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魔力なし転生者の最強異世界物語  作者: 月見酒
第一章 おっさんは冒険者を目指す
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第九話 編入試験

 4月3日火曜日。

 あれから時は流れ、とうとう編入試験の日がやってきた。

 試験会場となるのは、この都市ライルビードにある役所三階の一室だ。俺はそんな部屋で一人寂しく試験を受ける。


「それでは、始め!」

 試験官の合図と同時におれは問題用紙を引っくり返す。回答方式はマークシートだ。これなら分からない問題も適当に塗りつぶしておけばあたるだろう。

 俺は名前を書き込み問題を解いていく。

 編入試験は全部で三科目、国、数、社の三つだ。この世界の言葉は全部共通言語なので、現代日本ではあった英語は存在しない。本当にラッキーだぜ。俺英語が1番成績悪かったからな。

 一科目五十問で制限時間五十分だ。ま、イザベラによる地獄の試験勉強を乗り越えた俺にしてみればこんなの楽勝だ。30分が経過した時点で書き終わったからな。さて、後は間違いが無いか確認して終わりだ。

 午前中の筆記試験を終えた俺は午後の実技試験を行う前に応援に来てくれたイザベラたちと昼食を取ることにした。

 どこかの店にでも入るのかなと思ったが、どうやら弁当を持ってきてくれていたらしい。うん、イザベラの家の料理長が作るご飯は美味しいからな、とても楽しみだ。


「それで、どうだった筆記試験は?」

 休憩室の一席に座るイザベラは弁当を俺に渡しながらそう、訪ねてきた。保護者として、そして勉強を教えた相手としては結果が心配なんだろう。ましてや俺はお世辞にも物覚えが良いと言える方じゃなかっただろうしな。


「ま、大丈夫だろう。名前も書いたし、最終確認したからな」

「そう、それなら良かったわ」

 本当に心配だったのか胸を撫でおろしていた。そこまで心配してくれるのは嬉しいが俺としては少し傷つくぞ。


「一つ気になったんだが、イザベラが通う学園ってどんな学園なんだ?」

「スヴェルニ学園のこと?」

「そうだ」

 スヴェルニ学園とはこの国にある学園の一つらしい。

 だが俺が知っているのはそれぐらいでスヴェルニ学園そのモノがどういった学園なのかという事はまったくしらない。受かるかどうかは分からないが、事前に知っておいて損は無い筈だ。


「スヴェルニ学園には全部で普通科、軍務科、技術科、冒険者育成科。略して冒険科の4つの科があるの。普通科はその名の通り、普通の生徒が通うところで、貴族のお嬢様たちが通ったりする科ね。男女比率でも女性の方が多いし。軍務科は卒業後に軍に入る人たちが通う科。他の科よりも圧倒的に規律や命令が厳しい科よ。私とロイドもこの科ね」

 ま、将来は軍に入るんだし、他の科よりも厳しい事ぐらい俺にだって分かる。将来この国を護る軍人として生きていくわけだからな。だが、よくもそんな科に入ろうなんて思うな。俺には絶対に無理だ。

 だが、その分保険や給料は安定しているから安定した職業を望む者には良いかもしれない。

 日本の自衛隊もそうだしな。

 日本の自衛隊員の大半は国家公務員。正確には特別職国家公務員と言うらしい。昔テレビか何かで見た覚えがある。ま、詳しくは覚えてないけど。

 と、言うかイザベラは軍務科なのか。どうせ家を継ぐのは兄のライオネルだからてっきり冒険家かと思ったが。


「てっきり冒険科か普通科かのどちらかかと思ったけどな」

 俺は心で思ったことをイザベラに問いかけると、


「私もそう考えたんだけどね。公爵家に生まれたしまったからにはそうも行かないのよ。所謂貴族の義務って奴ね」

 なるほどな。貴族も貴族で面倒な事が多いんだな。


「でも今は軍務科に入って正解だったわ。冒険科と違って部下に対して指示の出し方や作戦立案の仕方など色々と学べたからね」

 本人が満足しているのならそれで良いか。


「で、技術科は魔法技術や魔導技術、科学技術を学んだりするところ。で、ジンが通おうとしている冒険科は前にも説明したから必要ないわよね?ま、簡単に言えば軍務科より少し緩くした感じだと思ってくれればいいわ」

