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第1章 運命じゃない出会い

新しいクラスになって、一ヶ月が過ぎた。3回目のクラス替えともなると、新しい人と知り合うことも少なく、これといったストレスもなく、五月病なんてものは感じさせなかった。いや、そもそも小学五年生が五月病なんて感じるわけないか?いやそんなことない当時の僕は、ませていたからだ。いくつになっても思う。僕は大人になったと、1年前の自分は子供で、3年前の自分は、まだひよっこのひよっこだと、毎年そう思う。小学5年生、11歳になる年が、その感情の始まりだったかもしれない、一学年前に済ませた学校行事の2分の1成人式なんかが、より一層その気持ちを強くしたのかもしれない。

 さらに僕には三つ上の兄がいた、中学2年になった兄は体も大きくなって一丁前に彼女なんかも作っていた。ああ、俺もあと3年して、兄と同い年になれば彼女なんて出来んのかな?そんな思いで5年生になった僕だったが、僕に初めての彼女ができるまでに3年もかかることはなかった。それはまるで奇跡で運命的な出会いだった。


第一部 運命の出会い


「本当に待ってくれー!」

 今にも力尽きそうな声で、僕は前を走る二台の自転車に声をかけた。二台の自転車には、ブレーキがかかり、次第に車輪は止まった。

「早くー!本当に置いてくよ!」

 そう言って振り向いたのは、斎藤麻奈。小学生なのに髪の毛の先っちょを茶色くしていつも先生に怒られている女の子だ。でも、少しも先生なんて怖くない、そんな態度で「習い事のプールで色が抜けちゃってるんです!」そう言い返しているところを見たことがある気の強い女。そして、初恋の人で、「theマドンナ」そんな肩書きが似合う、いや、その肩書きを我が物にしている女の子だった。

「あつし、汗かきすぎじゃない?」

 自転車に乗っていただけなのに、鼻頭にビッショリと汗をかいた池崎未央が、自転車から降り、カゴに入ったお茶を渡しにきた。未央とは、小学校一年生の時から遊んでいる、実際には親同士が20代の時から知り合いで、小さい時から、もっというと生まれてすぐから顔見知りらしい。でも、もちろんそんな記憶はなく、最初の記憶が小学一年生だからみんなに、そう伝えている。簡単に言うと、幼馴染だ。初めてのお泊まりも、徹夜も銭湯も一緒だった。僕の兄と同い年の兄が未央にもいて、よく四人でお泊まり会なんかもしていた。 

 「中学生にもなれば、あつしの方が大きくなるよ」そんなことを親たちによく言われるくらい、未央は体が大きかった、僕より身長は10センチほど高く、155センチに加え、横の方もかなりあった。未央は「theマドンナ」には程遠かったが「女番長」いや、「ガキ大将」という肩書きを我が物にしていた。未央は幼少の頃から兄と空手教室に通っていて、腕っ節もかなり強く、ドッチボールでは、三年生からキャプテンを務め一緒に地区の大会なんかにも出ていた。

 そんな未央の趣味とも悪趣味とも言えるのが、同級生の子から好きな人を聞いたり、又聞きなどをして、みんなの好きな人を順位付けしたり、今誰と誰が両想いなのかをノートにメモすることだった。そのノートの中身を僕は一度しか見たことない、それ以降未央はそのノートを仲良しの女子に見せることはあったが、決して僕には見せなかった。聞いた話だと、女子の好きな人には、イケメンのコジこと小島、スポーツ万能の川辺、優しくて賢い金田といった誰にでも予想の出来る三人が上位に連ねているらしい。そして、男子の好きな人は、斉藤麻奈が独占しているという。こんなことはノートに書かなくたって大方予想できる。そんなことより、誰か僕の名前をあげてないか?その方が気になったけど、聞いてがっかりしたくもなかった僕は、その質問を今も堪えている。それにそんなこと聞いたら、必然的に未央の名前は書いてあるのかの話にも繋がりそうだし、そんな気まずい思いはしたくなかった。

 多分小学三年生になった2年前に、初めてのお泊まりでそのノートを作った時から、『好きな人』の欄に池崎未央が書かれたことはなかっただろう。(女子の謎の絆で、女子が好きな人を、池崎未央と言うことはあったらしいが)だから、僕は親友で幼馴染なのに、そのノートの内容をほとんど知らない。でも一つだけ知っていることがある。

