第二十九話 武闘大会個人戦学科別代表選抜決勝戦
「ジン、お疲れ」
「ジュリアス。なんだお前は終わっていたのか。それで結果は?」
「ああ、勝ったよ。これで残すは決勝戦だけだ」
「そうだな」
自然と廊下に置かれた椅子に俺たちは座る。
「それにしてもジンにしては時間が掛かったな」
「思いのほか手ごわかったからな」
「どうせ本気は出していなかったのだろう。それで手ごわいと言われても皮肉にしか聞こえないぞ」
まったくジュリアスにも気づかれているのか。
「ま、これも強くなるためだからな」
「まだそれ以上強くなりたいのか?」
「当たり前だ。どれだけ力があっても無駄にはならないからな」
「十分強いと思うがな」
「そうじゃないんだ」
「何がそうじゃないんだ?」
どうやら理解できなかったらしい。うん、女だと分かるとやっぱり可愛いな。
「今、卑猥な事を考えなかったか?」
「なんでそうなる!」
「いや、なんとなく」
ジュリアスもイザベラ並みに鋭いが、今のはどう考えても酷いだろ。
「話を戻すが俺が欲しているのは確かに力だけど戦闘力じゃない」
「戦闘力じゃないとはどういう意味だ?」
「俺が欲しているのは戦闘技術力なんだよ」
「戦闘技術力?」
「そうだ。これまで俺はただ我武者羅に強くなることだけ考えてきた。その結果が今なんだが、ある時気がついた。俺にあるのはずば抜けた身体能力だけだとな。だからこそずば抜けた身体能力を活かすために俺は体術、つまり戦闘技術力が欲しいんだ」
「なるほど、そういうことか」
「そうだ。それにもしも限られた力の中で戦う羽目になった時、今の自分に何があって何がないのか。何が出来て何が出来ないのか。冷静な判断力と思考速度、視野の広さなんかを求められるからな」
「それがジンの目的と言う訳か」
「そうだ」
他愛も無い話で盛り上がっているとすっかり時間を忘れて話し込んでいた。
「さて、そろそろ戻るか。決勝戦の相手のチェックもしたところだからな」
「面倒だから俺は決勝戦までここで寝てるわ。始まりそうになったら起こしてって冗談!冗談だから刀を抜こうとするな!」
「なら、さっさと立て」
「はい!」
まったくジュリアスの悪いところは真面目なところだな。え、それは良いことじゃないのかって。馬鹿だな~、面倒臭がり屋の俺たち人種からしたら不真面目は良い奴。真面目は悪い奴って決まってるんだよ。ジュリアスの場合は相手の意見を聞いてくれる柔軟性があるから憎めないんだが。
「なにボサっとしている。早く行くぞ」
「へいへい」
俺たちは観客席に上がってそれぞれ決勝戦で戦う相手の試合観戦する。俺と当たるかもしれないのはあのスピア使いの魔法剣士か魔法主体の男だな。それにしてもあの男の武器どうみても本だよな。まるで昔の魔法使いみたいだな。あ、攻撃食らって負けた。どうやら俺の相手はスピア使いのようだな。ジュリアス以上にスピードのある移動と突きだったな。決勝戦も楽しみだ。正直俺としては魔法使いとも戦ってみたかったが仕方がないな。
「どうやらジンの相手も決まったらしいな」
「もって事はジュリアスの相手も決まったのか?」
「ああ。私の相手はハルバートを使う二組の選手だ」
「俺はスピア使いだ」
「ユーリか。あいつの移動速度と突きは危険だ。私でも弾くのが精一杯なんだからな」
「そうみたいだな。ま、俺はいつも通りに闘うだけど」
「まったくお気楽だな」
呆れたように笑みを浮かべながら嘆息するジュリアス。
午前中の試合も終わり。っていうか正直時間的にはお昼までまだ時間がある。なんで決勝戦を行わないのか不思議だったけど、それはある程度魔力と体力回復を行うためだそうだ。正直なっとくしたのでこれ以上言うことはない。
験を担ぐためじゃないがカツサンドを堪能した俺たちは演習場へと舞い戻ってきた。
「二人とも決勝戦頑張ってね!」
「負けたら承知しませんからね」
「応援ありがとう」
「ま、頑張ってくるさ」
エミリアやフェリシティーの声援に背中を押されながら俺とジュリアスはそれぞれのステージに上った。
「これより、武闘大会学科別代表選抜決勝戦を始める!」
丸刈り先生の宣言に会場内が熱気と歓声で充満する。二年に一度とはいえ、すごい盛り上がりようだな。全体で見れば予選だぞ。
冒険科の代表に選ばれてもその後に軍務科と試合しなければならない。少しハイになってるんじゃないだろうな。それとも中身がおっさんである俺が冷めてるのか?ま、どっちでもいいや。
「各選手は全ての力を出し切って闘うように。以上だ!」