 分かったような。分からんような。ま、通い始めたら分かることだ。今はこのおにぎりを堪能するとしよう。


「あ、それと実技試験では絶対に本気を出しちゃ駄目よ!」

 温かい紅茶を飲もうとしていたイザベラは何か思い出したかのようにハッ!と目を見開けると俺に視線を向けてそう言ってきた。


「駄目なのか?」

「当たり前でしょ!炎龍を倒した時の半分以下で戦いなさい!」

「分かった」

 おい、そんなんで本当に勝てるのか?あれでかなり抑えたんだが。だけどイザベラを怒らせると夕食抜きになりそうだからな。仕方がないよな。

 ま、その後は他愛も無い話をして終えた。うん、おにぎり美味かった。今度また作って貰おう。

 実技試験のため移動した俺たちは私軍を持つハロルドのおっさんのはからいで訓練所の一つを貸しきりにしてもらった。てか、いったい幾つ訓練所持ってるんだ?ここだけでも東京ドームの半分の広さはあるぞ。

 試験官を待つこと数分。2人の男がやってきた。


「やぁ~、イザベラ君。久しぶりだねぇ、僕は君に会えてとても嬉しいようぉ~」

「どうも、テトル先生」

 一人は眼鏡を掛けた如何にも生真面目そうな雰囲気の男性でその隣で無駄に輝きを放つ男性はどうやらイザベラと知り合いらしく、フレンドリーに話しかけて来た。それにしてもなんだあの前髪は。まるでカメレオンの尻尾だ。


「そんな、仰々しい言い方は止めてくれぇ。君と僕の仲じゃないかぁ」

 なんだかよく分からないが、無性に腹が立つ口調だな。ま、俺には関係ないけど。

 俺はそんなイザベラとアホ毛男の会話を傍から見ていると、突然ロイドがイザベラの前に立つようにしてアホ毛男を少し見上げる。


「テトル先生。自分の仕事はした方が良いのでは?」

「ロイド君か。相変わらずイザベラ君の護衛なのかね?」

「そうですが。それが?」

「別に」

 イザベラの時とは打って変わって興味なさそうな冷たい視線をロイドに向けるアホ毛男。

 なんだかよく分からないが、どうやらあの二人は仲が悪いことだけはよく分かる。


「ま、良いや。直ぐに準備するから少し待っててくれ給え」

 そういってテトルという男は離れていった。

 俺はそんなアホ毛男と入れ替わるようにしてイザベラの横に近づき質問する。


「誰なんだ、あの男?」

「テトル・インセット先生。魔法実技の先生でね。私の元婚約者候補」

「マジで!?」

 イザベラの言葉に俺は驚きの表情になった。

 いや、あれは無いだろ。どう考えてもただのアホにしか見えない。と言うかアレが魔法実技の先生ってスヴェルニ学園は大丈夫なのか?


「ええ、本当よ。伯爵家の次男として生まれ家督が継げないから学園の教師をしてるの。貴族と平民の差別はしない人だけど、男女差別が激しい人でね。見ての通り女性には優しく甘いんだけど、男には冷淡な人なの」

