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次の日の目覚めは清々しかった。朝ごはんをしっかり食べ、登校班に間に合ったのはいつぶりだろう。下駄箱で友達に「今日は早いね」なんて声をかけられた。下駄箱から僕の教室がある二階に上がる階段で、斉藤と目があった。恥ずかしさに襲われとっさに、目を下げる。

「おはよー。」

 斉藤の声だった。好きな人の声だった。

「お・・・おはよっ。」

僕は斉藤の顔を見ないままに、返事をした。顔を上げると、そこにもう斉藤はいなかった。続けざまに、あいつが僕の右肩をポンっと叩きながら声をかけてきた。

「おはよ!」 

 右手を上げて返事をする。

「おはよ・・・」 

「あれ?もっとテンション高いと思ったのに。」

 今日1日こいつにずっとニヤニヤされ続けると思うと、気分は上がらなかった。未央と一緒に教室に入ると、すぐに3・4人の女子に色眼鏡で見られている気がした。いや、みんな未央と同じ顔をしている。それでも、できるだけ気にしないように席についた。席に着くと、男友達がやってきた。こいつらは何も知らないようでいつもと変わらない態度だ。チャイムのない教室に8時25分ちょうどに担任が入ってきた。僕たちは、席について授業を受けた。


 小学校では、2限目と3限目の間に20分のフリータイムという休み時間があった。いつもは、僕を中心に2組の男(未央を含め)でドッジボールや壁当てをやりに行く。黒板の左手にあるボールを独占している僕は、今日はドッジボールをする予定だった。僕はボールを手に取り、数人で校庭に行こうとした。教室を一歩出た時、そこにあの大女「影の巨人」こと関愛美が立っていた。彼女はなんの挨拶もなしに用件を言い始めた。

「麻奈が、なんでさっき目背けたのって言ってて、どーする?」

 はぁと僕は関から目を背け、みんなに先に校庭言っててと告げた。20分しかない大切な休み時間に、みんなを巻き込めなかったし、会話も聞かれたくなかった。

「どーするって何だよ、それに別に背けたわけじゃないから。」

 僕はどうにも恥ずかしかったとは素直に言えなかった。

「え、背けたでしょ絶対。だってすごい恥ずかしそうだったって言ってたよ。」

「いや、別に恥ずかしかったってわけじゃないから。」

 そう言いながら自分の顔が赤くなるのがわかった。

「まぁなんでもいいけど、これからはそういうことしないであげてね。」

 何様だ?そう思いながら堪えた。昨日初めてしゃべったのに妙に距離の近い関に不信感さえ抱いた。関は用件だけ伝えると、スタスタと自分の教室に戻って行った。僕は、「影の巨人」を尻目に校庭へ向かった。

 1日中、未央にニヤニヤされながら、クラスの女子にヒソヒソされながら、その日は終わった。週の初めからこの調子じゃ体が持たなそうだった。僕は、家に帰るなり自室に向かい布団に横になった。

 あああ・・・という気持ちがこみ上げてくる。いつもなら学校が終わったら、同じクラスの正志か誠治を遊びに誘うところだったが、今日はそんな気分でもなかった。僕は枕に顔を埋めているうちに眠りに落ちた。


 どのくらい寝ていただろう。1階から聞こえる母さんの怒声とも言える声で目が覚めた。

「あつしー!あつしー!電話ー!」

 斉藤だ!僕はハッと起き上がった。扉の前にほっぽってあるランドセルを足で蹴り飛ばした。そして、階段をまた駆け下りた。

 電話を耳に当てると、僕は勢いよく声を出した。

「もしもし!」

 クスクスした笑い声で斉藤じゃないことがわかった。

「なに?なにそんな興奮してんの?」

 僕はバツが悪いように、落ち着いた声で話した。

「なんだ関か。」

「なんだってなに?また、麻奈に頼まれたから電話してあげたのに。」

 僕は関に電話してくれと頼んだ覚えもないし、関の声が聞きたいわけでもなかった。

「で、今度はなに?」

「なに。その言い方?気になってるんでしょ。教えてあげないよ?」

 ああああと思いながら答えた。

「わかった。ごめん。今日のご用件は?」

「よろしい。今から予定なかったら会いたいんだって?」

 ずいぶん急な・・・でもなんとなくこうなる気もしていた。だから学校終わりに誰とも遊んでないのかもしれない。

「わかった。どこに行けばいい?」

「待ってね。」

 そういうと保留音が流れた。20秒もしないうちに保留音は治まった。

「麻奈のマンショんわかるでしょ?マンションの前にいるからすぐ来て!」

 電話越しにヒソヒソと声が聞こえた。

「おまえら、もしかして今一緒にいるの?」

 関は俺の質問には答えないまま電話を切った。僕は電話を置き、すぐに階段をかけ上がり自室に戻ると、小学生ながらにワックスを手に取る。5年生になって初めて行った美容院でワックスのつけ方を教わった。両手にべっとりとワックスをつける。まず全体になじませ、大きな膨らみをつける、人差し指と中指である程度の束になった髪をクルクルとまとめる。それをトップから全体にしていく、前髪を右から左に軽く流す。鏡には鳥の巣をのっけたような男が映っていた。美容師のようにうまくワックスがつけれない。恥ずかしくなった僕は、髪についたワックスを全て洗い流した。髪をビショビショに濡らしながら、もう諦めたように斉藤のマンションに向かった。


