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帰宅した僕は、なんとも言えない高揚感を抱きながら、部屋でウロウロしていた。ウロウロと言っても、携帯ゲームをしたり、テレビを見たり、その都度時計を見て時間を確認した。僕は何度も何度も時計を見て、電話を待っていた。今日電話をする約束なんてしていない。それでもなぜか電話を待っていた。7時を少し回った頃、一階から母が声を張り上げてきた。
「あつしー!ご飯できたよー!」
はーい!と声を返し、一階の今へと向かう。食卓には僕ひとり分の晩御飯が並んでいた。僕の両親は、家の一階部分で飲食を営んでいるため、基本的にはご飯を一緒にすることはない。それでも兄と二人で食べることはあったが、最近は日曜日の夜彼女とデートに行っているらしく、こうして一人でご飯を食べる。別にむなしいとか寂しいとかは思わない。特に今日みたいな日はそれどころじゃない。むしろ一人で良かったと思うほどだ。テレビを見ながらチンタラとご飯を食べていても誰にも怒られない。ご飯を残しても僕の両親は怒らない。そんなところがうちに生まれてきたメリットの一つだ。
ピーマンの肉詰めから、ピーマンを引き剥がし、肉だけ食べようとしている時、テレビ台の横にある電話から着信音が流れた。僕は立ち上がり一呼吸おいて、電話を取った。
「もしもし、黒木ですが・・・」
電話の先で聞こえた声は僕の知らないものだった。
「あ、もしもし。あつし君いますか?」
不審がりながら僕は答えた。
「あつしは俺だけど。」
「よかったー親とかか出たらどうしようかと思ったよ。私、麻奈と同じ一組の関愛理。わかる?」
関愛理。斉藤と同じクラスの女の子。通称「影の巨人」だ。160以上の体格なのに、いつも女子グループの後ろにいる女の子。でも、なんで、この子が僕に電話をしてきたのかわからない。わかるよとだけ言うと、関は話し続けた。
「なんか、麻奈がこれから電話したいんだって。それで電話をしていいかの確認なんだけど?」
本当に意味がわからなかった。こんなことしてなんの意味があるのか、そしてよく関もこんなことに付き合っている。僕はあんまりこんなことを言いたくないけど、女子は本当に上下関係がすごい。斉藤が僕の学年の女子権力を握っている。そりゃ当然だ。「theマドンナ」の肩書きがあれば、それくらいどうってことない。みんな斉藤と仲良くして、周りからそのグループに入っていると思われたいんだ。そして、その「斉藤グループ」において関は最下層、面倒くさいことを頼まれても断れないようだった。
「いつでもいいよ。でも、できればすぐかけてほしい。今ならすぐ俺が電話取れるから。」
「わかった。もしかしたら、また電話かけることがあるかもしれないから、よろしくね。」
わかったと僕も返し、電話を切った。この時の関との電話が後に僕の運命を揺るがした。
五分もしないうちに電話が鳴った。僕は、また糸呼吸おいて電話に出た。
「はい。黒木ですけど。」
「もしもし・・・」
斉藤だった。さすがに他の人を使って、確認の確認という作業はしてこなくてとりあえず安心した。安心すると同時に急に緊張感が出てきた。一度斉藤だと思った電話が関だという肩透かしを食らったせいで尚更緊張してきた。
「あのさ、いきなりなんだけど好きな人いる?」
いきなりだった。でもいつも斉藤らしい。
「なにそれ。」
僕は変に笑いながら答えた。
「いいからいるかいないか教えてよ!」
「いるけど・・・」
かぁーっと顔が熱くなった。鏡を見なくても自分の顔が真っ赤なのがわかる。
「だれ・・・?」
・・・「斉藤」なんて言えるわけもなく、僕は濁した。
「教えない。」
「なんでよ!教えてよ!」
斉藤はより強気になって声を張った。
「いやだよ!だったら斉藤はどうなの?好きな人いるの?」
急に黙り込んで静かに答えた。
「いるよ・・・」
僕は、なんとなくわかっていた。いや、本当に今日の夕方、そんな気がしただけだけど、僕たちは両想いだ。そう思う反面、この「theマドンナ」が本当に僕のことを好きなのか?とも思っていた。そこからは早かった。僕たちは誘導尋問のようにお互いの好きな人に詰め寄った。
「じゃあ何組にその人はいるの?」
「1組だよ。斉藤は?」
「2組にいる。背は大きい?小さい?」
「俺より大きい。てか、だいぶデカイ方だと思う。」
「髪型はどんな感じ?」
「それは教えない。それ言ったら分かっちゃうから。それに一個前のに答えろよ。斉藤の好きな人は大きい小さい?」
「ウチより少し小さいくらい。」
「じゃあ、その人のどこが好きなの?」
「待って私の髪型の質問に答えてないし。それ言ったら私も好きな人バレちゃう。」
さっきまで、いちいち電話の確認をしていたことを無駄だと言っていた自分がアホらしい。でも、これはこれでなんだか楽しかった。
「・・・じゃあ最初の文字教えてよ。好きな人の最初の文字。」
僕は息を吸い込んで答えた。
「斉藤麻奈。」
少し沈黙があった。いや、実際は1秒くらいだったかもしれない。それでも退くにはとても長く感じた。そして斉藤が口を開いた。
「黒木あつし。」
斉藤がそういうと、急に電話が切れた。僕はリダイヤルすることなく、完全に冷め切ったピーマンの抜き肉を食べ始めた。頭がぼんやりする。なんだか、ピーマンも食べれる気がする。僕はわざわざ引き抜いたピーマンを噛みちぎった。なんとなく大人の味がした。僕は、その日ご飯を食べきった。米嫌いの僕が茶碗一杯分の米を完食した。ふ〜と息を吐きテレビを見ていると、また電話が鳴った。僕は再三深呼吸をし、電話に出た。
「もしもし、黒木です。」
「もしもーし。あ、あつしー?」
その声は、日曜の昼に何度も聞いているものだった。
「未央だけどさー、よかったね?」
電話越しでもニヤニヤしているのがわかる。
「何がだよ?」
「何がだよって両思いだったんでしょ?よかったじゃん!」
女子の情報交換能力はすごい。これだけはどれだけ強調しても強調しすぎることはない。それに、さっきは関で、こういう大事なところは仲のいい未央というのも女子っぽい。
「お前らって裏でこういう情報絶えず交換してるの?」
僕は嫌味っぽく言ったが、未央はその嫌味にも気づいてないようだった。
「するよー!まぁ未央は前から知ってたけどね。」
あの悪趣味ノートの中に斉藤麻奈の好きな人の名前も書いてるのかと思うと、僕は無性にそのノートが見たくなった。今日の出来事が本当か確かめたい。
「で、さっきその報告を麻奈からされて、また明日電話したいんだってよ?」
ここでもまた電話の確認作業が行われた。僕は呆れたように笑いながら答えた。
「うん。いいよって伝えといて。」
オッケーといい未央は電話を切った。未央との電話を切ると、今日1日の疲れがドッときた。自室に戻って布団に横になる、ふと明日、学校であったらどうしようかと、どんな態度で、どんな顔で・・・急に今日のことがとても恥ずかしくなってきた。僕はそんなことを考えているうちに眠りに落ちた。