第四十四話 武闘大会個人戦学園代表選抜三日目第二試合
ジュリアスを目の前に俺は首を鳴らす。
これまで幾度となく闘ってきた。四年間ともに学んできたクラスメイトほどではないかもしれないが、この二ヶ月は誰よりも多く闘ってきた。だからこそ互いに手の内は分かっている。どんな魔法を使い、どんな戦闘スタイルなのか、何が得意で何が苦手なのかも。互いに分かっている。
だが大きな舞台での勝負となると別だ。いつもと同じように対峙し合っているのに鼓動の音が耳から聞こえてきそうになる。本番でしか味わえない緊張感や雰囲気に呑まれているからかもしれない。
寮の部屋で見せる姿とも、訓練で見せる姿とも、共に闘う時の姿とも違う。まるで別人のように思えてしまう。
『これより武闘大会個人戦学園代表選抜三日目第二試合が始まろうとしています!第3ステージでは悲劇的なマッチングとなっております。同じ仲間あり、ルームメイトであり、そして恋人同士でもある二人の闘いが始まろうとしています!』
『そうなのですか?』
「恋人同士じゃありません!」
その言葉に涙を流す冒険科の女子生徒と驚きを隠せない軍務科の生徒たち。でも何人かは同じように涙を流してる。ミューラ先生と同類だな。そしてイザベラとロイドは信じられないって顔でこっちを見るな。冗談に決まっているだろまったく。で、アビゲイル先生はこの事実にも驚きもしていない。いったいどうすれば無気力な表情を変えることが出来るのか、俺としてはそっちに今日があるんだが。
『そんな悲劇の二人を紹介しましょう!まずは冒険科四年一組ジュリアス・L・シュカルプ選手!そんな彼と闘う運命から逃れられないのが、冒険科四年十一組オニガワラ・ジン選手!ぁああ、なんて可哀相な二人!止めれるものなら止めてあげたい!』
乱入でもしたら間違いなく減給では済まないだろうな。それも見てみたいけど。
「二人とも試合前に話しておくことはありますか?」
主審が聞いてくる。そんな事言われても困るんだが。いや、こういう時だからこそちゃんと話しておくべきなのかもしれない。
「ジュリアス」
「なんだ?」
「俺たちは何度も闘ってきた。放課後、休日と何度もだ。だからこそ互いに分かっている。どちらが強者でどちらが弱者なのか」
「…………」
飾った言葉も遠まわしな言い方もしない。同じ仲間だからこそ、ルームメイトだからこそ、ハッキリと言うべきだ。大切な親友を失わないために。
「だからハッキリと言っておく。俺はこの試合、出せる全力を持ってお前を倒す」
「………その言葉、信じて良いんだな」
「ああ。その代わり後悔するなよ」
「馬鹿者。後悔するなら最初からあんな言葉を言ったりはしない」
「ははは、そうだな」
俺たちの会話の意味を本当に理解出来る奴は少ないだろう。だが、そんなのはどうでも良い。俺たちにとって今一番大切なのは、目の前の立つ最高の対戦相手に勝つ事だけなんだからな。
『二人の闘志が私たちにも伝わってきそうです。それでは審判試合開始の合図をお願いします!』
試合開始の合図の前からジュリアスは構える。あの構えは……居合いか。
なるほど、一瞬で決めるつもりか。面白い!
それよりなんだよ、あの闘志は。これまでに感じたことのない強い闘気を放ってやがる。嬉しいね。この勝負が一瞬で終わってしまう事が嫌になってくる。でもそれを望んだのは俺たち二人だ。もうどうする事も出来ない。
だから俺も構える。今、出せる本気でお前を倒す為にな。
『ジン選手も構えました!これまで一度も構えた事がジン選手が構えました!しかしこの構えはどうみても左利きです。ですがこれまでの試合では右拳で殴っていました。これはどういうことでしょうか』
『本気と言うことでしょうね』
『アビゲイル先生、それはどういう意味でしょうか?』
『先ほどジン選手がジュリアス選手に言ってましたよね。出せる全力を持ってお前を倒す、と。つまり相手に敬意を払ってと言う事でなんでしょう。同じチームメンバーであるからこそ、手加減するのは失礼だと感じたと言う事です』
『アビゲイル先生……その言い方だと、これまでの相手には敬意を払っていなかったと言う事になりますよね?』
『でも、そういう事でしょ』
『………ジン選手の真意は置いといてまもなく試合開始です』
ほんとこんな気持ちになるのは初めてだ。あの気まぐれ島での戦いで感じたのは、ただただ生き抜くためのクソったれな女神への復讐心と怒りだけ。だけどこの学園に来てからは違う。怒りを感じたこともあるが、嬉しいことや楽しいこと。まさか闘いで感謝の気持ちを知る羽目になるなんて思いもしなかった。
ありがとうよ、ジュリアス。やはりお前は最高の親友だ。
「それでは試合………開始!」
だからこそ俺が出せる全力をお前にぶつける!
