用意され、飲み物はホットミルクだ。
一人二つずつと言ったが、フォルンの食欲はとてつもないもので。一気に二つのサンドウィッチを平らげ、三つ、四つと次々にその小さな体に入れていく。
その豪快で、気持ち良い食べっぷりに霊太は圧倒されながらも、微笑ましそうに見詰めている。
「師匠は、それだけで足りますか? もし足りなかったら」
「いや、俺はこれで十分だ。俺は小食なんでな。なんだったら、一個やるぞ?」
四つ目を平らげ、ぺろりと自分の指を舐めていたフォルンに余っていたサンドウィッチを差し出す。
「い、いいんですか!?」
「別にいいぞ。これはお前が作ったものだからな」
四つも平らげたというのに、まだ入るのか。
霊太からサンドウィッチを受け取ったフォルンは、眼を輝かせ五つ目へと齧り付く。そんなフォルンを横に、霊太はヘッドホンを耳につけ音楽を流す。
正直、あまり使うのがよくはない。一応音楽プレイヤーのバッテリーは十分にあるし、なくなった場合はスマートフォンにも音楽が入っている。
加えて、モバイルバッテリーもあるが……それがなくなってしまえば、どうなるか。雷属性の魔法もあるようなので、それでどうにかできないだろうか。
ちなみに、スマートフォンは政府からのプレゼントだ。霊太がどこに居るのか把握できるようにと高性能なGPSつきである。
(まあ、でもさすがに異世界は無理だろうな。今頃大騒ぎだろうな、俺がいなくなって)
「あのぉ、師匠?」
「なんだ?」
霊太が渡したサンドウィッチをあっという間に平らげたフォルンはホットミルクが入ったコップを両手で持ちながらヘッドホンを見詰めていた。
「前から気になっていたんですけど。それって、何なんですか?」
「あぁ、これか。……ちょっと耳貸せ」
「は、はい」
人間用に作られているが、亜人にはどうなのだろうか。耳に位置は犬や猫と同じく頭の上についている。これではヘッドホンを取り付けるのは無理だ。
ならばと、片方耳に当ててみせた。
「ひゃうっ!? ……師匠、これって音楽が流れて」
「そうだ。これは音楽を自分だけで聴けるようにするものだ。ちなみに」
と、ポケットからヘッドホンと繋がっている音楽プレイヤーを取り出す。
「これに色んな音楽が入っているんだ。こうやって」
音楽プレイヤーを操作し、別の音楽へと切り替える。今までは、朝の静かな空間に合わせて静かな音楽だったが、次はアップテンポな激しい曲が流れる。
「おお!!」
感動してもらったところで、霊太はヘッドホンを遠ざけ音楽を止める。
フォルンは、とても名残惜しそうな表情になってしまった。
「また聴かせてやる。それに、あんまりヘッドホンで聴き過ぎるのはおすすめしない」
「何でですか?」
「なんだったかなぁ。ヘッドホンや、イヤホンで直接音を聴き過ぎると、すぐ耳が遠くなる、だったか?」
「ええ!? そ、そうなんですか!?」
「まあ、大分前に見た情報だから最中じゃないんだけどな」
スマートフォンで調べようとしても、ここでは無理だ。当然のように圏外なうえに、ネットも繋がっていない。
「まあでも、大音量じゃなければセーフだろ。たぶん」
「たぶんって……」
「ああ、たぶん。正直、これに関しては自信がないから絶対とは言えないな。それよりも、早く飲まないと冷めるぞ?」
「そ、そうでした!」
楽しい会話もほどほどにして、その後食休みを取ってから移動を開始する。
今日中には山を越えられればいいが、フォルンも初めてなためどれくらいの距離があるかわからないと言う。
(千里眼を使えば、後どれくらいか。大体わかるけど……)
それだと旅をしている意味がない。ここには霊太が見たことがないものが数え切れないほど存在する。それを自分の足で歩き、出会う。
千里眼で先に見てから出会うのとでは、衝撃が違うだろう。
そういうわくわくを今は求めているのだ。
「お?」
「おや? 君達、もしかしてこの先に行くのかな?」
山を登り、丁度下っている最中だった。向こう側から歩いてくる旅人の男と遭遇する。とても人当たりが良さそうな表情で話しかけてくる。
礼儀として、二人は頭を下げてから口を開く。
「はい。この先にあるリュテュカへ行くつもりです」
「では、リュテュカから来た者として良いことを教えておこう。この先、変な鎧が居るからね。なるべく避けて行ったほうが良いよ」
「変な鎧? 呪われてる、とかそういうのか?
