第七十五話 不正裁判
「まったくアイツは何をしてるんだ大馬鹿者が!」
私はエミリアのお店に来ていた。勿論私だけじゃない。レオリオ、フェリシティーも来ている。
「どこの局でもこの話で持ちきりだよ!」
「自由な奴って分かってたけど、今回はやりすぎだぞ!」
「そうですね。ですがジンさんの事です。きっと事情があるのでしょう」
「そうだよね。ジン君はむやみに暴力を振るう人じゃないものね」
ジンが本当に怒りを覚えるのは自分の事ではなく他人のためだ。そうなれば後先考えずに行動する。自分の身に何が起きようとも行動する。アイツはそういう奴だ。それで悲しむ人間がいる事にいい加減気づけ馬鹿者が。
「でも事情を知るって言ってもどうすれば?」
「ジュリアスの両親なら何か知ってるんじゃないのか?」
「お父様に聞いたが何も教えてはくれなかった」
「それってつまり……」
「ああ、既に貴族や冒険者の間では緘口令が敷かれている」
「なら、どうすれば……」
「だが、一つだけ方法はある」
「本当ですか!」
私の言葉に全員が身を乗り出す。
「その蹴り飛ばした現場を目撃した人物に話を聞けば良い。それも私たちがジンの仲良しだって事を知っている人物に」
「それって……」
「イザベラ様たちだ」
そうきっとイザベラ様たちなら何か知っている筈だ。
「そういう事なら早速イザベラ様たちに直接聞きに行こうよ!」
「それもそうだな!」
「電話では国に盗聴されている恐れもありますからね」
「そうだな」
私たちは急いでイザベラ様の屋敷へと向かった。
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この国に来て数ヶ月で俺は二度目の事情聴取を受けていた。
きっと前世の俺が知れば怒られるだろうな。
で、現在俺の取調べを始めようとしているのが何故か第一王子のルアル様。マジでなんで?
「昨日も会ったね」
「そうだ……ですね」
「敬語が苦手なら普通に喋って結構だよ」
「なら、遠慮なく」
心の広い第一王子でよかった。そしてあのクズ野郎とは大違いだ。
「将来この国を預かる身としては君がやったことは許されない。だけど一人の人間。一人の兄として言わせてくれ。ありがとう。そして申し訳ない。愚弟が仕出かした事は許される行為ではない。ましてやこの国の設立当時からあるルーベンハイト家のご令嬢を脅して犯そうとするなんて王族以前に人間としてあるまじき行為だ。そんな愚弟を止めてくれた君を裁かなければならない。とても心苦しい気持ちだよ」
ほんと人が出来た人だ。この人がこの国の国王になると思うととても安心する。
「別に謝らなくて結構だ。法律を破ったのは俺だ。それに必ずしも法が悪人の敵とは限らないからな」
「まったく耳が痛いね」
「事実だからな」
互いに軽く笑みを浮かべるだけでその後は私情の話をすることはないかった。
「一つ聞いても良いか?」
「なんだい?」
「イディオの服の中に何か入っていなかったか?」
「入院で服を着替えさせたが何も入っていなかったよ」
「イディオは未だに目を覚ましていないんだよな?」
「君が思いっきり蹴ったからね」
「そうか」
どういうことだ?あれがポケットに無いのはおかしい。俺が確認したときには確かにあった。となると、あのクソ野郎に手を貸す奴が居るってことか?
