第七話 都市ライルビード
あれから二日が過ぎた。明日ようやく都市ライルビードに到着するらしい。
イザベラが言うにはライルビードは父親が治めるルーベンハイト領にある三つの都市の一つらしく、人口が240万人も居るらしい。領全体でいったい何人居るんだ?そこでイザベラも生まれ育ったらしい。
そんな時ふと思ったことがあった。
「なぁイザベラ」
「なにかしら?」
「税金ってどうなってるんだ?」
「人頭税のこと?」
「そうだ」
「他国だと国が決めてするみたいだけど、この国は各領主が決めてるわね」
「なるほど……」
そこらへんは小説や漫画と変わらないな。
「人頭税の納め方はどうなってるんだ?やっぱり金銭だけなのか?」
現代の発展具合から考えたら不思議じゃないからな。
「大半の人はそうね」
「大半?それはつまりお金じゃなく麦なんかで納めてるって事か?」
「そうよ。年に一回納めてるわ。人頭税の納める時期になったら私の屋敷に沢山の麦袋が持ち運ばれるもの」
なんだかそこら辺は中世と変わってないな。
「昔と違って今は魔物の被害とか少ないから、農家って結構お金持ちの人が多いのよ?」
まるで心を見透かされたような言い回しだな。ん?
「魔物の被害が少ないって言ったが城壁で守られてるんだよな?」
俺の質問にイザベラの表情に影が落ちる。
「確かに城壁はあるわよ。だけど壁が設置されている場所なんて限られてるし。それに考えれば直ぐにわかるでしょ。魔物を隔離するのにどれだけの資金と時間と人材が必要なのか。あれほどの壁があるのは大きな都市だけよ」
「そうか」
窓の外を見れば聳え立つ高い壁。高さにすれば30メートルはありそうな壁だ。これを乗り越えるのか。ま、気まぐれ島にいた連中なら余裕だな。炎龍も空から進入すれば良いだけだからな。
「話はもういいかしら。勉強を再開するわよ」
何か嫌な事でもあったのか?でも今は勉強に集中だな。
結局、朝食、昼食、おやつ、夕食以外は勉強する羽目になった。前世でもこんなにした覚えはないぞ。
次の日目を覚ました俺はスマホ画面で時間を確認する。そこには午前6時43分と表示されていた。まったく規則正しい生活なんて前世以来だ。気まぐれ島に居たときは好きな時に寝て起きてが出来たからな。ま、気が休まる時は少なかったけど。
「そうか、今日で4月なのか」
時間の下に小さく4月1日と表示され月が変わった事を知った。ま、どうでも良いけど………いや、良くない!イザベラが学園に行くのが4月9日。つまり同じ日に登校するには最低でも一週間前に試験を受けなければならない。つまり4月3日だ。あと二日しか試験勉強する日にちがない。普通ならあと二日で終わると考えるだろう。俺だってそうだ。だが、もしも落ちたとなれば俺は間違いなくホームレスになり、その事を知ったイザベラは間違いなく怒る。そうなれば俺の命も危うい。それにこの二日はきっと地獄だ………。
「よし、悔いが残らないよう楽しもう」
俺は覚悟を決め身支度を整え食堂列車へと向かった。楽しい楽しい朝食の時間だと言うのにこれほど憂鬱な気分で向かう羽目になるとは。どうしてこうなった………。
「ジン、おはよう」
ああ、なんて素晴らしい笑顔なんだ。これほど命の危険を感じる笑顔は見たことがない。きっと俺を今まで以上に痛めつけられる事がそんなに楽しみなのか。
※ 全てジンビジョンですので誤解しないよう、お願い致します。(ペコリ)
「おはよう……」
「どうしたの?ジンが好きな朝食の時間よ?」
「いや、そうなんだが。このあとの試験勉強の事を思うとな……」
「なに言ってるの?今日はライルビードに到着するから試験勉強は無いって昨日寝る前に言ったでしょ」
「え、マジで?」
「ええ」
…………しゃああああああああああああぁぁぁぁ!!!
ああ、なんて素晴らしい笑顔なんだ!これほど心から美しく歓喜を覚える笑顔を俺は見たことがない!
俺はそのあと心躍らせながら朝食を堪能した。これほど卵サンドがいつも以上に美味しく感じたことは無かった。
一時間後、いよいよライルビードに入るのか。壁の一部に取り付けられた開閉扉を通り、窓の外が闇に覆われたかと思えば直ぐに明るくなった。
そこでは沢山の人々が縦横無尽に行動していた。おお、立派なホームだな。沢山の列車が並んでいた。
「それじゃあ、ジン降りるわよ」
「ああ」
列車が止まるのを確認したイザベラが席を立つ。生憎と俺の荷物はアイテムボックスの中なので忘れ物心配は………ないな。ポケットにスマホがあるし。べ、別に心配したわけじゃないぞ!
