第六十二話 広がる噂
「お父様、イザベラです」
「入りなさい」
扉越しから聞こえる了承の言葉にイザベラは扉を開けて中に入る。俺とロイドもそれに続く形で書斎に入った。
「ただいま戻りました」
「お帰りイザベラ。学園生活は楽しかったかい?」
「はい。これまで以上に楽しい一学期でした」
「それは良かった。学園生活の話は夕食時にでも聞くとしよう。それまではゆっくりと休むといい」
「はい」
「ロイド君もイザベラの護衛お疲れさま。ありがとうね」
「い、いえ!これが自分の務めですから!」
嬉しいのか声が裏返ってやんの。
「ジン君も学園生活どうだった?」
「最初は何もかもが大きくて驚いたが、予想以上に楽しめたよ。ま、座学の授業は退屈だったが」
「学園始まって以来の問題児だもんね」
「まあな」
「褒めてないわよ!」
「え、そうなの。てっきり褒められてるものだと」
「耳鼻科の病院紹介したほうが良いのかしら」
そんなに呆れなくてもいいだろうに。
「ははは。学園の事はあとで聞くよ。まだ政務が終わっていないんだ」
「分かりました」
書斎をあとにした俺たちは廊下を歩く。
「夕食までは各自自由に過ごしていて良いわ」
「なら、俺は銀とリリーと遊ぶかな。どこにいるか分かるか?」
「多分リリーの部屋だと思うわ。もう夏だし、外は暑いもの」
「分かった。なら着替えたら行くとするよ」
俺は以前使わせて貰っていた部屋で私服に着替えてリリーとギンと遊んだ。年相応の女の子の部屋と言ってもいいぐらいの可愛らしい部屋だった。
夕食の時間になり食堂で食事が行われた。イザベラが帰ってきたためかいつも以上に豪華だ。流石は金持ち。
「セバスから聞きましたよ。イザベラ、ロイド君。団体戦学園代表おめでとう」
「ありがとうございます。お母様」
「1位通過なんて凄いわ」
「ああ、ルーベンハイト家の誇りだ」
「兄としても嬉しいよ」
「何を言いますか。お兄様も1位通過だったではありませんか」
え、ライオネルも学生時代は1位通過で学園代表だったの。なにこの家族。
「それに私一人の力では優勝は出来ませんでしたから」
なんて謙虚な。嫌味に聞こえないのが不思議なぐらいだ。
「そうだな。だが、それで良いんだぞ。それは成長している証拠なんだから。だからこれからも頑張りなさい」
「はい」
良い家族だな。俺がこの場にいるのが場違いな気がするぐらいだ。
「ジンさんも個人戦で優勝して学園代表になられたんですよね?」
「ああ」
「やはり凄い力だな。どうだ我が軍に入らな――」
「お父様」
「じょ、冗談だ」
暖かい空気はいつもどおりのようだけど。
「個人戦の成績は全勝だったようですが、イザベラとロイド君との闘いはどうでしたか?」
「ロイドとの闘いは面倒だったな」
「面倒ってなんだ。面倒って」
「一度闘っていることもあってか研究されて対策されていた。そんな相手と闘うのは遥かに面倒だ。その分楽しめたのも事実だ」
あの島で対策なんか考えてくる奴なんかいなかったしな。人の成長の恐ろしさを思い知った瞬間でもあったな。
「ではイザベラとの闘いはどうでしたか?」
「正直驚かされたな。たった数ヶ月であそこまで強くなっているとは思わなかった。学園最強と言われるだけのことはあると思った」
「でも最後は私が負けたわ」
「結果はそうだが、過程が違う。俺を瀕死にまで追い込んだのはイザベラだけなんだ。それにあの時の怪我が原因で俺は団体戦を棄権するしかなかった。イザベラが成長した証だと俺は思うぞ」
「まあ、そう言って貰えるのは嬉しいわ……」
「顔が赤いが大丈夫か?」
「べ、別になんでもないわ!」
「そ、そうか」
変な奴だな。
「うふふ」
「ぐぬぬぬぬ」
で、何でライラさんは嬉しそうにしていて、ハロルドのおっさんは悔しそうな顔をしてるんだ?