呪いの鎧。そういうのもファンタジーによくありそうな存在だ。
「いや、違うんだ。なにやらずっと岩に腰掛けててね。通り縋る旅人達になぜか紅茶を恵んでくれと言って来るんだ」
「紅茶を?」
それだけ聞くと普通だと思ってしまう。
だが、次の言葉で普通ではないと考えが変わる。
「ああ。なんでも、じっさい紅茶の茶葉を持っていた旅人がわざわざ目の前で淹れてあげたようなんだ。そして、紅茶を受け取った鎧は兜を上げたんだけど」
「あ、あげたんだけど?」
なにやら変に緊張した様子で話を聞いているフォルン。
まるで怪談話を聞いている子供のようだ。
「なんと! 中に誰もいなかったんだよ!」
「ひいい!?」
普通に怖い話だったようだ。しかし、そんな話を聞いてしまっては行かないわけがない。そもそもその鎧が居るところを通らない限り先には進めないのであれば、必然的に出会ってしまう。
これは避けられない運命だ。
「それで? その鎧は、その後紅茶をやった奴をどうしたんだ?」
「ま、まさか食べ……食べちゃった、とか?」
別にそこまで怖くなかったと思うが、フォルンはぶるぶると震えながら霊太にしがみ付いていた。
「いやいや。その後、紳士的な言葉で礼を言って、別れたそうだよ」
「じゃあ、悪い鎧さんじゃないんですか?」
「ああ。ただ中身がないっていうのは事実だ。しかも、その鎧は数週間もずっとそこに居るそうなんだ」
それはますます興味が湧いてきた。
霊太は、鎧の話をしてくれた旅人と別れた後、パーカーのポケットに手を突っ込みあるものを取り出す。
「師匠、それなんですか?」
「缶紅茶だ」
「缶?」
これはなんという偶然か。後で飲もうと思い買っていた缶の紅茶が役立つ時がきたようだ。ただすっかり冷えてしまっている。
「紅茶ってアイスでも大丈夫だよな」
「え!? ま、まさか鎧さんに?」
「ああ。その鎧に興味が湧いた」
「そ、そうですか……」
どうやらまだ怖いようだ。進まないと目的地には辿り着けない。しかし、そのためにも紅茶を欲しがる謎の鎧のところを通らなくてはならない。
一度、地図と見直したが、別ルートもあった。ただし、かなりの遠回りになってしまう
二人としては、早くリュテュカに到着したい。
「大丈夫だ。何があっても俺が護ってやる」
「よ。よろしくお願いします」
霊太の実力を知っているフォルンは、その言葉に勇気付けられ進んで行く。
十数分後。
若干道が広くなったところで、見えた。
確かに、丁度良い大きさの岩の椅子に鎧が座っていた。しかも、礼儀正しく。なかなかシュールな光景だと思いつつ、二人は近づいていく。
「あんたが、紅茶を欲しがる鎧か?」
「ん? ああ、そうだが。まさかそちらから話しかけてくれるとは。いや、すまないね。ある事情があって、紅茶を飲まなければならないんだ」
「ある、事情ですか?」
実際に会ってみてそこまで怖い存在ではないとわかったフォルンは、ひょこっと霊太の後ろから顔を出し問いかける。
うむっと小さく頷き、自分が座っている岩に触れながら語り始めた。
「実はね、ある者に変な呪いをかけられてしまったのだよ」
「……まさか、紅茶をある一定量飲まないと離れられない、とかか?」
「まさに」
確かに変な呪いだ。かけた本人の顔を見てみたいものだ。
「で? 後どれくらいで離れられそうなんだ?」