全ての力を出し切ってって言われてもな~。俺がそれをしたら間違いなく相手を殺しちまうんだが。もちろんそんな事はしないけど。
内心で丸刈り先生の言葉にツッコミを入れた俺は相手選手――ユーリに視線を向けた。うん、随分と嫌われているご様子で。何かした覚えは無いんだがな。
「お前みたいな能無しがここまで勝ち抜くとは思わなかったよ。だがお前の強運もここまでだ」
うわっ!凄げぇな。平然と死亡フラグを口にしてるぜ。いや、この場合は負けフラグか。
「それともお前の相手だけ弱かったのか?」
「おい」
「どうした?本当のことを言われて怒ったか?」
相手を見下す目。嘲笑う表情。これほどムカついたのは久しぶりだ。
「俺がこれまで闘ってきた相手を馬鹿にするな」
「能無しの癖に弱者を庇うのか。随分とお人よしなんだな」
確かに俺が本気を出すまでの相手はいなかった。だがな、俺の想像を超える策略を考えた奴もいれば、タフさを見せた奴もいた。俺はそいつらのお陰で自分の考えが甘かった事を教えてくれたんだ。そいつらを馬鹿にすることは誰であろうと許さねぇ」
「何を言うかと思えば。笑わせてくれる。弱者の貴様が強者であるお前に負けるわけないだろ」
ああ……最悪だ。なんで決勝戦の相手がこいつなんだ。準決勝で闘ったガルムの方が遥かに楽しい気分で戦えたのによ。
アイツが怒ったのは、俺が不真面目だったからだ。プライドや妬みからじゃない。頑固な野郎はムカつくが嫌いじゃない。だが、相手を見下すことしか出来ない野郎はムカつくし嫌いだ。
「決めた」
「何を決めたんだ?まさか今すぐ降参でもするのかな?」
「お前は一撃で終わらせてやる」
「………プッ、アハハハハハハハハハッ!!何を言うかと思えば馬鹿馬鹿しい。これほどまでに愉快痛快な気持ちは初めてだ。冒険者なんかやめて芸人になったほうが良いんじゃないか?」
腹を抱えた爆笑するユーリ。いったいどうすればこんな性格になるのか知りたいな。
「それも本気を出さずにな」
「なんだと……」
挑発するように見下しながら呟いた俺の言葉にユーリの表情は一変した。そうだその顔が見たかったんだよ。怒りで歪んだ顔がな。
「それではこれより緑グループの学科別代表選抜決勝戦、三年一組ユーリ・ハイト対オニガワラ・ジンの試合を開始します!」
エレイン先生の言葉でユーリはスピアを構える。俺はいつも通り自然体のままだ。
「それでは………始め!」
試合開始の合図とともに俺は地面を蹴ってユーリに接近した。おうおう、驚いてやがるな。いい気味だぜ。だけど、
「これで終わりだ!」
湧き上がる怒りを強く握り込んだ拳に集め、奴の顔面に叩き込み振り下ろした。へっ!伝わってきたぜお前の鼻が折れた感触。超痛快だ!
これまでより少し力を出して殴ったこともありユーリは思いっきり吹き飛ばされて演習場の壁に激突した。
「しょっ、勝者、オニガワラ・ジン!」
何故か分からないがいつも以上にエレイン先生の勝者宣言が演習場内に響いた気がしたが気のせいだろう。
ステージ近くで待機していた先生たちが急いでユーリの様子を見に行っていた。そのまま病院のベッドで寝ていろ。馬鹿が。
「ジン君」
「なにか?」
「なにか?じゃないわよ!あれはやり過ぎよ!」
「やり過ぎ?ああいう奴は少し痛い目にあった方が良いと思うんですが?」
「だとしても彼は三年一組の中でも期待されてるんだから。後で文句を言われるのは私なのよ!」
いや、知らないし。てかあんな屑生徒が期待されてるとかこの学園大丈夫か?
「だったら、鍛え方が足りないんじゃないですか?って言えば何も言ってきませんよ」
「それもそうね」
よし、これで万事解決だな。
他の試合も順調に終わったらしく俺は何故かジュリアスに説教されていた。
「お前は馬鹿なのか!もう少し力加減をしろ!」
「いや、丸刈り先生も本気で闘えって言ってただろ」
「お前は別だ馬鹿者!」
因みにジュリアスは俺が気まぐれ島育ちだとは知らない。だけど俺の力が以上なの事はここ一ヶ月で気がついているらしい。
「お前は学園関係者を病院送りにするのが好きなのか?どうなんだ答えてみろ!」
「いや、別に好きじゃないが。あ、でも嫌いな奴は少し本気になるな」
「好き嫌いで人を病院送りにするな!」
「別に殺したわけでもないしそこまで怒るなよ」
「殺さなければ良いと言う問題じゃない!少しは常識的に考えろと言ってるんだ!」
あ、これは長時間お説教コースだ。
「おい、お前たちそんなところで何してる。そろそろ表彰式が始まるぞ」
「あ、はい。直ぐに行きます!」
誰か知らないがありがとう先生!
