第四十五話 蛙は気持ち悪いのか!美味いのか!
武闘大会個人戦学園代表選抜三日目が終了すると私は軍務科四年一組の教室に来ていた。
別に忘れ物とかをしたわけじゃない。緊急会議を行うためだ。
今、この場所には私を含めてロイド、オスカー、アンドレア、アイリスの五人が集まって貰っている。
「それでイザベラ様お話というのは?」
まだ彼らには緊急会議の内容を話してはいない。だけど、今後のことを考えるなら話しておくべきだと私は考えた。
「今回みんなに集まって貰ったのはこのままだと間違いなく武闘大会個人戦、団体戦ともに負けてしまうからよ」
「「「!」」」
ロイドには事前に話しあるから驚きはしないけど、他の三人は驚愕の表情を浮かべていた。
「イザベラさま~、それはなんの冗談ですか~。まさか代表にもなれないって事ですか~?」
相変わらず普段の時は気力を感じないわね。ま、それがアイリスってこの特徴とも言えるけど。
「それは違うわ。個人戦、団体戦も確実に代表になれる自信と面子を集めたつもりよ。だけどこのまま行けば間違いなく優勝は出来ないわ」
「ちゃんと説明して貰えますか?」
オスカーも相変わらず寡黙ね。普段でも戦闘でもこんな感じだから魔操の暗殺者なんて異名が付くんでしょうけど。
「オスカー君の言うとおりですわ。それに何故今になってそれを話すのですの?」
「何故今なのか……確かにその通りね。本当は話すつもりは無かったわ。でも彼の今日の試合を見て考えが変わったの。軍務科の意地とプライドを守るためにね」
きっと彼が聞けば下らないって切り捨てるんでしょうけど。
「その彼と言うのはいったい誰なのですか?」
「真壁冬也なら今日、イザベラ様が倒した筈ですよね?」
「確かに~迷い人である彼の力は脅威かもですけど~緊急会議を開く事ですか~」
「私も今日の試合を見た限りでは意識は止めていても緊急会議を開くまででは無いと感じましたが」
「彼じゃないわ。私が危険視し、今大会最も警戒しなければならない男。冒険科四年十一組オニガワラ・ジン」
「彼ですか~」
「確かに身体能力だけであれほどの力があるのは脅威だが」
「確かに少しは見所を感じなかったこともありませんけど。イザベラ様が言うほどの男なのですか?」
「みんなそんな甘い考えで彼と闘ったら一瞬で負けるわよ」
「「「っ!」」」
(イザベラ様が真剣な面持ちで言うなんて)
(オニガワラ・ジン。まさか俺と同じ送り人なのか?だが魔力を持たない送り人など聞いたこともない)
(イザベラさまに危険人物って言わせる程の人か~どんな人物なんだろう~)
「でも、イザベラ様がそこまで危険視すると言う事は彼の正体を知っているのですか?」
「………ええ、知っているわ。でも教えれない。ジンと約束したもの」
「約束をしたとはいえ~教えれないって~大丈夫なんですか~」
「そこは心配しないで。彼をこの学園に編入させて欲しいって言ったのは私だから。もちろん試験も受けて合格しているから大丈夫よ」
「つまり悪者ではないが今大会において、一番の危険人物であると?」
「オスカー、貴方の言う通りよ」
(つまりそれだけ強大な力を持っていると言うことか)
「オニガワラ・ジンが警戒すべき相手だと言う事は分かりましたわ。でも曖昧な例えでは作戦立案も対処も出来ませんわ」
「アンドレアの言う通りね。なら肝に銘じておきなさい。彼の強さを」
その言葉に全員の視線が私に向けられる。それだけ今大会の優勝を目指してきた証拠ね。
「春休みに彼と模擬戦をしたわ。その時のメンバーは私、ロイド、らいオネルお兄様の三人対ジンよ」
「それ人選おかしくない~」
「ああ、圧倒的過ぎる」
「あまり弱い者苛めは良くないと思いますわよ」
