第五話 カーチェイス
8月28日火曜日。
日の出と共に俺たちはチェックアウトして空港に向かって出発した。
運転は勿論グレンダで助席に俺、後部座席にシャルロットと銀が座っている。
寝台列車での戦いが嘘かと思うほど平穏に向かっていた。シャルロットに至っては銀と一緒に寝ていた。きっと朝早くに出発したからまだ眠いんだろう。
そんな退屈凌ぎにグレンダが質問してきた。
「ジン、聞いても良いか?」
「なんだ?」
「どうしてお前は武器を使わない」
「唐突にどうしたんだ?」
「寝台列車での時、隣の部屋から銃撃した男をお前は殴って倒したな。それも弾丸の中に飛び込んでだ」
「見ていたのか」
「正確には見えただ。あれだけ撃たれたんだ壁にはそこそこ大きな穴ぐらい出来る」
確かに出来ていたな。
「どうしてだ?接近戦が好きで銃を使わないにしてもナイフも持たずに敵に突っ込むなど危険極まりない行為だぞ」
「ま、そうだろうな。でもこっちにも色々事情があってな」
「そうか……だが、一緒に行動しているのだから教えても良いのではないのか?」
別に教えても良いが。いや、教えておくべきだろう。まだ完全に追手が来ないとも限らないしな。
「昨日俺が手でご飯食べていた事を注意してきたよな」
「ああ。だがそれと関係あるのか?」
「これが大アリなんだな。俺はとある奴に呪いを掛けられてな。術者が武器だと認識する物を使う事が出来ないんだ。つまり銃や剣は勿論のこと、ナイフやフォーク、箸ですら使う事が出来ないんだ」
「そうか」
「信じるのか?」
「お前の戦いを見たからな。信じるしかないだろ」
「それもそうか」
なんと言うか、それにしては反応が普通と言うか、淡白な気がするな。大抵の人間がこの話を聞けば、哀れみや同情、悲しげな表情をするもんなんだが。
ま、今はそれよりもだ。
「なぁ、グレンダ」
「なんだ?」
「高速乗ってからついてくる車が3台ほどいるんだが」
「なにっ!?」
バックミラーで確認するグレンダ。
サイドミラーで見えた車はどうみても一般人が乗っていそうな車じゃない。まるで大統領を護衛するかのような車だ。
それにさっきからあの車の中から強い殺気を感じる。
「あれはどうみても一般車両じゃないよな」
「そう言う事はもっと早くに言え!」
悪かったよ。正直に言うともう少し平穏に乗車していたかっただけなんだが。
「シャルロット様、起きて下さい!緊急事態です!」
「どうか……したのですか?」
眼を擦りながら起きるシャルロット。さすが美少女。寝起きの姿も可愛らしい。
「どうやら追っ手が来たようです!」
「なんですって!ですがここはホーツヨーレン王国なのですよ!」
「どうやら、あの政治家は私たちが思っている以上に馬鹿だったようです!」
「そんな」
せめて怖いもの知らずって言ってあげても良かったんじゃないのか?あ、でも実際に馬鹿なんだから間違ってはいないのか。
「とばしますので、しっかり掴まっていて下さい!」
「きゃっ!」
「うおっ!」
一気に加速させたグレンダ。おいおい高速道路とはいえ、制限速度を大幅に超えてるぞ!いや、今はそんな常識を言っている場合じゃないか。
それにしても凄いドライビングテクニックだな。前の車を縫うように抜いて行きやが――
「おいおい大型トラック二台の間を抜くのは無理だろ!」
「黙っていろ!」
中央線の上を走行し近づくと思いっきりクラクションを鳴らす。カーチェイスしているとはいえやり過ぎな気がする。
クラクションに気がついた大型トラック二台が両端に避けてくれたことで、一台がギリギリ通れるだけのスペースが出来上がると、躊躇いもなくアクセルを踏み込む。
一瞬で追い抜いたグレンダ。
「マジかよ……」
「これで少しは時間を稼げる筈よ」
「いや、そうでもないみたいだぞ」
「え?」
聞こえる銃声。それと同時にスピンする一台の大型トラック。
「他国で発砲するなんて馬鹿なの!」
「そんなことよりもっと逃げろ!」
「言われるまでもないわよ!」
ったく、政治家も馬鹿だが追って来る刺客たちも馬鹿だろ。なに平然と撃ってきてんだよ!マジでアクション映画みたいになってきたじゃねぇか!
道が出来たことで車が次々と追っかけてくる。
「っておいおい!」
「今度はなんだ?」
「速く逃げろ!あの車の屋根からガトリングガンを出してきやがった!」
「なにっ!」
一気に方をつけるきかよ!