そんなこんなで列車を降りた俺はイザベラの後に続く。銀はイザベラに抱き抱えられている。どうやらすっかり銀の事が気にいったようだ。すると、
「キャー!イザベラ様アアアァァ!」
まるで有名人が空港に到着したのを歓迎するファンみたいだな。いや、ファンなのか。
「キャー!イザベラ様が手を振ってくれた!」
凄いなこの人気は。目の前の光景に俺は呆気取られる。
「見て、イザベラ様が抱えられてる狼。カワイイ!」
「ホントね!」
なんだか、銀がイザベラのペットになってるし。
「見ない顔が居るけど、誰かしら?」
「あれじゃないの?イザベラ様の護衛よ」
勝手に護衛にするなよ。
「え、でも護衛はロイド様でしょ?」
「あ、きっとあの狼の世話係よ」
おい、ふざけんな!誰が世話係だ。確かに銀は俺が面倒見ているが、けして世話係なんかじゃない!
「良かったな、世話係として覚えられて」
見下すような視線を向けてくる。ロイドの野朗……。
「ロイド様もこっち向いて!」
「ほら、呼ばれてるぞロイド様。手を振ってやれよ」
俺がイザベラに心酔していることを知らないとでも思ったか。
「こ、このぉ……」
殴りたそうにしているが、人の視線があるため何も出来ないロイド。ざまぁねぇな。
その後、俺とロイドは睨み合いながら用意されていた高級車に乗り込むのだった。
「ごめんなさいジン。変な誤解させてしまって」
申し訳なさそうに言ってくる。で、銀はと言うと俺の膝の上で気持ちよさそうに寝ている。この野郎俺の気も知らないで寝るなよな。
「ま、過ぎた事だし仕方ないだろ」
俺はそう言って窓の外に視線を向ける。お!あれは獣人にドワーフ。それにエルフ!くっ、民族衣装じゃないのか。だが、スーツ姿も素晴らしい!俺は小さくガッツポーズを取る。
「ジン何見てるの?」
「ああ、初めて人間以外の種族を見たから驚いたんだ」
「そう言えば、そうね。地獄島には魔物しか居ないものね」
「ああ。だからこうして見ると色々と興味を引かれる」
色々なお店に。
「そうでしょうね。でも保護者として女性を視線で追いかけるのは駄目よ」
「別にしてないが?お、あれは!」
なんて美味そうなステーキの店なんだ!ぜひ行ってみたい。
「今、何見てたのぉ?」
突然有無を言わせないような悪寒に襲われ、俺の体が反射的にビクッ!と震える。
俺はその元凶に恐る恐る視線を向ける。
「ど、どうしたんだイザベラ。こ、怖いぞ」
「あら、私怒ってるように見えるかしら?」
見えないからこそ怖いんだよ!
「それで、何を見てたのかしら?」
「美味そうなステーキ屋があったから見てただけだ!」
「本当に?その前を歩いていた獣人の女性を見てたんじゃないの?」
「いや、断じて違う!違うからな!」
「本当に?」
「ああ!」
だいたいそんな女性が居たなんて気づかなかったぞ!
どうにか弁解する事に成功した俺だったが、同じような事が起きると怖いので窓の外を見るのは止めた。ああ、怖かった。
それから30分ほどしてようやく目的地に到着したのか車が停車した。
「着いたわよ」
「ああ」
車を降りるとそこには、
『お帰りなさいませ、イザベラお嬢様』
沢山のメイドが列を成して出迎えていた。
流石は公爵令嬢、メイドの数もハンパない。それになんだこの家。完全にお城じゃねぇか!
現代ではどう見ても珍しい中世ヨーロッパ風のその建物に沢山のメイド。漫画で言うところの財閥の家みたいだな。
「ジン行くわよ」
「あ、ああ」
呆気に取られていた俺だったが、イザベラの声で我に戻る。これは昼食も期待できそうだ!早くも胸を躍らせながら俺は屋敷の中へと入って――
「ぐへっ!」
行けなかった。
なんだよこれ!いきなり数人のメイドたちに押さえ込まれた俺は何がなんだか理解できなかった。
「お嬢様、不審者を取り押さえました」
「どんな処分が良いですか?」
「水責め?串刺し?火炙り?どれが良いですか?」
「なんで、拷問なんだよ!てか、真顔でそんな物騒なこと言うな!」
俺は思わず、ツッコんでした。なんて物騒なメイドたちなんだ。
「黙れ!この不審者!」
なんでそうなる!車から降りたところを見てなかったのかよ!