「そうだね……後カップ一杯分だろうか? 紅茶は今でこそ、一般人でも飲めるようになったけど。まだまだ貴族御用達の飲み物。そう容易く手に入る代物ではないので、後一杯がなかなかどうして」
そういうことなら、と霊太が缶の紅茶を手渡す。
それを受け取った鎧は、物珍しそうに缶を眺めている。
「これは……なにかな?」
やはりこの世界には缶というものがないようだ。これはな、と一度缶を受け取り、目の前で開けてみせる。
「ここに口を当てて飲むんだ。ちなみにそれは紅茶だ」
「おお。なんとも珍しい。……ふむ。確かに紅茶のようだね」
「冷たくても大丈夫か?」
「ああ、もちろんだとも。できればホットが好ましいのだけど、今はそんな贅沢を言っている場合ではないのでね。貰ってもよろしいのかな?」
「もちろんだ。さあ、ぐいっと」
霊太的には、紅茶よりもコーヒーのほうが好みなのだ。紅茶は、気分転換になるかなと思い買っただけ。ちなきに、もう片方のポケットにはちゃんと缶コーヒーが入っている。
「では、ありがたく頂こう」
そう言うと、兜のバイザーを上げる。
「……へえ、本当に中身。人が入ってないんだな」
「あわわ!?」
「はっはっはっは! 驚かせてしまったね。ごらんの通り、私は普通ではない。話せば長くなるが、端的に言えば、私は【ソウルナイト】なのだよ」
「【ソウルナイト】!? それって、あの鎧に魂が定着した……」
「そう。お嬢さんの想像通り。私は極稀に生まれる異質な存在」
自分の存在をカミングアウトした鎧は、一気に紅茶を中へと流し込んでいく。なんともシュールな光景だろうか。
そもそも鎧の中に流し込むというのはどうなのか。
絶対隙間から漏れてくるか、足の底に溜まっていくはずだが……なぜか本当に飲んでいるかのように、喉が鳴る音が聞こえる。
「……これはなかなかの美味。冷たい紅茶というのもいいものだね。さて」
缶を地面に置き、ぐっと足腰に力を入れる。
そして。
「おお! ようやく呪いが解けたようだ。いや、長かったものだ。思えば、一月近くはここに居たんだね……」
うんうんっと懐かしむように頷いた後、二人のほうへ向き頭を下げた。
「ありがとう。君達のおかげで、呪いが解けたよ。これで私は自由の身だ」
「それはよかった。なあ、俺さ。あんたに興味があるんだ。どうだ? これからリュテュカに向かうんだが、一緒に」
「うむ。私も、君に興味が出てきてね。丁度話をしてみたいと思っていたところだったんだよ。その申し出、お受けしよう」
「決まりだな。フォルン? もう怖くないだろ?」
「はい。なんだか、優しい人? のようなので。あの、さっきは怖がってしまって」
頭を下げようとするが、鎧はそれを止める。
「お気になさらず。誰しも、中身のない鎧が動くなど怖いに決まっている。まあ中には面白がって、鎧の中に入ろうとする子供も居たけどね」
「あ、あははは。それは大変でしたね」
「そんじゃ、さっそく行こうぜ。……っと、その前に自己紹介がまだだったな。俺は、霊太。そんでこっちがフォルンだ。あんた、名前、あるよな?」
さすがにないということは……ありえるかもしれないが、あるだろう普通。
「もちろん。私の名は、アルデンス。気軽にアルとでも呼んで頂きたい」
どうやらあったようだ。
「了解。よろしくな、アル」
「ええ。こちらこそ、よろしく。霊太くん。フォルンちゃんも」
「はい! よろしくです!」
自己紹介を終えた三人は、その後、仲良くリュテュカへと向かうのだった。




