第五話 最強への道のり
蜥蜴野郎の退治が終わり、ようやく昼寝が出来ると思っていた俺だが、何故か俺は今、取調室に連行されていた。きっちり手錠もされて。なぜ、こうなった!?
「それじゃ、もう一度聞く。どうやって炎龍を倒した?」
鉄で出来た机を挟んで対面に座る男はペンを持って質問してきた。
「だから、拳と石ころ」
「そんなわけあるか!魔導小銃の弾丸ですら鱗に傷一つつけられない頑丈さだぞ。それを石ころと拳だと。ふざけるのも大概にしろ!」
そんな俺の答えが納得いかなかったのか男は憤慨し机をバンッ!と叩くと声を荒立てる。
「お前だってあの場に居たんじゃないのかよ!」
「私は非戦闘員だ。その時は避難車両で怯えていたのだよ」
威張って言う事かよ。
「だったらあの場で戦っていた戦闘員たちに聞けば良いだろ。イザベラやロイドたちによ」
「イザベラ様だ。様を付けろ!平民風情が!」
ちぃ、なんだよこの仕打ちは。確かにイザベラの言葉を無視して戦場に立ったのは俺だ。だけどこの仕打ちはあんまりだ。
「で、イザベラには話は聞いたのか?」
「人の話を聞かない奴だな」
それはどっちがだよ。
「まあ、良い。イザベラ様は多忙なお方だ。お話を聞く余裕などない」
「ま、確かに炎龍の解体や死んだ兵士の死体処理とかもあるからな」
「いや、それは既に終えている」
「なら、何をしてるんだ?」
負傷者の確認でもしてるんだろうか?
それか優しいイザベラの事だ。部下の見舞いでもしてるとか。
「食事中だ」
「余裕で話聞けるだろ!」
「馬鹿者!イザベラ様の食事を邪魔するなど神をも恐れる所業だ!」
大げさ過ぎるだろ。てか、炎龍を倒したのは俺の筈だ。つまり一番の功労者は俺のはず。なのにどうしてイザベラは食事で俺は取調室で犯罪者みたいな扱いを受けないといけないんだ。
「だったらロイドはどうなんだ?」
「ロイド殿は確かにそのような事を仰っていた」
ほう、あいつなら嘘を言うと思ったんだがな。どうやら性根は真っ直ぐらしい。
「だが、戦闘でお疲れになり幻覚を見たに違いない」
どうやら性根が腐っているのはこの男らしい。おっといけない思わず、手錠を引きちぎるところだった。温厚な俺としたことが。
ん?どうして鎖を引きちぎって逃げないのかって。決まっているだろ。もしもそんな事をすれば犯罪者にされかねない。もしもそうなればせっかくの炎龍の肉が食べられなくなるかもしれないからな。
「それじゃあ、他の兵士たちはどうなんだ?」
「同じ事を言っていた」
「だったら――」
「だが、それが真実とは限らない!」
ブチッ!
「ふざけるなあああぁぁ!!」
頭の中で血管が切れる音が聞こえると同時に俺は手錠を破壊し机を引っくり返していた。何が、それが真実とは限らないだ!無駄に決めポーズまでしやがって!さすがの俺も限界だ。
「やはり本性を現したな!」
「本性もクソもあるか!まともに事情聴取しないお前が悪いんだろうが!」
それとその似合ってない決めポーズを止めろ。イラッとするから。
「逮捕されたいのか!」
「出来るものならな」
俺は覇気を惜しげも無く男に使う。すると男は真っ青になり口から泡を吹き出しながら気絶した。最初からこうすれば良かったんだ。
さて、俺は急いで食堂車両に向かう。俺の肉待ってろ!
「俺の肉!」
食堂車両の扉を勢いよく開けた俺の目の前では優雅に食事を楽しむイザベラたちの姿があった。
「ジン、ようやく起きてきたの?」
「何を言ってるんだ。俺はさっきまで取調室で事情聴取されてたんだ」
「え、でも部下の一人がジンは疲れて夕食は要らないって伝えに来たわよ」
な、なんて事だ。つまりあれはあの男の罠だったのか。だったらさっさと手錠を壊してここに来ればよかった。
「そんなわけないだろ。嘘だと思うなら取調室に行ってみてくればいい。男が気絶してるからよ」
「もしかして何かしたの?」
「何も。まともに人の話も聞かないからちょっと威圧したら気絶しただけだ」
「つまり脅したのね」
「なぜ、そうなる」
「普通話を聞けば。そう思うでしょ」
………確かにそうだな。
「だけど、お前のは部下はお前に嘘を言ったんだぞ。それは良いのかよ」
「確かにそれは許せないけどジンがした事に比べたらね」
なぜ、俺が責められなければならない!