私たちの実力を知っている彼らなら仕方が無い。お兄様も学園時代は異名持ちの有名人でもあったしね。
「でも、勝ったのはジンよ」
「ほへ~?」
「今なんと仰いましたか?」
「どうやら俺も幻聴を聞いたらしい」
これが貴族の悪いところかしら。プライドがあるせいか事実を避けようとする。
「もう一度言うわ。勝ったのはジンよ。攻撃を与える事は出来ても彼は平然としてわ。結局最後は一瞬で三人とも気絶させられて負けたわ。それでもまだ手加減してたわ」
「本当なのですか?」
「ええ、事実よ。嘘だと思うんならロイドにも聞いてみると良いわ」
三人が視線を向けてきたと分かると悔しそうに頷いていた。そんなにジンに負けたことが悔しいのね
「送り人である俺が言うのも変だが、そんな人間が同世代で居るとは考えにくいんだが?」
「ええ、そうね。だけど事実よ。なんせ炎龍を倒したのもジンですもの」
「そ、それはどういう事なのかな~?」
「ここからは他言無用でお願いするわ」
やはり気になるのか皆頷いてくれた。
「皆も耳にしてるでしょ。私が春休みに炎龍と戦ったこと」
「存じてますわ。大量発生した魔物討伐の帰りに突如炎龍に襲われるもイザベラ様が率いるルーベンハイト軍が見事討伐したと」
「確かに表向きはそう国にも発表したわ。だけど事実は私たちは傷一つ付けられず弾切れ追い込まれ全滅すると言う時に客として乗っていたジンが代わりに倒してくれたの。それも一瞬でね」
「信じられません……」
「ああ、御伽噺でも聞かされている気分だ」
「でも、事実よ。それもS+ランクの炎龍を手加減した状態で瞬殺するほどのね」
「それ~本当に人間なの~」
「種族を偽っているとしか思えないな」
「魔族でも炎龍を手加減して瞬殺できる同世代なんて聞いたことある?」
「「「…………」」」
誰一人として私の問いに答えようとしない。それだけ信じられないことなんだと思っているんでしょうね。
「でも私たちはそんな人物を個人戦で、そして団体戦で闘うの。ここからが本当の勝負なの。でないと私たちは彼に一瞬で潰されてしまうわ。あの怠惰の化け物にね」
ジン、今度こそ貴方を倒してみせるわ。そのために私は最高のメンバーを集めたんだから。
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あのまま長居するとアヴァ先生に叱られそうだったので、銀だけつれてさっさと帰ってきたが、思いのほか部屋がいつも以上に広く殺風景に思いながら夜は夜を過ごした。ああ、そうか。ジュリアスと一緒に暮らすのが当たりまえになっていたんだ。
次の日ジュリアスに起こされることなく目が覚めた。
「俺もやれば出来る子なのだ!」
…………………。
「…………」
朝一のボケにも返ってくるツッコミがない。そうっだった。ジュリアスは保健室に入院してたんだった。静かな朝を迎えた俺は食堂で朝食をすませするとさっさと制服に着替えて演習場へとレオリオたちと合流してから向かった。
武闘大会個人戦学園代表選抜四日目。ジュリアスは再検査のためこの場にはいない。気分は低いが負けるつもりはない。それどころか、ジュリアスがいない場所で負けたらあとで何を言われるか分からない。
「個人戦も今日を入れて残り二日だ。代表になれる可能性がなくなったとしても最後まで諦めずに力を出し切って闘うように!」
朝から熱い言葉に憂鬱度が増しそうになりながらも俺は第4ステージへと向かった。スキン先生は朝から元気だな。さすがの俺もそのテンションを朝からするのは無理だ。
『生徒の皆おはよう!実況のミューラだよ!』
『解説のアビゲイルです』
相変わらずミューラ先生は元気だな。てか、なんで朝からあんなに元気なんだ?酔ってるのか?