刹那の時。
観客が瞬きするコンマ数秒の世界。
俺は地面を陥没させる蹴りでジュリアスに近づき左拳で殴りつけた。
ありがとうよ、お前みたいな良い奴が俺の親友で。
だから今の俺が出せる1%の力でお前を倒す!
ドンッ!!
『……………け、決着うううううぅぅ!勝者、オニガワラ・ジン!一瞬、いえ刹那の時間。ジン選手の左ストレートがジュリアス選手を地面へと叩きつけた!』
『驚きです。魔力を持たない彼にあれほどの力があるとは興味深いですね』
演習場内が驚きで満たされていると感じてもミューラ先生たちの実況も今はどうでもいい。
俺にとって今大事な事は目の前で気絶するジュリアス。
――その右手に持つ抜かれた#魔導剣__刀__#なんだから。
やっぱりお前は凄ぇよ。伊達に冒険科一組で上位の成績を取るだけの事はある。
右頬に感じる僅かな痛みと垂れ落ちる赤い血。
きっとあの時だろう。俺の左拳がお前に当たる刹那の時間。間違いなくあの時だ。
届いたぜ、お前の一撃。
実力差は雲泥差にも拘らず俺は一撃を貰ってしまった。
別に俺は完璧主義者じゃない。だから悔しさもない。結果的に勝ったのは俺なんだから。
だけど勝負結果など今の俺にはどうでもよかった。ただ圧倒的力を前にしても立ち向かい、尚且つ追いかけて来ようとする存在がいる事に俺は嬉しくて仕方がなかった。
いつかであるかも知れない強者は俺の上ではなく、下から現れるのかもしれない。
担架で保健室へと運ばれるジュリアスを見送った俺は廊下でジュースを飲みながら気持ちを落ちつかせていた。
《やっぱり貴方は最高ね。ジン》
人が黄昏ている時に苛立ちを覚えるこの鬱陶しい声は。
「なんのようだ。マイラ」
殺戮鋏を背負うレーネに視線を向ける。昼休みも話したってのに。
「一人のところを邪魔してすいません」
「いや、レーネに言ったわけじゃないから」
《随分と態度が違うんじゃない》
お前とレーネを一緒にするな。この子は優しいがお前は快楽殺人鬼だろうが。
《元よ。それに今はこの姿だから人を殺すことも出来ないわ》
知るかよそんなの。で、俺になんのようだ?
《別に私は本気の貴方と戦ってみたいだけよ》
無理だろそれ。
《確かにこの姿じゃ戦えないし、この子の実力じゃ貴方の本気の殺気を浴びただけで死ぬでしょうね》
分かってるじゃねぇか。
《ま、期待しててね》
俺としては一生その姿で居てくれると助かるけどな。強い奴と死闘を繰り広げるのは好きだが、快楽殺人鬼と殺し合うのだけは御免だからな。
《随分と嫌われたものね》
お前の中ではいったい俺はどなんた存在なんだよ。
《私に対して高感度が高いって事になってるわよ》
お前、脳外科医と眼科に言った方が良いんじゃないのか。どちらも無理だろうからさっさと破壊されるか、成仏しろ。
《相変わらず酷い言われようね》
ほっとけ。因みにお前の中で俺に対する高感度ってどれぐらいなんだ。
《最高値よ》
絶対に嘘だろ。
《いえ、本当よ。殺したいほど愛してるもの》
事実だった。
「マイラ、そろそろ時間だから行くよ」
《時間のようね。それじゃジン、またお話しましょ》
誰が話すか。殺意を持った相手と。
《そう言うのをツンデレって言うんでしょ》
いやいや、全然違うから!