「まあ、良い。それよりも夕食だ。早く炎龍の肉を食べさせてくれ」
俺はイザベラの対面の席に座る。
「無いわよ」
「なに?」
「だって人を脅すような人に夕食なんてあげられないわ」
「だったらどうしろって言うんだ」
「正直に話せば良かったでしょ」
「正直に話したぞ。どうやって炎龍を倒したかをな。なのにあのクソ野郎はまともに人の話を聞かないんだ」
「でも他の方法ぐらいあったでしょ?」
「方法って?」
「私を呼ぶとか」
「手錠されていたのにか?」
一瞬驚きの表情をするイザベラ。
「それならどうやってここに来たの?」
「手錠を壊して来たに決まってるだろ」
俺は手首にある鎖が千切れた手錠をイザベラに見せる。
「それなら壊して直ぐにくればよかったでしょ」
「あの男が出入り口を塞ぐからだ」
「…………まあ、良いわ。どっちにしろ。ジンの夕食はないもの」
おい、反論できなくなって話を逸らしたろ。まあ良い。
「なんでだ?」
「だって夕食要らないって聞いたからよ」
「だからそれは俺じゃないって言ってるだろ!」
なんて事だ。つまり俺は夕食抜きってことか。そんなの地獄じゃないか。気まぐれ島よりも地獄じゃないか!
「うふふ。冗談よ」
「え?」
「セバス持ってきて」
「畏まりました」
数分してセバスが持ってきたのは大量のサンドイッチ、ホットドック、バーガーだった。
「ぅうおおおおおおおおおおおおぉぉぉ」
「今回の功労者であるジンのを準備していないわけ無いじゃない」
なんて美味そうな料理なんだ。ナイフとフォークが使えればもっと違う料理が堪能出来ただろうが、今は我侭というものだろう。
「話を聞いている様子がないわね。ま、後で良いわ。今は沢山食べてね」
「ああ。勿論だ。では、頂きます!」
俺は片っ端から出された料理を食べていく。美味い!軟らかく簡単に噛み切れる肉。噛むごとに溢れ出す肉汁。一緒に挟まれているシャキシャキとした野菜の食感、食欲を刺激するソース。美味!まさしく美味!ああ、駄目だ。美味過ぎて涙が出てくる。料理とはなんて素晴らしいものなんだ………。
そのあと一時間かけて堪能した俺だった。炎龍の肉よ、本当に美味しかった。きっとお前が現れたのは俺に食べられるために違いない。だから安心して成仏しろ。
膨れ上がったお腹を擦る。あまりの美味しさに食べ過ぎてしまった。だが、悔いはない!
「作らせておいてなんだけど、よく食べたわね」
イザベラは呆れ気味に言ってくる。
「料理長の調理が素晴らしいかったからな。気がついたら完食していた」
「うふふ、きっとその言葉を聞けば料理長も喜ぶでしょうね」
微笑みながら食後の紅茶を堪能していた。俺は食後の緑茶を飲んでいた。元日本人としては紅茶より緑茶ですな。
「ジン……」
「ん?」
ティーカップをテーブルに置くと真剣な表情で見詰めてくる。
「今日は本当にありがとう。もしもジンが居なかったら私達は全滅して、この列車に乗っている非戦闘員の命も危なかったわ」
「別にお礼されるために助けたわけじゃない。俺はただ命の恩人であるイザベラに恩返しがしたかっただけだ。ま、返せたどうかは分からないが」
「こんな言い方すると、まるで恩返しを求めていたみたいで嫌だけど、十分返して貰ったわ」
「そ、そうか……」
いかんいかん、美女の微笑みほど危ないものはないな。危うく惚れるところだった。こんな年下に惚れるなどないだろうが。
「それにしてもジンは強いのね」
「急にどうしたんだ?」
神妙な面持ちで問い掛けて来るイザベラの姿に思わず首を傾げてしまう。
「こんな事言うのは可笑しいかもしれないけど、こう見えて私って恵まれて産まれてきたの」
「そりゃあ、公爵家に産まれたんだから恵まれてるだろ」
「そうじゃないわ」
ならなんだって言うんだ?