 そのお泊まりの時、僕は最初で最期に、そのノートの中身を見た、真っ白のノートの1ページ目の一行目に、



    黒木あつし↓斉藤麻奈


 こう書かれていることだけは知っている。好きな人が変わったら、その人に斜線を入れて新しい人の名前を書くらしい。だから多分あのノートの1ページ目は2年経った今も、まだ綺麗なままだろう。

「未央後ろ乗せてよ〜」

 自転車の二人乗りが禁止なのは知っていた、学校でも口すっぱく言われていたから、それでも、そんなこといつもは気にしない。

「やだよ!あつし汗びっしょりじゃん!」

 いつもは体の大きさもあって、自転車を持っていない僕は、未央の後ろに乗ることが多かった。それなのに今日だけは未央が後ろに乗せてくれない。理由はわかってる。さっきからチラチラ斉藤のことを見ているし、ことあるごとに「麻奈の後ろ乗ればいいじゃん!」と言ってくるからだ。恥ずかしくてそれはいいと何回も未央の提案を断り続けた。

 未央は、自転車に戻り、サドルに跨った。

「じゃ走って付いてきてねー!」

 そういうと二人は自転車をこぎ出した。二人で何か話しながらずっと走っている光景をずっと見てきたし、もう走りたくなかった僕はとうとう恥かしい気持ちを置き去りにした。

「斉藤!後ろ乗せてー!」

キキッーと二台の自転車が止まった。

「いいよ?」

斉藤が後ろを振り返りニコッと笑った。この笑顔が『学年好きな人総ナメ』の立役者だろう。

 僕はニヤニヤしている未央の顔をじっと睨み「乗るよ」と斉藤の荷台に跨った。斉藤も僕より5センチほど高い。そして、洗剤のいい匂いがした。ちゃんと捕まってね、言われるがまま、荷台の縁を掴むと自転車は動き出した、二台の自転車はここまで来た道を引き返した。体は楽になったが、汗はむしろ吹き出てきた。好きな人の荷台で、尻が半分落ちそうになりながら、空を見上げた。ああなんでこんな状況になったんだろう。話は3時間前に遡る。日曜日の朝。9時には起きた僕は、朝飯を済まし、宿題を終わらせ(答えをただ写すだけの作業)、自分の部屋で適当なテレビを済まし、未央からの電話を待っていた。

 13時になる少し前そろそろだ。

「あつしー!未央から電話だよー!」

 兄と二人で生活している二階にある子供部屋にお母さんの声が響いた。ズタズタと、階段を駆け下りリビングの電話を受ける。

「昼飯食った?」

 もう僕たちの間にもしもしなんてものはなかった。

「まだ食べてないよ!」

「じゃあ14時に、未央のマンションの下集合で!」

「わかった!」

 日曜日の午後は決まって、二人で遊びにいく。だいたいはやることがなく、家でテレビゲームをするか、近所の駄菓子屋で80円の具なしラーメンを食べながら携帯ゲームをする。小学1年生の時からずっとそうしてきた。

 早く早くと、昼ご飯作りを急かし、出てきたオムライスをパパッと食べて家を出る。

「あんまり遅くならないようにねー、あとちゃんとテレビ消していきなさいよー」

 はーいとだけ言うと、玄関に脱ぎっぱなしになっている靴に足を入れ、つきっぱなしのテレビも気にもとめず、家を出る。


 14時5分前、棒突きのアイスを食べながら、未央は自転車にまたがりマンションの前で待っていた。僕は右手を上げ、ヨッと交わす。未央はちょうど食べ終わった棒付きのアイスの棒をぽいっと投げ捨て、ヨッと応答した。

「お待たせ。今日は何しようか?」

「今日さ、暇だしどっか遠くの方行ってみない?」

 未央がこんなことを言うのは珍しかった。というより毎週暇な僕たちが、今更そんな安易な考えでこの暇さがどうにかなるのか?と思うほど突拍子もないものだった。それでも何の考えもない僕は、その提案に従うほかなかった。

「いいよ!それでどこに向かうの?」

 悩む間もなく「とりあえずこっち」そう言うと、僕は未央の荷台にまたがり、自転車を走らせた。未央のマンションは僕たちの通う『板橋区立時雨小学校』の真隣にある。小学校のチャイムがうるさいという苦情のせいで、時雨小にはチャイムはなく、遅刻や、昼休み明け授業に遅れる生徒が続出している。未央のマンションから小学校の方に自転車を走らせ、一度角を曲がった裏門の前で、すぐに未央は自転車を止めた。未央が自転車を止めたので僕はなんとなく自転車を降りた。学校の裏門の真正面にあるマンションを見ながら、未央は呟いた。