思考回路がおかしいマイラと礼儀正しいレーネの二人と別れた直後、会場から今日の試合が終わったアナウンスが聞こえた。このあとどうするかな。レオたちはジュリアスが心配で保健室に行ってることだし、俺は寮にでも戻るか。
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目を覚ますと白い天井と一瞬不快な思いをさせる消毒液の臭いが鼻腔を擽った。
ここが保健室だと分かった瞬間右頬に強烈な鈍痛が襲ってきた。
「痛っ!」
ジンの奴本当に本気で殴ったんだな。私が女だと言うのに容赦の無い奴だ。いや、手加減するなと言ったのは私なんだ。それに答えてくれたんだ。感謝こそすれ怒るのは筋違いというものだろう。
「あっ!ジュリアスが目を覚ましてる!」
「なにっ!」
「本当ですか!」
起きた事を知ったレオリオたち三人が駆け寄ってきてくれた。
「何故、三人がここに?」
「心配したからにきまってるでしょ!」
「ジンさんの強烈な一撃を貰って心配したんですから!」
「そんなに心配してくれたのか」
「当たり前だろ!先生からは残りの試合は棄権させるって言われるほどだったんだぞ!」
「棄権!?」
嘘だ。3敗したとはいえ、まだ私は闘える。
「動くんじゃないよ」
ベッドから起き上がろうとする私を見て保険の先生――アヴァ・ルド・クレイン先生が出てきた。
彼女は数少ない光属性を持ち治癒魔法と浄化魔法が使える上級医療魔法師でもあり、セシリアの師匠でもある。
「保険の先生として、貴方の武闘大会個人戦学園代表選抜の出場は認められないさ」
「何故ですか!」
「右側の下顎骨と頬骨が骨折。地面に叩きつけられた衝撃で左側の前頭骨、側頭骨、頭頂骨、左鎖骨、左上腕骨の一部にヒビ。それから脳震盪による気絶。一応、アンタが気絶している間に精密検査をしたけど異常も見当たらなかったから私の治癒魔法で全て完治させておいたけどね」
「なら、尚更出させてくれないのですか!」
「今は異常が無くても後から症状が出てくる場合もある。治癒魔法で完治させたと言っても貴方が受けたダメージは相当なものなんだよ。それによる一時的な治癒力低下と疲労は早々元に戻るものでもないさ」
「ですが!」
「なら、もし明日闘っている最中に倒れて死んでも良いの?その事で一番責任を感じるのはジンの坊やだと私は思うけど?」
「うっ!」
「ジュリアスさん気持ちは分かるますが、今はアヴァ先生の言いつけを守りましょ」
「ちゃんと私の言いつけを守れるなら来週から行われる武闘大会団体戦学園代表選抜には出場させてやるさね」
「先生もああ言ってるし我慢しよう。ね?」
とても悔しい。しかしこう言う結果になってしまったのは私が未熟なせいだ。誰のせいでもない。一部の感情で動いて団体戦に出られなくなってはみんなに迷惑がかかってしまう。それだけは駄目だ。
「分かりました。個人戦は辞退します」
「よく言ったね。その分団体戦では暴れてきな」
「はい」
(強い新年を持った少女だね。ま、男装までして入学してくるぐらいだ。色々と事情があるんだろうさ。それよりもたかが一回のパンチでここまでの怪我をさせるとはね。いったい何者なんだろうねオニガワラ・ジンって言う生徒は。十一組でこの子たちと同じクラスって言ってたけど、どう考えても不自然だよ。まったくあの学園長め、また何か企んでるね)
「ほら、あんた達はさっさと自分の寮に戻りな。アンタは一日入院して貰うよ。明日も精密検査するからね。それで問題が無かったら寮に戻ってもいいさね」
「分かりました……」
「それじゃ、ジュリアス君。また明日ね」
「明日退院出来るようでしたらスマホに連絡下さい」
「団体戦は一緒に頑張ろうな」
まったく私は良い仲間に得ぐまれたものだな。
「あ、あの……」
「なんだい?」
「ジンは見舞いに来ましたか?」