『武闘大会個人戦学園代表選抜も今日から後半戦に突入だ!代表になれない選手もまだなれる可能性がある選手も頑張って闘おうぜ!』
絶対お酒飲んでるだろあの人。
『それじゃ武闘大会個人戦学園代表選抜四日目第一試合で観戦すべき試合は第4ステージで行われる冒険科四年一組マカベ・トーヤ選手対冒険科四年十一組オニガワラ・ジン選手の試合だ!』
『冒険科成績トップのトーヤ選手と未だに全勝を続けているジン選手の闘いですか。実に興味深い試合ですね』
『お!アビゲイル先生もそう思いますか。まさにその通りなんです。冒険科トップにして迷い人でもあるマカベ選手。相対するは未だ拳のみで勝ち星を増やし続けているダークホース、ジン選手!興味が沸かないわけないですよね!そんな二人の様子を見てみましょうか。ってあれ?これはどういう事だ。試合前は笑顔か真剣な表情を浮かべているマカベ選手が今日はジン選手を睨んでいるぞ!』
そう、そこなんだよ!いつも通り優しそうな笑顔を向けてくるかと思っていたら何故か睨まれているんだよ。いや、少し違うな。アイツからは憎しみや復讐心は感じない。あるのは強い敵意だけ。これは意外だったな。まさか試合前からここまで強い敵意を向けられるとは思わなかった。でも、やはりと言うか、アイツからは一切の殺意と殺気を感じない。
この闘いは言わば模擬戦。殺し合いをするわけじゃない。それでも殺すつもりで戦わなければ勝てない相手だってこの世には沢山いる。俺だって同じだ。てか、あの島で殺す気で戦わなかった事なんてない。だってそうしないと俺が死ぬし。
いや、今はそれよりもだ。
「なんで俺は睨まれてるんだ?」
「分からないようだね」
おっと、つい口から出てしまった。
「君は僕の大切な仲間を泣かした。僕にはそれが我慢できない。だから今日この試合で僕は君を倒す!」
『睨んでいる理由はどうやらマカベ選手の大切な人をジン選手が泣かせてしまったようだ!』
『いったいどんな非道な事をしたのか興味があります』
いやいや、まったく心あたりがないんですけど!お前の仲間と話したのもこの大会中の時だったし。それよりもう少し言葉は選んでくれよ。女子と軍務科連中からの罵詈雑言が半端ないんだけど!
『分かりませんがジン選手はエレイン先生に大量の蛙を送りつけたこともある選手です。いったい今度はどんな非道な悪戯を思いついたのか………考えただけでもゾッとしますね』
あ~あ、完全アウェー状態になっちゃったじゃねぇか。
「き、君は女性に対してそんな事をしてたのかい」
真壁ですらドン引きしてるし。
『それでは今回の主審を勤めるエレイン先生からも一言貰うとしましょう。エレイン先生今の心境をお願いします』
そう言えばこの試合の審判はエレイン先生だったな。すっかり忘れてた。でもミューラ先生の悪乗りに呆れてる。
「はぁ……まったくあの子は」
『エレイン先生。早くお願いしますよ』
「分かりましたよ。この試合の主審ですねの。フェアな判定はします。ですが私個人としてはマカベ君には絶対に勝って貰いたいところですね」
「普通そこは自分が担当する生徒を応援するところだろうが!」
「大量の蛙を送りつけてくる生徒を誰が応援するんですか!」
「だとしてもそこは教師として自分の受け持つ生徒を応援しろよ!」
「教師の前に私は女です。生理的に受け付けない物を送りつけてきた貴方を応援する義理はありません!」
「苦手な物を克服してもらおうという俺の親切心を無下にするのかよ!」
「一人だけ爆笑していた貴方が親切心なんて言葉を使わないでください!」
「なら、俺の真心を感じただろ!」
「あれのどこに真心を感じるというのですか!」
「箱に入れておいたとことかさ!」
「恐怖倍増です!」
酷い。ここまで俺の親切心と真心を否定されたことは無い。ま、あの時にそんな物は微塵も持ち合わせてはいなかったけどよ。
「だいたい貴方は蛙が怖くないの!」
「非常食だ!」
俺の言葉に会場内が静寂に包まれる。あれ?俺なんか間違えたか?罵詈雑言も止まってるから間違いではないな。
「凄いわね。あれを食べるなんて……」
「おい、言葉と行動が合致してないぞ」
「だって蛙ですよ!気色悪いじゃないですか!」
「あいつ等だって頑張って生きてるんだぞ!それに蛙肉好きのやつ等に失礼だろうが!」
『確かに蛙は食べられますし、エピストードの肉は高級食材の一つとして有名ですしね。私も食べたことがありますが、スーパーなんかで売っている肉なんかより美味しかったですよ』
「ほら、アビゲイル先生だって言ってるじゃねぇか!」
「アビゲイル先生と私たち一般人を一緒にしないでください!」
『酷い……』
「あ~あ」
「ち、違うんです!すいません!」
『蛙の話はこれぐらいにして、そろそろ試合を始めたいと思います!』
それもそうだな。てか真壁のこと完全に忘れていた。これも全部エレイン先生のせいだからな。おっと睨まれてしまった。