「シャルロット、危険だから頭下げてろ!」
「は、はい!」
ほぼ同時に銃撃してくる。ったく他国だっていうのに容赦がねぇ!
どうにかグレンダがドライビングテクで回避はしてくれてはいるが全ての弾丸を躱すの無理だ。ましてや防弾仕様じゃない一般のスポーツカーだ。時間が経てば間違いなくこっちの車が爆発して終わる!
「ジン、運転を代われ!」
「急に何を言ってやがる!」
「反撃しようにも武器が使えないお前じゃ役立たずだ。だから私が反撃するから運転を代われと言ってるんだ!」
役立たずって酷い言われようだな。
「安心しろ。武器は使えないが反撃なら出来るぜ」
「なに!」
「だから少し左によってくれ!」
「わ、分かった!」
よし、この角度なら狙えるな。
窓を開けた俺はパチンコ玉を弾いて先頭車両のタイヤをパンクさせる。
後ろの一台を巻き込んで横転した。
「よし、上手くいったな」
「いったい何をしたんだ」
「これだ」
「パチンコ玉?」
「そうだ。ゴルフボールまでの大きさなら武器として使える。俺の唯一の武器と言っても言い。ま、それ以上の物は大抵が武器として使えないけどな」
「なるほど。だが、助かった」
「なに、俺も命を狙われる身なんでな」
あと一台を何とかしないと。
「ん?なんだこのプロペラ音みたいなのは?」
そう思った瞬間上空に一機のヘリが現れた。
「戦闘ヘリだと!あんなものまで出してくるなんて何を考えてるんだ!」
「もう手段は選ばないってわけかよ!」
今は悪態を吐いている場合じゃない。
「グレンダ、一旦高速を下りるぞ!ここじゃ格好の的だ!」
「チッ!」
俺たちは高速を降りて一般道を走る。
高速と違って下の一般道には障害物が多い。ましてや高速とは違って一方通行じゃない。今まで以上に気を張り巡らせないと拙い!
なにか、作戦はないのか!
「ジン!」
「なんだ?」
一瞬作戦を考えてるのにって苛立ったがグレンダの顔を見た瞬間、その感情を消滅した。
覚悟を決めたような表情。コイツ何を考えてるんだ。
「お嬢様を任せても良いか?」
「安心しろ。一度受けた依頼は最後まで完遂する。それが冒険者ってもんだろ」
「お前はまだ違うだろ」
「それを言わないでくれ」
「フッ」
「グレンダ、急にどうしたの?」
シャルロットもいつもとは違うグレンダの声音に気づいたみたいだな。
「お嬢様、ここでお別れです。私が囮になって敵のヘリと車を引き付けます。ですからその間に国へお帰りください!」
「駄目よ、そんなの!グレンダは私の側近なのよ。それに約束したじゃない!いつまでも私の傍にいるって!」
「10年以上前の約束を覚えておいてくれたのですか。私はその約束を覚えて貰えていただけで満足です!」
「グレンダ!」
ビルとビルの隙間に入って数秒だけヘリと車から姿を消す。
停車すると俺とグレンダは外に出て暴れるシャルロットを無理やりおろす。
「いや、グレンダ!行かないで!」
「申し訳ありません、お嬢様」
「駄目よ、グレンダ!」
「ジン、お嬢様のこと任せたぞ」
情けない。自分が情けない。今俺が出来るのは暴れるシャルロットを動けないようにしながらグレンダを見送ることだけなんてな。だが、グレンダの想いを無駄にするわけにはいかない。
「ああ、任せろ。必ずシャルロットを国に連れて帰ってみせる!」
俺の言葉に笑みを浮かべたグレンダは車を発進させた。
「グレンダアアアアアアァァ!!」
薄暗い路地でシャルロットの悲しみの叫び声が響き渡るが、道路を走るたくさんの車音によって掻き消されてしまう。死ぬなよ、グレンダ。
俺とシャルロット、それから銀で帝国に向かって自分の足で走った。
どれぐらい走っただろう。
100メートル、1キロ、5キロ、もう少し進んでいるだろうか。俺もシャルロットも動きやすい格好をしているとはいえ、追っ手が近くにいないとは限らない。ましてや俺もシャルロットもこの街に関してはなにも知らない。そんな状態で動き回るのは愚作と言えるだろう。それでも俺たちは走り国に帰らなければならない。それが自ら囮になったグレンダの望みなのだから。
本当なら銀の背中に乗って移動すればもっと楽なんだろうが、こんな街中でそんな事をすれば目立つのは明白だ。そうなればグレンダが囮になってくれた意味がない。
スマホで時間を確認すると11時24分と表示されていた。グレンダと別れてから2時間と言ったところか。グレンダは上手く敵を撒いたころか?