「貴方達、知らされてなかったの?彼が客人よ」
「「「え?」」」
信じられないと言った表情で俺を見るメイドたちは押さえ付けるのを止めた。
「まったく酷い目にあったぜ」
「申し訳ありません。てっきりお嬢様の世界一美しい美貌にやられたストーカーかと」
「ごめんね。悪いとは思ってないけど」
「許してください。許さないと拷問します」
うん、分かった。こいつらは一切反省する気が無いと言う事だけが分かった。
「御免なさい。この子達に悪気はないの」
だろうな。反省している様子がまったく無い。それどころか体から俺に対する悪意が満ち溢れてやがる。
「念のために紹介しておくわね。左から長女のアスル、次女のブイ、三女のルージュよ。三人とも彼がジンよ。仲良くしてね」
「初めまして、お嬢様を世界一愛しているアスルでございます。そして死んでください」
「さようなら。ブイだよ」
「ルージュです。昨日手に入れた拷問器具試しても良いですか?」
この屋敷のメイドたちは全員がレベルが高い。だが、特にこの3人は別格と言えるほどの美女、美少女たちだ。だがそれは見た目だけで性格は最悪のようだ。
「なんか、物騒な事言ってるけど?」
「三人は冗談が得意なの。可愛いでしょ?」
いや、あれはどうみても冗談じゃないぞ。お前らも可愛いって言われて照れるなよ。この信号三姉妹が。
「それじゃあ、行きましょうか」
「ああ」
二度と関わりたくない連中だな。
そのあと、応接室に案内された俺はソファーに座って出された紅茶を堪能しているとドアがノックされるのと同時にイザベラとダンディーなおっさんが入ってきた。誰だ?
「ジン紹介するわね。こちらは私の父で、この領地を治める領主よ」
「初めましてジン君。イザベラの父のハロルド・ネイズ・ルーベンハイトだ」
「ど、どうも。鬼瓦仁って言います」
優しそうな人だな。
改めて座り直した俺は新しい紅茶を飲む。紅茶を持ってきたのは違うメイドだし、毒なんて入ってないだろうな。ま、俺には状態異常耐性があるから毒や幻覚作用を起こす魔法等はそう簡単には効かない。あ、でも今は違うか。
「話は娘から聞いた。娘と兵士達を助けてくれて領主として、そして一人の親としてお礼が言いたい。ありがとう」
イザベラの父、ハロルドさんは深々と頭を下げる。
正直に言えばまだ目の前に座っている男性が領主と言われても実感がない。俺が生まれた時代の日本には貴族制度は無かったし、5年間は気まぐれ島に住んでいたからな。
だが、どう考えても俺よりも年上の男性に頭を下げられると言う行為をされると困惑してしまう。
「あ、いや。別に大した事はしてないので気にしないでください」
駄目だ。素直に礼を言われるなんて初めてだから反応に困る。
頭を上げたハロルドさんは軽く出された紅茶を一口飲むと口を開いた。
「さて、君は冒険者になりたいそうだね」
「そうです」
「娘を助けてくれた恩人だ。学園に通う費用はこちらで出すのも吝かではない」
マジか。それはとてつもなく嬉しい話だ。
「だけど、試験は私の力でどうこう出来る問題ではないんだよ。完全に実力主義だからね。王族も貴族も平民も関係ない。だから試験は自分の力で頑張ってくれたまえ」
「分かりました」
さすがにそこまで期待はしていない。元々イザベラを助けたのだって、助けて貰った恩を返したに過ぎないんだから。
「色々と話したいのは山々だけど、政務が残ってるんでね私はこれで失礼するよ」
やっぱり領主となると急がしいんだな。絶対に俺には無理だ。仕事の毎日なんて耐えられん。
「あ、そうそう言い忘れていた」
「何ですか?」
そう言って俺にしか聞こえない小さな声で呟いた。
「娘が可愛いからといって手を出したら殺す」
「…………」
「楽には殺さん」
「…………」
うん、全然優しくない。誰よりも物騒だ。平然と殺気飛ばしてたし。最後の言葉なんてどう考えても復讐者のセリフだろ。
「お父様?」
「いや、なんでもないよ。イザベラ悪いんだけどジン君を客室に案内しといてくれ」
「分かりました」
そう言い残してハロルドさんは出て行った。