「なにか問題でもあるのかね?」
「いや、なんでもない」
まったく色々と面倒な事が起きてるな。
「それよりもだ。今回の事件を君の家族にも伝えたいんだけど」
「その必要は無ぇよ。どうせ俺には両親は居ないからな」
「居ない。どうしてだい?」
「物心ついた時には一人だったし、両親の顔も知らない。俺を強くしてくれた奴は居たけど、既にこの世にはいないからな」
「そうか……それは悪いことを聞いたね」
「別に気にしてねぇよ。過去に縛られてたら何も出来ない。それが師匠の教訓なんでね」
「君は強いね。肉体的だけでなく精神も」
「育った環境がそんな事気にする余裕も無かっただけだ」
余裕なんて無かった。毎日が必死だった。我武者羅に戦って勝って生き抜いた。過ぎた事で落ち込む暇も無かった。
「でも、そうなると君の弁護士はこっちで用意することになるけど構わないね?」
「好きにしてくれ」
どうせ結果は分かってる。王族に手を出す行為は重罪だ。よくて終身刑。普通は死刑だ。道徳や倫理なんて言葉は無い。この国のトップの一族に手を出したんだ。当然と言えば当然だ。
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エミリアたちと一緒に私はイザベラ様のお屋敷に尋ねていた。
応接室に案内されてイザベラ様を待っていると現れたのはロイドさんだった。
「わざわざ来てくれたが、もう少し待ってくれ。準備に手間取っているようなんだ」
「いえ、突然お邪魔したのはこちらですから」
この際にロイドさんでも構わない。教えてもらいたい。
「ロイドさんはどうしてジンが逮捕されたのか知ってるんですよね?」
「ああ……」
まるで嗚咽を漏らすかのような返事。悔しそうに拳を握り締めて、いったい何をしたんだ、ジン。
でもこれでイザベラ様から聞くしかなくなった。今のロイドさんに聞いても聞ける状況じゃない。それに彼の性格から考えて話すとは思えない。
紅茶を飲みながら待っているとイザベラ様たちがやってきた。
「お待たせしてごめんなさい」
「いえ、突然お邪魔して申し訳ございません」
なぜ、ここにアンドレアさんやオスカー君が居るのかは分からないけど、これだけ現場を目撃した人が居れば話を聞けるかもしれない。
「それで皆が聞きたいのは、ジンが捕まった理由よね?」
「はい」
「でもごめんなさい。それは言えないわ」
「何故ですか?」
既に報道はされているのだから話せないわけがない。それでも話せないって事は被害者の第三王子に問題があったってことに。
私も貴族の生まれ。第三王子の良くない噂ぐらい耳にしている。それが事実だとしたら。
「もしかしてジンは誰かを守るために第三王子を殴ったのでは?」
誰も返事はしなかった。それでも指や目が一瞬動いた。やはりそうなのか。あの馬鹿者は。なら真実を知らなければならない。そうしないと私はジンに恩返しが出来ない。
「お願いです、教えて下さい!ジンはどうして捕まったのか!それを知らないときっと私たちは二度とアイツとまともに話せない気がするんです!」
「「「お願いします!」」」
私たちは頼み込む。どうしても知りたい。どうしてアイツがそんな事をしたのか。ここにいる誰もが薄々は理解している。それでも私たちはあの場で目撃した人たちから真実を知りたい。そうしなければこの憶測が一生心を蝕むような気がするから。
「ジンは素晴らしい友人に出会ったようで保護者としては嬉しいわ。でもねごめんなさい。ルームメイトでも、クラスメイトでも、チームメイトでも教えられないの」
返ってきた言葉を聞いて、一瞬で崖から突き落とされたような気がした。
「ジンはイザベラお嬢様を守るために第三王子を蹴り飛ばしたんだ」
「ロイド!」
しかしそんな私たちの想いに答えてくれるかのようにロイドさんが口を開いた。一番ありえないと思っていた人から。
「お嬢様。申し訳ありません。ですが僕はこの事実を黙っていることは出来ません!」
「ロイド……」
「僕はお嬢様の護衛です。ですがあの時何も出来ませんでした。動くことも守ることも……王族に手を出せばどうなるか知っているからです。ですがアイツは……分かっていながらもお嬢様を守った。その事が悔しくて悔しくて堪らないんです!」
「イザベラ様、私もロイドさんと同じ考えですわ!あの場に居た誰もが動けなかった。悪いのは第三王子だと分かっていながらも怖くて目を背けて権力に屈してましたわ。でもジンさんだけは違いますわ。唯一あの場で一人だけ権力に逆らってましたわ!私はその姿を見て愚かとは思うどころか、感謝の気持ちでいっぱいでしたわ!この国に仕える貴族の出の私が王族ではなく、他の国から来た権力も財力も無い平民の彼に私は、いえ、あの場に居た誰もが感謝し心を動かされたに違いありませんわ!」
「奴がした行為は犯罪だ。だがあれほどスカッとしたのもまた事実だ」
「オスカー」
「私も~心では、よくやった!って思ってました~」
「アイリスまで……」
凄い……貴族でプライドが高い彼等の心を突き動かすなんて……やっぱりお前は凄いなジン。
「そうね……私たちが行動しなければジンは助けられない。なら、行動しない手はないわね」
『はい!』
ここにいる誰もがたった一つ、ジンを助けたいという思いで一致団結した。種族、階級、強さ、関係なく誰もが同じ目的の為に動こうとしている。ジン、これはお前が望んだことなのか?