 マンションの前には斉藤と関の他に、未央までいた。珍しくよっと右手を上げる挨拶を交わさずに未央が口を開いた。

「なんでそんなに汗かいてんの?」

「いや、汗じゃないから。風呂入ってたんだよ。」

 未央がニヤニヤ答えた。

「なに?麻奈に会うからわざわざ風呂入ったの?」

「そうじゃねーよ別に!」

 3人はニヤつきながら、短いコショコショ話を始めた。

「じゃああつしまたね。」

 そういうと未央は自転車にまたがり、関を後ろに乗せその場からいなくなった。僕は、二人の後ろ姿を目で追い続けた。二人になったとたん急に緊張が体を走り、斉藤の方を見ることができなかった。そんな中、斉藤は後ろから僕のTシャツの裾を引っ張った。

「ねえねえ緊張とかしてる?」

 そのまま振り返ることなく答えた。

「別に緊張とかしないから。」

 そう言いながら、額から汗が垂れた。いや、これはさっき頭からかぶった水の残りかもしれない。

「そっか緊張とかしないんだ。ウチはするのに・・・」

 そういえば昔は自分のことを麻奈って呼んでいた気がするけど、いつの間にか一人称がウチに変わっていた。多分僕たちはお互いのことをそれほど知らないのに、両想いなのか、そう不思議に感じた。

「あのさ・・・」

 斉藤は、ゆっくりと口を開いた。

「あのさ・・・よかったらウチと付き合わない?」

 唐突な斉藤の質問に思わず振り返ってしまった。斉藤は顔を赤くしていた。

「付き合うってなに?」

 えっていうような顔をした斉藤だったけど、僕の方が困惑していた。

「だから付き合うは付き合うだよ!彼氏になってって言ってんの!」

「だからその付き合うってなんなんだよ!」

 僕は多少荒声で言ってしまった。当然だ。僕たちはまだ小学五年生で、中学になった兄が最近やっと彼女ができたと言っていて、多分斉藤のお姉ちゃんも彼氏なんかができたんだろうけど。実際付き合ったってなにすればいいかわからない。

「だってウチら両思いなんでしょ?だったら付き合ってもいいじゃん!」

「じゃあ付き合ったらなにすればいいんだよ?」

 そういうと斉藤は黙りこんだ。お互い顔を赤くしながら沈黙していた。また斉藤はゆっくりと口を開いた。

「・・・じゃあとりあえず斉藤っていうのやめてよ。」

 そう言われると、僕はさらに顔を赤らめた。

「麻奈って呼んで?」

 僕は恥ずかしくてなにも言えなかった。僕は唾をゴクッと飲んで声を出した。

「ごめん、本当はめちゃくちゃ緊張してるし、恥ずかしいから言えない。」

 斉藤は、笑いながら答えた。

「ほら〜やっぱり緊張してる〜!」

「そりゃ好きな人といるんだから緊張するだろ!」

 小さく「あっ・・・」と言ってしまった。なんかとてつもなく恥ずかしいことを言った気がする。そんなことはお構いなしに斉藤はもっと恥ずかしいことを言った。

「じゃあ記念日は5月16日ってことでいい?」

 うんと彼氏のくせに情けない自分がまた恥ずかしかった。

 そこから、僕たちはマンションの横の脇道にある小さいベンチに一定の距離を置いて座り、わざと何気ない会話を30分ほどした。これといって付き合った実感なんてものはなかった。ただ僕は斉藤の名前を出すような会話は避けた。多分そのたんびに「麻奈って呼んで」と言われそうだったから。正直会話は盛り上がることもなく、かといってつまんなくもないものが続いた。斉藤は携帯で時間を確認して、切り出した。

「そろそろ帰ろうか。」

 ちょうど心が疲弊してきたところだった。僕はベンチから立ち上がり、大きく伸びをした。また何か斉藤が笑っていた。振り返りなんだよと睨んだ。ケタケタ笑いながら斉藤は答えた。

「脇汗すごいよ?」

 みると確かにすごい脇汗だった。僕はすぐに腕を下ろした。

「でも、好きだよ・・・」

 斉藤はケタケタ笑ったり、急に真剣になったり忙しい感情の持ち主だった。これ以上一緒にいると、洗濯しても脇のシミが取れなくなりそうだった。斉藤もベンチから立ち上がり、マンションの前まで一緒に歩いた。

「じゃあまたね。」

 僕がそういうと、斉藤はコクっと頷いた。

「じゃあまたね・・・あつし・・・」

 僕は一生、この子に勝てない気がした。

 僕は、じゃあね麻奈とボソッとつぶやいて、足早にその場から離れた。


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