楽しい食事を堪能した俺は銀と一緒にお風呂に入ると、ベッドでぐっすりと眠った。さすが金持ち。ベッドの柔らかさが全然違う。埋もれるかのようだ。
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寝室に戻ろうとした私だったけどお父様から呼び出されて書斎へとやって来ていた。
「およびでしょうか、お父様」
「疲れているだろうに、すまないな」
「いえ。それでお話とは?」
今、この場には私、お父様、お母様、お兄様、セバスの五人だけだ。ロイドも既に寝室に戻っている。
「ジン君の事だよ」
「ジンですか?」
「そうだ。編入試験を受けれるようにしたのは、この私だ。だから学園側に頼んで彼の事を色々と教えて貰った」
「はぁ……」
何が言いたいのだろうか。お父様は厳格な人だけど、頭が固いわけじゃない。
「彼の実力は一度目にしているから分かっていたけどまさか学園代表戦で優勝するとは思わなかった」
「何故ですか?」
「別に家の娘が一番だと思っているわけじゃない。だが彼はあの島で戦いを学んだ人間だったからだ」
「どういうことでしょうか?」
お父様が何を言いたいのかさっぱり分からない。あの島で五年間も生き抜いた。それだけでもジンの実力は凄いことが分からないお父様ではないはずなのに。
「あの島には人間がいないからだよ」
「確かにそうですが、それがなんだと言うのですか?」
「イザベラも分かるはずだ。人間と魔物とでは戦い方が違うということだ」
「それは当然ではないですか?」
今更あたりまえのことを言われても正直困る。
「イザベラ、分からないかい?ジン君はあの島で魔物としか戦ったことがなかったんだ。初めての人間との戦闘は僕たちが初めてだったはずだ。そんなジン君が学園で優勝する。それも全勝でだ。それはお父様にとっては意外だったってことなんだよ」
「ですが、ジンの実力ならば優勝は楽なもののはずです」
「確かにその通りだが。魔物と人間の大きな違い。それは知識欲の強さだ」
「知識欲の強さですか?」
「そうだ。勝負で負けた。だから次は勝ちたいと誰もが願う。そしてその相手の事を徹底的に調べ、作戦を練り、対策する。それが人間と魔物の違いだ」
「ですが、大半の生徒がジンとの戦闘は初めてのはずです」
「だとしても彼の力が脅威だと感じた生徒は少なくないはずだ。だから戦う前に考える。それが人間という生き物だ。それはあの島では決してありえないことなんだ」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「私も実際に行ったわけでないから、確信を持って言えるわけじゃない。だが魔物とは本能で生きる生き物であり、自己顕示欲。言い換えるなら傲慢な生き物だ。それは力が強いほど愚直に出てくる。我こそが最強だと。主張してくる。そんな魔物の行動は唯一つ。相手より強い力でねじ伏せる。その一点だ」
強い力でねじ伏せる……確かにその通りだ。炎龍との戦いでも奴は私たちの攻撃を避けもしなかった。それどころか自分の力を知らしめるかのように、攻撃してきた。
ジンもそうだ。大半の生徒を一撃で倒していた。まるで自分の力をアピールかのような。そんな行動だ。
「そんな相手と戦ってきたジン君が対策や作戦を考えてくる人間に勝てないとは言わない。彼の実力は本物だからね。だけど全勝するとは考えれなかったんだ」
人間がこの世でもっとも弱い生き物とされている。それは魔力量や身体能力で他の種族には勝てないからだ。だけど大陸の大半に人間がいるのはその弱さを克服する為に考えたからだ。弱者故に作戦や対策、あるいは武器や道具といったものを作りあげてきた。
「今の彼を倒すことは容易いだろう。勿論それは彼に対抗する為に最高の冒険者や軍人を集め、作戦を練りに練った場合だ。だが彼が知識を持つ存在との戦いに慣れていけばきっと彼に勝てる存在はいなくなるだろう」
そうかもしれない。今はまだ彼が人間との戦いになれていないだけ。だからこそ私はジンを追い詰めることが出来た。だけど今後人間との戦闘を繰り返し慣れて行けば私は勝てないかもしれない。
「イザベラ。それでもお前はジンに勝ちたいか?」