「今日さ、もう一人誘ってるんだよね。」

 未央は、そう言うとポケットから携帯電話を取り出した。そのマンションは、未央の他によく遊ぶ誠治のマンションでもなければ、正志の一軒家でも当然なかった。僕はなんとなく、そのもう一人が斉藤麻奈であると察していた。

 未央の携帯を覗くと0900000000の下に斉藤麻奈の文字があった。なんだよ聞くなよと言ったばかりに、僕に背を向け小声で会話をしていた。20秒もしないうちに電話を切った。

「今準備して降りてくるって。」

 未央も今から誰が来るのかを僕が察したことを、察したようでわざわざ誰とは言わない。それから斉藤が降りてくるまで、僕は黙っていた。なんか騙された気分でバツが悪かったのが半分、あとは、なんか緊張しているがほとんどだ。

 僕と斉藤は喋ったことがないわけでも、気まずいわけでもない。むしろ1、2年生の時は仲が良かった。仲がいいと言っても、未央みたいにプライベートで遊ぶわけじゃないけど、それでも2限と3限の間の休み時間や昼休みの時、鬼ごっこや、ブランコなんか一緒にやった記憶がある。僕と未央の兄同様、斉藤にも兄の同級生にお姉ちゃんがいたのもその理由の一つだったかもしれない。それでも、クラス替えの3年生のタイミングと、その時期に未央に斉藤が好きと打ち明けたことが尾を引いて、それからは喋った記憶がほとんどない。久々に会って何を話そうか。そんなことを考えている間に、彼女は自転車にまたがり、マンションの前に現れた。どこか、向こうも恥ずかしそうに僕たちに距離を取っていた。

「お待たせ。」

 そう言うなり、未央と耳裏を合わせてコショコショ話を始めた。女子のそう言うところは好きになれない。話がついたのか、未央が顔を僕の方に向けた。

「じゃ走って付いてきてね。」

はぁ?僕が何か言う前に二台の自転車は走り始めた。



 空を見る、汗に風が当たって気持ちいい。先を走る未央は振り返ることなく右手を挙げると、何も言わずに自転車の漕ぐペースを上げスイスイと進んでいった。未央がやりそうなことだ、僕は何も言わずに、自転車の荷台から小さく右手を挙げた。川に沿った曲がり角で未央の姿は見えなくなった。

 僕は声が上擦らないように慎重に声を出した。

「ねえここってどこらへん?」

 斉藤は自転車をこぎながら答えた。

「王子の手前くらいかな。よくここまで走ったね。」

 斉藤は笑いながら答えた。板橋から石神井川沿いにひたすら走って王子の方まで来ていた。斉藤の背中を見ると白いTシャツに少し汗をかいていた。

「重い?変わろうか?」

 そう言うと、斉藤は自転車のペースを少しあげた。

「全然平気だから!それに黒木小さいし力ないでしょ?」

「ちっちゃくねーよ別に、背の順だって後ろから三番目だからな。女子がでかいだけだから。中学生になればみんな男の方が大きくなるんだよ!」

 ムキになる僕に、クスッと笑う斉藤。

「じゃあ中学生になったらさ、前漕いでよ?」

 一瞬、間が空いて不意に出た。

「え・・・?」

 多分斉藤も何か変な意識をして言ったわけじゃないと思う。それでも二人は、お互い黙りあった。

 沈黙が続いたまま、斉藤のマンションまで自転車は止まらなかった。マンションの前に着くと、自転車は止まり、僕は荷台から降りた。大分日も落ちてきていた。夕日は茶色い斉藤の髪をキレイに照らした。斉藤は自転車に跨がったままポケットから携帯を取り出した。

「電話番号教えて・・・」

 携帯を持っていなかった僕は、なんとなく恥ずかしがりながら家の電話番号を教えた。「ありがとう」そう言う彼女には、どこかいつもの気の強さはなかった。

「先行って。」

 斉藤は自転車に乗ったまま振り向きもせずそういった。

「なんだよそれ。」

「今恥ずかしくて、黒木の顔見れないから先行ってって言ってんの!」

 横から少し顔を覗くと、斉藤の顔は少し赤くなっていた。僕はここぞとばかりにクスッと笑って答えた。

「俺も、なんか恥ずかしいから先行くね。」

 うんっと小さく頷いている斉藤を後に、僕は家に向かった。




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