 そんな俺の言葉にイザベラは呆れ気味に肯定しアホ毛男の素性を話し出す。

 ただの女好きじゃないのか?でもロイドが不機嫌になるのも理解できた。


「強いのか?」

「ええ、強いわよ。二属性持ち(ダブル)で、魔力量も平均より少しだけど多く保有しているわ」

 ほう、それは楽しみだ。

 髪型を含め性格もアホそうだが、強いのであれば関係ない。少し本気で殴っても大丈夫だろう。


「それじゃ、始めようか」

 どうやらアホ毛男の準備が整ったらしく俺はそう言われて、訓練所の中心で対峙するため前へと歩みを進めた。


「僕はテトルだ。今回君の実技試験官を勤めることになった。あ、別に覚えなくていいよ。男に覚えて貰う必要はないからね」

 そうかよ。

 てか、やっぱりただの女好きだろ。こんな奴が先生で大丈夫か?変な不祥事が起きてからじゃ遅いと思うが。


「僕は女性には優しいけど、男性には厳しいから」

 確かに男としてはそれは良い事なのかもしれないが、先生としてはどうなんだ?差別はダメだろ。

 てか、さっさと始めろよ。


「ま、君の履歴書を読ませてもらったけど君が合格するのは、まず無理だ。魔力を持たない君が二属性持ち(ダブル)!であるこの僕に勝つなんてありえないことだからね。だから今すぐ編入試験を取り下げたまえ。これは親切心から言っていることだ。気に病んだのなら謝るよ」

 いちいち魔法属性の数を強調しなくていいから。

 ああ……いつになったら始まるんだ。あ、駄目だ。あまりにも退屈で欠伸が、


「おい、聞いているのかね!」

 そんな俺の態度を見てアホ毛男は怒鳴り散らすかのように声を荒立てて聞いてくる。


「ん?ようやく始めるのか?」

「………分かった。どうやら君には世界の厳しさを教えてあげる必要があるようだね」

 なにかブツブツ言っていたが、よく聞こえなかった。まあ、ようやく始まるのならそれでいいや。


「彼が合図したらスタートだ」

 丁度俺とアホ毛の中間の位置に立つ眼鏡を掛けて男性に視線を向ける。つまりあの男が審判って事か。

 このアホ毛男とは違いちゃんと判断してくれるとありがたいけどな。


「分かった」

 俺がそう返事をした。

 その後、少しの間静寂の時が流れるが、


「それでは……始め!」

 試験官の合図によって破られた。

 そしてそれは実技試験が始まった事を意味するわけだが、さてどうするか。強いらしいからな、先手必勝でいくか。銀の様子も気になるし。


「これでおわ――ぶっ!」

 ん?なにやら腰から拳銃みたいな物を取り出そうとしていたな。ま、その前に俺の拳が顔面を捉えて後方の壁まで吹き飛ばしたからよく見えなかったけど。

 壁に激突し土煙が舞い上がるが、テトルは起き上がってこない。おい、まさかこれで終わりなわけないよな。


「そ、そこまで!」

 その時、審判代わりの試験官が終わりを宣言した。え、嘘だろ。これで終わりかよ。俺の警戒心を返せよ。

 落胆しながらイザベラの許に戻ると、


「ちょっとジン!手加減しなさいって言ったでしょ!」

 と叱られてしまった。

 そうだった。強いって言われて少し舞い上がってしまった。

 だが、それでも俺はイザベラとの約束はちゃんと守ったはずだ。


「いや、あれでも手加減したぞ。炎龍の時の半分以下だからな」

「「………」」

 何故か分からないが、俺の言葉に二人が放心状態になる。おい、どうしたんだ。一時停止ボタンなんか押した覚えはないぞ。


「ジン一つ聞くけど」

「なんだ?」

「今の闘いはどれぐらいの力で闘ったの?」

「4%だな。炎龍の時が10%だったからな」

 本当なら3%ぐらいで闘うつもりだったが、強いって言われたからな。1%だけ上げてしまった。


「つまり全力の1割も出していないってこと?」

「違うな。今の俺はスキルの力で全力全開の5分の1程度の力しかないからな。今の戦いを全力全開状態で当てはめるなら0.8%だな」

「「…………」」

 あれ?また一時停止してしまった。俺変なことでも言ったか?


「ちょっと待って!ならステータスに表示されている『測定不能』ってのは全体の20%ってこと!」

「そうだけど?隠密での偽装が駄目だと分かったからな。制限した状態で出せる本気を出しておいた」

 てか、そんなに驚くことなのか?