「はい。才能に恵まれすぎて退屈という胡坐をかいていた私が上を目指すきっかけをくれたのはジンです。そんな彼に勝ちたいと思うのは当然です」
「そうか。辛く大変な道のりだろうが、頑張りたまえ」
「はい」
未だに制御したジンに勝ててはいない。それでも私はいつの日かジンに勝手みたい。
「他にもジン君は色んな意味で目立っていたようだね」
「え、ええ」
本人が望んでいなくても目立ってしまう。それは彼が持つレッテルと性格のせいだろうけど。
「編入初日では暴力事件」
「お父様、その事ですが」
「安心したまえ。その事件の経緯も学園長からお聞きしている」
「そうですか」
それは安心だけど、外部に漏らしていいのかしら。
「だけどその事もあってか、ジン君は随分と嫌われているようだ」
「はい。授業態度に少し不真面目なところがあるせいかもしれません」
「確かにそれもあるが、それが理由ではないぞ」
「え?」
それが理由ではない。それってつまり。
「お父様には理由が分かるのですか?」
「ああ」
「その理由とはいったい」
「嫉妬だよ」
「嫉妬ですか?」
「そうだ」
ジンに嫉妬する理由がないと私は思うけど。
「この世界。特にこの国での強さは魔力量と属性の数が絶対的な基準となっている」
「そうですね」
「つまり言い換えれば魔力量が多い者や属性が多い者に負けても仕方が無いってことに繋がっていく」
そうかもしれない。これまでの大会でも魔力量や属性が多いものが代表に選ばれてきた。今大会ジンが優勝したことは異例と言っても過言ではないのだから。
「だけど、そんな彼等の前に魔力と属性を持たない者が現れた。きっと大半の人間が蔑み、嘲笑っただろう」
「その通りです」
「だが結果はどうだ。エリートとまで言われている一組の生徒を拳一つで次々と倒していく。それは魔力量と属性の数が基準とされているこの国でそれは根本から否定する行為だ」
「その通りです」
「そしてそれは魔力量と属性が絶対だと信じ込み鍛錬を疎かにしてきた自分へのあてつけのように感じてくる。だからこそ誰もがジン君の事を罵倒し嫌う。なぜなら彼の実力を認めると言う事は自分の弱さを認めると言う事なんだからな。その傾向として冒険科よりも軍務科の生徒の方がジン君を嫌う生徒が多かったのではないか?」
「まさにお父様の言うとおりです」
どうしてそこまでしてジンを嫌うのか最初私には分からなかった。きっと素行や授業態度が原因だと思っていた。いや、それもあるのかもしれない。だけど根本的なところが違った。
プライドの高い貴族生まれの生徒。そんな彼等にとってジンはプライドを傷つける異質な存在でしかなかったのだろう。
「貴族としての立ち振る舞いや英才教育を受けたとしても、まだ彼等は子供だ。精神が鍛えられていない。そんな彼等には耐えられなかったんだろう。だから彼等はジン君が不正行為を行ったなどと狂言を言ったんだろう」
「そこまでご存知だったのですね」
「貴族の間では既に持ち上がっている話さ。勿論2000人相手に勝利したこともだ」
既に貴族たちの間ではジンの話が持ち上がっているのね。
「だからイザベラ、気をつけなさい。この街にいる限りは安全だろうが、学園に戻ればきっとジン君の事を調べて手に入れようとする者たちが近づいてくる。いや、既に行動を開始している貴族たちもいるだろう。なんせ学園最強とまで謳われている我が娘を倒し個人戦を優勝し、2000人を相手に勝利を掴んだ謎の編入生。魔力が無い事を除けばこれほど貴族にとって都合の良い存在はいないんだからね」
確かにその通りだ。ジンの強さは本物。その事を知れば貴族だけでなく、軍や冒険者の全てが彼を欲しようとするだろう。なんせ名誉と名声一度に手に入る可能性がある存在だ。プライドの高い貴族連中だけでなく権力やお金が欲しい軍や冒険者たちが狙うのも無理はない。それにジンは今年で卒業。誰もがジンを狙う可能性がある。
「分かりました。学園では気をつけます」
「頼んだぞ」
お父様がジンの事を心配するなんて、思わなかったけどそれだけ認めているってことなんだと私は思った。
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