プロローグ
私の名前はイザベラ・レイジュ・ルーベンハイト。
スヴェルニ王国に仕える由緒正しいルーベンハイト公爵家の長女として産まれ、今年で十八歳。
今は部下たちと共に突如大量に発生した魔物の討伐終えた帰り。
「はぁ……今回も退屈な討伐だったわね……」
自分自身で言うのも可笑しな話だけど、私は才能に恵まれて産まれてきた。いや、恵まれ過ぎて産まれてきた。
文武両道、才色兼備という言葉ですら言い表せないほど、恵まれて産まれてきた。
魔法力量と属性の数でもそうだ。
5歳になれば役場で魔法適正を受けるのが、この国いや、世界共通の慣わしだ。
その時私は既に5歳児の平均魔力量の10倍の魔力量を保有しており、属性も無属性を含めて7つの属性を宿していた。
お父様たちは大変喜んだ。勿論私も嬉しかった。
だから魔法の勉強もしたし、剣の訓練もした。だけどそれは年月を重ねるごとに私の中である感情が芽生えた。
退屈という感情。
なにをやっても直ぐに出来てしまう。卒なくこなしてしまう。平凡な人間からしてみれば激怒される悩みかもしれない。だけど私は退屈だった。
「イザベラ様」
「どうしたのセバス」
私に一礼して話しかけてきた老紳士の名前はセバス・チャン。お父様の執事。なのにどうして今は私の側に居るかというとお父様の命令らしい。生憎と私は専属執事がいない。理由は私が全て断っているから。理由としては私が会ってきた同世代の男子たちに問題があったから。私より弱い癖に態度がデカイ。爵位が私より低ければ甘い汁を貰おうとヘラヘラとした表情で近づいてくる。正直ウンザリなのよね。
血縁者以外で不快な思いをしないのがこのセバスだけ。昔から一緒に暮らしているという事もあるんだろうけど。
「ハロルド様が帰宅後書斎に出向くようにと先ほど言伝がありました」
「はぁ……どうせまたお見合いの話でしょ。それか執事に関する話かしら?」
セバスから齎された内容に私は先ほど以上に憂鬱な気分になる。
そんな気分を紛わそうと窓から外の景色を眺めると、数十メートル先に黒いモノが立っていた。
「ん、あれは?」
その黒いモノに不安と興味を惹かれた私は席を立ち窓の外を凝視する。
「どうかされましたか?」
セバスの言葉に返答する事もなく私は窓の外を凝視し続けた。
私の意図など知る由もない装甲列車は徐々にその黒いモノに近づき、黒いモノの真横を通り過ぎて行く。
それはつまり私は一瞬、その黒いモノの真横を通り過ぎ、その正体に気が付いたと言う事だ。
黒いモノの正体、それは――人だった。
「なっ!?」
私はその事に驚きを隠せなかった。
それも当然。何故ならここは一般市民が出歩いて良い場所じゃないから。国が決めた危険指定の場所。
入って良いのは軍人か冒険者資格を持っている者たち。それも国の許可を得た冒険者。私も国の許可を得てこの禁止区域に入っている。
だけど、先ほど私の目の前を通り去って行った者はどう考えても軍人には見えないし、冒険者なら私たちに対して事前に知らせが入っているはず。だけど、そんな知らせは1つもない。
つまり、あの者が違法にこの禁止区域に侵入したと考えるのが妥当。
あ、倒れた!
「止めて!」
私は即座にセバスの方を振り向き怒鳴りつけるような荒々しい声音で緊急停車をするように命令する。
「流石にこの場所で止めるのは危険です」
「良いから早く止めて! 緊急停車よ!」
「畏まりました」
慌てる素振りもなくセバスは車内に取り付けられた受話器から操縦室に緊急停車するよう伝える。
数秒して車輪とレールが擦れる甲高い金属音を響かせながら列車は緊急停車した。
完全に止まるのを体で感じ取った私は側に置いておいた剣を携えて外に飛び出した。
「お嬢様、お一人では危険です!」
後ろから途中で擦れ違った部下の声が聞こえるけど、そんなの無視して私は外套で姿が分からなかったけど倒れた人の許に急いで駆け寄った。
「貴方、大丈夫!」
普通ならどうしてこんな場所に居たのか問い詰めるべきでしょうけど、倒れた人間にそれを聞くのは無理なのは解っていたのでまずは生死の確認を行った。けど、
「ガウッ!」
この辺りでは珍しい銀色の毛並みを持つ子供の魔狼が私に敵意剥き出しにして吼える。
「お嬢様一人で行かれては危険です!って魔物!」
ようやく追いついて来た部下が魔狼の姿に魔導拳銃を向ける。
「やめなさい!」
「しかし!」
「見て解らないの。この魔狼はそこで倒れてる人に使役された魔狼よ。大切に育てられてきたんでしょうね。こんなに主人を守ろうと小さな体で私たちに威嚇しているんだから」
そんな健気な姿に私は思わず微笑んでいた。
私は魔狼との距離を縮めるとその場に膝を着く。
「大丈夫よ。私たちは貴方の主人に何もしない。でもね。このままここに放置すれば間違いなく貴方の主人は魔物に襲われて死んでしまうわ。だからこの列車に運ばせて。そして手当てさせて。お願い」
「グルルルルルルゥ」
「ね?」
私は右手に填めていた手袋を外して手を差し伸べる。
「………クウゥ……」
最初は殺意剥き出しで威嚇していた子供の魔狼は無害であると判断すると私の指先に自分の鼻先を軽く当てると、その場に座り込んだ。
「良い仔ね」
本当に良い仔。それに頭も賢い。
私はそんな魔狼を抱き上げると、即座に部下たちに指示を出した。
「今すぐこの人を車内にある救護室運び込みなさい!」
「それはあまりにも危険です。見ず知らずの人間を車内に入れるのは!もしかしたらお嬢様を狙った暗殺者かもしれません」
「そんな人がこの賢い魔狼に懐かれる筈がないでしょ。いいから今すぐ運び込みなさい!」
「「「は、はい!」」」
担架に乗せられ運びこまれる男。
(まだ若いわね)
外套の隙間から見えた顔は土埃などで汚れていて解りずらかったけど、間違いなく私と同世代の青年だった。
「クウゥ……」
そんな主人を心配そうに見つめる魔狼の姿はとても可愛いかった。
「私たちも列車に乗りましょ。貴方もお腹が空いたでしょ?」
こうして私は一人の青年と一匹の魔狼を拾った。