「ジン……」

「なんだ?」

「今日の夕食は無し!」

「えええええええええぇぇぇぇ!!!」

 衝撃的な宣言に俺の心臓が一瞬止まるのだった。なんで、こうなるんだよ!

 屋敷に戻ったが、その日は夕食が出されなかった。そこまでするかよ!ちょっと黙っていただけだぞ!

 空腹で死にそうになる。ああ、どうしてこうなったんだ。転生して二度目の人生は自重せずに好きな事だけして生きるつもりだったのに。なんでこうも予想外な出来事が連続するんだ!前世の知識を利用した一攫千金も冒険者になってハーレムを作ることも出来ないなんて………これも全てあの腹黒女神の呪いに違いない!絶対にまたあって文句言ってやる!俺は改めて決意した。時だった。


「居るか?」

「ああ」

 ドアがノックされ、返事をすると入って来たのはロイドだった。ちっ、機嫌が悪い時によりにもよってこの野朗が俺の部屋に来るんだよ。


「なんのようだ?」

 刺々しい声音で問いかける。


「ほら」

 嫌そうな顔で手渡してきたのは海苔が巻かれたおにぎりだった。これはどういう意味だ。まだ出会って1週間程の付き合いだが、それでも分かるほど俺たちは仲が悪い。そんな奴が俺におにぎりを持ってきてくれただと。怪しい。どう考えても怪しすぎる。なにかある。考えられるとしたら、これは――


「毒殺目的か」

「違うわ!」

 俺が導き出した結論にロイドが即座にツッコむ。だけど、こいつが俺に対してこんな親切な事をするなんて天変地異が起きる前触れとしか思えないんだが。


「お前、今超失礼な事考えていただろう」

「お前はエスパーなのか!」

「このや……ろう………」

 おにぎりが乗った皿を持つ反対の手で握り拳をつくる。


「じゃあ、なんなんだよ」

「そ、その…………………よ」

「なんだって?」

 ったく、喋るなら大きな声でって小学校の先生に習わなかったのかよ。まて、この世界に小学校ってあるのか?現代日本と変わらない発展を遂げてるからありそうだが……。


「……いだよ」

「よく聞こえないって」

「だから、お礼だって言ってるだろ!」

 ………は、お礼だと?いつ俺がお前のためになることをしたって言うんだ。


「今日、あの野郎をぶっ飛ばしてくれただろう。あれを見て正直スカッとした」

 恥ずかしそうに理由を話すロイド。なるほどそういうことか。


「だから、喰え。俺から料理長にこっそりと頼んで作って貰ったものだからな。ま、時間が経っているから冷めているけど文句言うなよ」

 男のツンデレを見ても気色悪いだけなんだが、人の善意は有難く受け取っておこう。


「そうか。なら遠慮なく食わせてもらおう」

 両手におにぎりを持って交互に食べる。美味い!やっぱり料理長が作る料理は最高だ。冷めていても美味しいぜ。


「なあ」

「なんだ?」

「どうして、強めに殴ったんだ?」

「は?」

 こいつはいったい何を言ってるんだ?


「お嬢様は気づいていなかったが、俺には分かった。テトルを殴り飛ばす時、強めに殴っただろ」

 へぇ~。実力はイザベラに劣るが、観察眼は持ってるんだな。


「ま、なんて言うか。ムカついたからだな」

「ムカついただと?」

「ああ。別に独占欲からじゃないが、命の恩人であるイザベラに下心丸出しで近づくのが気に喰わなかっただけだ」

「………そうか」

 一瞬驚いたように目を見開けたかと思えば、微笑みやがって。気色悪いな。


「それで、テトルはあのあとどうなったんだ?」

「ああ、夕食前にハロルド様のところに連絡があった。全治三ヶ月だそうだ」

「そうか。それは良い報告が聞けた」

「ああ、僕もそう思うよ」

 俺達は互いに笑みを浮かべるのだった。

 もしもこの場にお酒が入ったコップがあれば乾杯していただろう。

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