シャルロットの手を引いて再び走ろうとした。しかしシャルロットはその場から動こうとしない。
「どうしたシャルロット。疲れたのか?」
「………」
そんな俺の心配に対しても俯いて返事をしようとしない。どこか気分でも悪いのか?
そんな風に思っていた瞬間に口を開いた。
「ジンさん、申し訳ありません。やはり私はグレンダを置いて帰国することは出来ません!」
「シャルロット……」
ほんと優しい子だ。きっと今まで走っている時もその事を悩んで悩んで、どうすれば良いのか自問自答しながらも考えていたんだろうな。
そんな美少女に対して俺はどう言葉を掛ければいい。
優しく慰めるように説得するのか。
それとも厳しく現実を突きつければ良いのか。それすらも判断できない。
いや、その両方を言えば良いのかもしれない。
「つまりシャルロットはグレンダを助けたいんだな」
「はい!」
真剣な眼。路地裏で日差しもまともに入り込まない場所なのに、煌き輝く翡翠色の瞳。
美しい。
その言葉が脳内を支配すると同時に引き込まれそうになる。ってこのまま顔に触れたら犯罪だろ!
17歳の少女に見惚れて手を出そうとする37歳はどう考えても犯罪だ。危ない危ないもう少しで人生終了のお知らせをしなければならないところだったぜ。
「ジンさん、どうかなされましたか?」
「いや、なんでもない。それよりも本気で言ってるんだよな?」
「勿論です」
即答しやがった。本当に分かっているのか少し心配ではある。だけど馬鹿ではないはずだ。
「なら一つ聞くが、グレンダの居場所は分かるのか?でないと助けることも出来ないぞ」
「そ、それは……」
うん、馬鹿だ。
「そ、そうです!グレンダに連絡して居場所を聞けば良いのです。そして待ち合わせすれば」
訂正しよう、馬鹿なんじゃない。抜けてるんだ。これが天然と言えるのかは定かではなけど。
「だけどその考えには難しい点がある」
「難しい点ですか?」
「そうだ。俺たちがこの国に入ったこと。そして居場所まで突き止められた。それはつまり敵には凄まじい捜索網があると言う事だ。そんな連中がシャルロットとグレンダの会話を盗聴していないとも限らない。ましてやそれで追跡してくるとも考えれる」
「それはそうですが……」
ま、その事に関しては正直心配してはいない。俺もシャルロットもスマホを持っているがGPSで居場所を発見されていない事を考えると、監視カメラの映像なので居場所を特定したと考えるのが妥当だろう。だからこうして路地を通って移動しているわけだが。
それにしても政治家の奴はどうしてここまで俺たちをしつこく追い掛け回すんだ?目撃者を始末するのは理解できる。だが、一人二人に見られたからと言ってどうこうしなくても言いと思うんだが。その目撃者が誰かに言ったとしても戯言、狂言だと思われて終わりだからな。なのにここまで追い掛け回す理由はなんだ?
シャルロットたちが帝国の王族だと気がついた?いや、もしも殺せば最悪戦争にだってなりかねない。
大陸で上位に入る帝国と戦争をするほど政治家も馬鹿じゃないだろう。
ま、考えていても答えは出ない。なら本人に確認するのが手っ取り早い。
「なぁ、シャルロット」
「なんでしょうか?」
「どうして、敵はここまでしつこく追い掛け回すんだ?目撃したからと言って、他国にまで刺客を送り込む理由が分からないんだが」
ましてや刺客なんて言えるレベルじゃない。ガトリングガン装備の車両に戦闘ヘリ。どうみても刺客と言うよりも軍隊を動かしたと考えるべきだろうが。
「それはきっとこれが原因だと思います」
スマホ画面に表示された1分強の映像。そこにはこれまた丸々太った男が下卑た笑みを浮かべて取引をしている最中の様子がハッキリと映っていた。
「写真を撮るのが趣味で観光した際はよくするのですが、間違えて録画していて、それで……」
「その事に気がついた政治家が血眼になってそれを欲していると言う訳か」
「はい」
これまた面倒なことになったな。今、ここでこの映像を消去しても意味はないしな。
ブーブー
すると突然、シャルロットのスマホが振動し始めた。
どうやら着信が入ったようだが、誰からだ?