「後で覚えていろ」
どうやら無くならないらしい。まったく、どうしてこうなった……。
優勝したのにも拘らず俺は憂鬱な気分で控え室に向かった。
「これより表彰式を行う。今大会はとても素晴らしい試合を見せてくれた。それでは軍務科の生徒と闘う代表者たちを紹介するとしよう」
丸刈り先生の一言で俺たちは壇上に上がる。
「まずは赤グループからは三年一組ワタナベ・アスカ!」
ワタナベ・アスカか。見た目からして日本人だな。アイツも迷い人なのか?でも三年で代表に選ばれるって事はそうなんだろうな。それにしても凄い歓声だな。女性なのは分かるが男女問わずの人気者だな。おい、あれは同じクラスの女子だよな。アイツも歓声上げてるし。
「代表に選ばれた感想と軍務科との対決への抱負を語って貰おうか?」
「はい。私はまだ三年で先輩方に比べたら足元にも及びませんが、目の前の相手には全力で闘って勝利を掴み取りたいと思います」
これまた謙虚なことで。それにしても日本でも剣道でもやってのか?黒髪ポニーテールに刀と篭手がさまになってる。
「次に青グループ四年一組マカベ・トーヤ!」
うん、断然桁違いの黄色い歓声だな。悲鳴と遜色ないほどだ。ま、さっきと違って男たちからは嫉妬と殺意の集中砲火に浴びているが。
「それじゃ、感想と抱負を頼む」
「はい。感想としてはどの試合も気が抜ける試合はありませんでしたが、どうにか勝てました。抱負は必ず勝ちます!そして学園の代表に選ばれてみせます。いや、勝ち取ってみせます!」
なにガッツポーズなんかしてんだよ。ここはアイドルの運動大会とかじゃないんだぞ。まったくさっさと部屋に戻って寝たい。メシ食べたい。
「黄色グループ四年二組レーネ・オネスト!」
「正直今でも自分が代表に選ばれたことに驚いています。ですが代表に選ばれたからには全力で勝ちにいきます!」
仲のよし女子からの声援が聞こえる。
これまた模範的な感想と抱負だな。てか、さっきから感想評価しかしてねぇな俺。
「白グループ四年一組ジュリアス・L・シュカルプ!」
お、ジュリアスのそこそこに歓声があるな。ま、あの凛々しい姿に心を奪われない奴はいないが。ま、中身は女だけど。
「感想としては一番危うかった試合は一回戦ですね。相手の攻撃に翻弄され正直負けも覚悟していましたが、友人の応援に励まされどうにか勝つことが出来ました。抱負は代表に選ばれた以上このまま勝ち進み学園代表として武闘大会に出場するつもりです」
さすがジュリアス。具体的な感想だな。
「黒グループ三年一組ライヤス・ユーラ」
「代表に選ばれたのはこれまでの鍛錬の結果です。そして軍務科相手だろうと全力全開で闘うのみです!」
うん、超熱い。熱血タイプだ。でも仲の良い男子はいるようだな。声援が聞こえてくる。
「そして最後。緑グループ四年十一組オニガワラ・ジン!」
シ~ン……。
うん、俺がいかに嫌われているかが分かる瞬間だな。ちょっと悲しい。
「感想と抱負を言え」
そして先生も少し冷たい。
「ま、感想としては驚かされた事もあって楽しめたたと思う。抱負はいつも通り闘うだけだな」
その瞬間これまでに聞いたことも無いほどのブーイングと罵詈雑言が演習場内に轟いた。な、なにが悪いんだ。完璧な感想と抱負だろ!100点満点だったはずだ!
「静粛に!」
お、さすがは丸刈り先生。たった一言で黙らせやがった。
「色々と不満があるようだが試合に勝ち、優勝して代表に選ばれた。それに文句をつけることは私が許さん。それでも意見のある者が居るならこの場で言ってみろ」
どうやら今のブーイングで決闘になる可能性を考えて言ったんだろうな。でも、それじゃあの時の約束とかどうなるんだ?また不意打ちに攻撃とか面倒なんだが。
てか、丸刈り先生の顔が怖すぎて生徒連中全員萎縮してるし。
「どうやら意見は無いようだな。ならこれにて武闘大会個人戦学科別代表選抜戦を終了とする。解散!」
こうして決闘もなくなり、俺たちはそれぞれ解散した。ま、生徒たちからの敵意の視線を浴びながら帰るのは少し鬱陶しかったが、仕方が無い。