「確かにルーベンハイト家に産まれて来た事もそうだけど、私は才能に恵まれ過ぎて生まれてきたの。何をしても直ぐに覚えたし、魔力も平均の10倍以上持ってたし、属性も無属性を合わせれば7つもあったわ。あ、だからと言って鍛錬を疎かにしたことはないわよ。でもね、だからこそ退屈だったの。何をしても直ぐに一番を取ってしまう事に。でもね、その考えが全部吹き飛んだわ。今日のジンの戦いを見て」
「俺の戦いを見て?」
「ええ。初めて自分の弱さに苛立った。初めて才能で劣る事に劣等感を覚えた。初めて嫉妬した。ねぇ、どうすればジンぐらい強くなれるの!」
椅子を倒すほどの勢いで迫るイザベラ。
どうしてそこまで強さに拘るんだ?確かに俺も気まぐれ島に居た時は強さに拘っていた。だがそれは死にたくないと言う想いからだ。
法律もルールも無いあの場所で生きていくには強くなるしか方法が無かったからだ。
だがイザベラは違う。
この場所はあの気まぐれ島に比べて遥かに平和な場所だ。にも拘わらずどうしてそこまで拘るのか。それが俺には分からない。ただ一つだけ確かな事がある。
「イザベラ」
「なに?」
「近い」
「っ!」
相手の吐息が鼻先に掛かるほどだとようやく気がついたイザベラは一瞬にして顔を真っ赤にすると、恥ずかしそうに着席する。どうやらセバスが倒れた椅子を元に戻していたようだ。
「それで、ジンはどうしてそんなに強いの?」
テーブルに置かれていた食後の紅茶を一口飲んで気分を落ち着かせたイザベラは改めて問いかけてきた。
「別にそんな事ないと思うが?」
「嘘よ!あの炎龍を一人で倒したじゃない!」
いや、あの程度なら気まぐれ島に行った瞬間殺されてるぞ。それも海岸沿いに生息する魔獣どもに。
「それに私より才能だってあるじゃない……」
「それに関しては否定させて貰うぞ」
「どうしてよ!」
「イザベラだって知っているだろ。俺には魔力が無い」
「あ」
そうだったと言わんばかりに目を見開けるが、直ぐに俯く。まったくどうしたものかな。やっぱり正直に話すべきだろうな。
「イザベラ」
「なに?」
「さっきも言ったが俺には才能なんて一切ない。魔力もなければイザベラのように沢山の属性を持っているわけでもない。裕福な家で育ったわけでもない。なのに何故炎龍を倒せたか。それは必死で生きてきたからだ」
「私を馬鹿にしているの?」
今の話を聞いてどうしてそうなる。
「そうじゃない。前にも話したが、俺は前世で交通事故で死んでこの世界に5年前に来た。だがあのクソ女神を怒らせたせいで俺は魔力もなければ、圧倒的な力を持つ武器やスキルを与えられたわけでもない。ましてやまともな武器すら持てない呪い付だ。そんななかで一つ運が良かったのは身体が赤ん坊ではなく、13歳ぐらいの少年だったことぐらいだが。でもいきなり転生させられた場所が気まぐれ島、地獄島だった。それがどう言う意味か分かるか?」
「?」
駄目か。ま、可愛らしく首を傾げているから許そう。
「俺が最初に見せたステータスを覚えているか?」
「ええ。あの貧弱なステータスの事でしょ?」
「そ、そうだ」
自分で設定しておいてなんだが、貧弱はあんまりにも酷くないか?
「最初俺が転生されられた時はあれよりも酷かった」
「本当に!」
「当たり前だ。本当に酷かったからな」
いや、あれは酷かった。何も知らなかったとは言え、よく生き残ったと改めて自分を褒め称えたくなる。
「そんな状態で地獄島に行ったらどうなる?」
「一瞬で殺されるでしょうね」
「その通りだ。転生して数分後には俺は地龍に襲われた。さっき戦った炎龍より遥かに大きく、強い地龍にな」
「それで、どうしたの?」
まるで御伽噺を嬉しそうに聞く子供みたいにイザベラは興味津々の表情をしていた。
「勿論逃げたさ。才能もなければ一回きりの最強のスキルも魔法もないからな。だけど、圧倒的に強い地龍に逃げ切れるわけもなく数秒後には喰われた」
「喰われたの!」
「ああ、丸飲みだ」
今となれば、笑い話だな。
「丸呑みにされた先は真っ暗で、酸っぱい臭いが充満する胃袋の中だった」
「そ、それでどうなったの?」
「その時俺は胃酸で溶かされて死ぬんだと理解した」
「そうでしょうね」
「でもな。俺はそれが嫌だった。一度死んで再び蘇ったのにこんな呆気なく死ぬことに、理不尽さに怒りが沸いた。だから俺は我武者羅になって足掻いたさ。絶対生きてやるって思った。だから俺は出来る事をした。胃袋に爪を立てたり、口で食い破ろうとしたりした」
「でもそう簡単に成功するものじゃないでしょ?」
「あたりまえだ。だから俺は何度も何度も同じ事を繰り返した。生きる事を諦めず我武者羅に喰らい着いた。時間にすればどれ位かは分からないが、靴もズボンの裾も胃酸で溶けて足が痛みを発しだした時、ようやく胃に穴を開ける事が出来た。ま、そこからはその穴を広げて体内から何度も攻撃して、どうにかしてその地龍を倒すことに成功した。ま、その後は生きる為に色んな魔物と戦ったってわけだ。あの島では最弱だったからな。物凄い勢いで身体能力が上がって行ったのは覚えてるがな。ま、簡単に言えば死にたくないから我武者羅に戦った。その結果俺は強くなり劣悪な環境でも生きられる経験を得たってことだ」
気がついたら人間やめてたけど、仕方が無いよな。
「長くなったな。悪い」
「いえ、そんな事無いわ。正直に話してくれて嬉しいわ。きっと簡単にまとめて言われたら信じて無かったわ」
「それは良かった」
そう、俺はチートなんて与えられなかった。ただ死にたくない。生きたいという想いだけで我武者羅に強くなっただけのこと。
「さて、俺は部屋に戻って寝るとするか。腹いっぱいになったら眠くなったからな」
「ちゃんと歯磨きして寝てね」
「まったくイザベラは俺の母親か」
「あら、今は保護者よ」
くっ、確かに。言い返せない俺は軽く手を振って寝室に戻った。気がつくと銀が足元に居た。お前今までどこに居たんだ?満足げに舌舐めずりしてるが。