トントン。
そんな応接室の扉が叩かれ入ってきたのはハロルド公爵様だった。
「お父様、どうかされたのですか?」
「皆、落ち着いてよく聞くんだよ。ジン君の裁判が明後日に行われる事になった」
『え?』
突然の知らせに私たちの脳は一瞬停止する。今、ジンを助けるって一致団結したばかりなのに裁判が明後日?なんで?
「どうしてそんなに早く裁判が行われるのですか!」
明後日なんて異常と言ってもおかしくない早さだ。
「どうやら第三王子のイディオ様が目を覚ましたらしくてね。早く裁判をしろ!と色々と言って来たそうだよ」
「ですが、王族と言えどこんなに早く裁判が行われるわけが……」
「表向きは平静を装うっては居ても貴族の中にはイディオ様を支持する派閥があるんだ。きっと彼等の仕業だろう」
「第三王子を支持する……そんな貴族派閥があるのですか?」
「いつの時代もそうさ。己の私利私欲のためならなんだってする。そしてその欲望を満たしてくれるのが第三王子であったそれだけだ。まったく何年経っても貴族の闇は無くならないものだ。悲しい話だがね」
「そんな……」
イザベラ様はその場に崩れるようにソファーに座り込む。私だって今すぐ座りたい気分だ。
「気持ちは分かる。だがけして愚かな事はしないように。良いね」
「はい……」
そう言い残してハロルド公爵様は出て行った。
『………』
誰もが一言も喋ろうとしない。高揚していた気持ちが一瞬して冷め切ったかのような気分。
そして気がつけば時は流れ裁判の日がやって来ていた。
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8月11日土曜日。
急遽裁判が行われる事になったが、まぁ別に構わない。俺としてはさっさと終わらせて欲しい気分だ。
証言席に座らされているが、あんまり良い椅子じゃないな。やっぱ金持ちだったイザベラの家が凄かったんだな。
そんなイザベラたちは傍聴席から裁判の結果を見守っていた。てか、来すぎじゃないか?
イザベラにロイド。アンドレア、オスカー、アイリス、ジュリアス、エミリア、レオリオ、フェリシティー。ハロルドのおっさんたちまでもが見に来てる。後はイディオの野郎だ。よく来れたな。
「それでは被告人は氏名・年齢・職業・住居・本籍を答えてください」
「名前は鬼瓦仁。職業は学生、住所はスヴェルニ、ルーベンハイト領東地区4-5。本籍はスヴェルニ国」
この国に来たときにハロルドのおっさんが用意してくれたものだ。覚えておいて良かった。
「それでは次に検察官側」
「はい。名前はオニガワラ・ジン。罪状は第三王子を蹴り飛ばした暴力行為。これはスヴェルニ憲法第二条国家反逆罪に問われるものです。以上です」
「被告人には黙秘権があります。答えたくない事には答えなくて結構です。」
正直どうでも良いからさっさと終わってくれないかな。
「今、検察官側が読み上げた事に間違いはありませんか?」
「ない」
「それでは検察官側は証人尋問を開始してください」
「はい。オニガワラ・ジンさん貴方は被害者が王族と知っていましたか?」
「はい」
「では王族に対して暴力行為を行うことが犯罪だと知っていましたか?」
「はい」
「なのに貴方は第三王子イディオ・フェル・スヴェルニ殿下を暴力行為を行ったのですか?」
「蹴り飛ばしたくなるほどあのクズ王子がクズだったからだ」
「裁判長!聞きましたか、被告人はイディオ殿下の事をクズだとおっしゃいました。これは侮辱罪にあたると思われます!」
みんなも心の中じゃ思ってるだろうよ。それにしても裁判する必要があるのか?罪状認めたんだからさっさと判決を出してくれたほうが俺としては楽なんだが。
「意義を認めます」