「いや、着てないね。お前さんが運び込まれてからはずっと一緒にいるけど、ジンの坊やは一度も見てないよ」
「そうですか……」
「ま、怪我させちまったんだ。負い目を感じてるんだろうさ。ましてやルームメイトで中も良かったんだろ。着づらくても仕方が無いさ」
「そうですね」
「よ、ジン元気か?」
「「え?」」
「ん?」
ジンの登場に私とアヴァ先生は目を丸くする。
「俺、なんか変たことでもしたか?」
「いや、なんでもないんだ。それより何しにきたんだ?」
「何ってそりゃ見舞いに来た決まってるだろ。一旦寮に戻って銀を連れて来たんだ。存分に抱いてモフモフしていいぞ」
「ほう、銀色の魔狼とは珍しいね」
「誰だこの露出度の高いお姉さんは?」
「そう言えばジンは初対面だったね。彼女は――」
「私はアヴァ・ルド・クレイン。この学園で保険の先生をしている。怪我したらいつでも来ると良いさね。ただし仮病でのベッド占有はお断りだよ」
あ、嫌な顔をしている。サボる気満々だったようだな。
「それよりアンタがオニガワラ・ジンだね」
「ああ、そうだ。よく知ってるな」
「そりゃ、知ってるさ。編入してから僅か二ヶ月で四人も病院送りにした生徒なんだからね。こちとらそのせいで睡眠不足やティータイムを邪魔された被害者なんだからね」
「そ、それはご苦労様ですね」
さすがのジンもアヴァ先生には怯えてるのか。
「それより、アンタ手を見せてみな」
「手を?」
「右手じゃないよ。左手さね」
「「?」」
いったい何がしたいのか分からない私とジンは目を合わせて首を傾げた。
(状態に異常なし。骨を折る程のだから殴った方にもある程度怪我していてもおかしくはないんだがね。それよりも、なんだいこの拳は。どれだけ殴ればこんな硬い皮膚になるんだか。私が思っていた以上に相当実戦経験があるようだね。それも人間だけじゃなく魔物との実戦が)
「もう良いさね。それよりアンタもそろそろ寮に戻りな」
「ああ、もう少しジュリアスと話したらな」
普通にしてる。負い目を感じていたんじゃないのか?
「悪いな遅くなって。全ての試合が終わるまで出れなかったんだ。銀も連れてきたかったしどうしても遅くなっちまった」
「いや、大丈夫だ」
「それよりレオたちから聞いた。個人戦出れなくなったらしいな」
レオリオたちジンに連絡したのか。ま、怪我させた張本人だし仕方が無いか。
「俺は一ミリたりとも責任を感じてない」
「え?」
「お前が出場出来なくなったのは俺も関係しているが、全てはお前自身の弱さが原因だ。だから俺は悪くない!」
確かに私の未熟さが招いた結果だ。だが、
「少しは責任を感じろ、この馬鹿者が!」
「痛て、殴るな馬鹿!」
「馬鹿はどっちだ。私はお前が責任を感じているのでは無いかと心配したんだぞ!」
「安心しろ責任は感じてない」
「親指を立てて、安心しろじゃないこの無責任男!」
「お前が全力で闘う事を望んだんだろうが!」
「それはそうだが、少しは感じても良いだろうに!一ミリも感じてないだと!ふざけるなって逃げるな!」
このままだと面倒だと感じたのか銀を抱えて逃げていった。
「まったくあいつは何がしたいんだか」
お前のせいでモフモフも出来なかったではないか。
「ジュリアス」
「なんだ帰ったのではなかったのか?」
「それだけ元気があれば大丈夫だな。個人戦は俺が必ず優勝する。だから来週からの団体戦は一緒に優勝しようぜ」
そう言って奴は今度こそ帰っていった。
「まったくそれを言いに来たのなら最初に言わないか、馬鹿者」
「ふふっ」
「何が可笑しいんですか?」
「いや、ジンの坊やはよくアンタの事を理解していると思っただけさ。それともあれは無意識なのかね」
「?」
アヴァ先生が何が言いたいのかさっぱり分からない私はすることもないので横になるのだった。
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