まんざいぶめんばーはきたくなうである
「じゃ、お世話になりました。
また明日、数学の授業の時間にお会いしましょう!」
俺は貧血故か面倒臭さから考えることをやめ、繰り返される放送に急かされるように、ベッドの下に置かれていた鞄を取って地に足をつけた。
「紅八先生、お疲れです!
私もまた物理と化学の時間にお邪魔します!」
俺は、そう言って出入り口へと歩を進めるにゃんこ先輩と共に帰路に着こうとする、が……
「おっと……」
重心がブレて立ち上がった瞬間にいきなり転けそうになってしまった。
「だ、大丈夫か?
北城!?」
俺に駆け寄って肩を取ってくれるにゃんこ先輩。
ああ、柔かいなぁ、あったかいなぁ。
「はぁ……。
北城、特例だ。
お前の家今親居ないんだろ?
体調落ち着くまでここにいていいぞ。
……南郷も居ていいからそんなに睨むなよ」
……
「どうしたよ北城……?
そんな凝視して?
さてはアタシの美貌に惚れたな」
「いや、紅八先生ってよく見ると意外と綺麗な顔してま……いひゃいいひゃいにゃんこせんぱい……つねらないで……」
夕陽は徐々にその姿を地平線の向こうへと隠していき、時計の針は6時近くを差していた。
俺の目の前で白衣を揺らす彼女はいつも通りの力のない目で微笑んで、俺の横で俺の頬をつねる彼女は不機嫌そうな顔でその手に力を込め……
「っていたいいたいいたい!
ちょ、強い!
今いい感じで締めようとしてたのに台無しっすよ!」
「俺、ずっと隣のベッドに居るんだけどなぁ」
俺の隣のベッドに居座る彼こと北原会計は頭に包帯を巻き、哀愁を秘めた悲しげな目で暮れ行く太陽を眺めるのであった。
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「じゃあ、ありがとうございました」
「おう、気を付けて帰れよ?」
校門前まで態々付き添ってくれた紅八先生に、礼を言う。
日は完全に落ちてしまっていて、いつも通学時に見ている光景といえど少しロマンチックに思える。
今の時刻は6時半を少し回ったところ、長居する気はなかったが結局ご厚意に甘えさせてもらった。
「じゃ、帰ろっか!」
「了解っす」
隣で柔和な笑みを浮かべたにゃんこ先輩に続いて俺も歩き出す。
気分はカップルである。
というかもう付き合っているといっても過言ではないだろうこれは。
にゃんこ先輩の横顔を見やると、いつになく憂鬱そうな表情を浮かべている。
何か……あったのだろうか?
そして俺は数歩歩いたとき、遂にあることに気が付いてしまった。
「にゃんこ先輩……」
「……ん?どうしたよ北城?」
心なしか声にも力が籠っていないような気がする。
「そいえば今日生理の日でしたよね」
「気付いたら顔面偏差値70高身長高学歴元ヤンの後輩がヤンデレになってました誰か助けて下さいって知恵膨れに投稿していい?」
「確実に燃え上がりますね」
「だろうね……北城、顔赤い」
「う、うっさいですよ」
小悪魔っぽく淫靡に微笑むにゃんこ先輩に俺は顔面の炎上を余儀なくされてしまった。
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……うまいこと表現したと思ったけど顔面の炎上ってただの火傷じゃねえか。
そのまま俺達は駅へ向かって駄弁りながら歩く。
でもなんだろう……少し暗くなるだけで新鮮な感じがする。
そんなどこか浮わついたような気持ちを胸に秘めながら歩を進めていると、あっという間に駅周辺だった。
近くの街頭は無愛想で地味なものから小洒落た西洋風のものへと姿を変え、踏み締める地面は学校周辺にあったような灰色のアスファルトから清潔に管理の為されたタイルに変わり、駅に近付くにつれ見掛けるようになってきた道行く人は都会人特有の忙しなさを身に纏っている。
「うわぁ……やっぱここって都会だねぇ……
夜になるとピッカピカだよ……目が悪くなりそう」
ここら一帯はここ十数年だかで急速に発展したらしく、都市としての規模もそこまで大したものではない。
しかしまぁ地元民としては夜中まで視界一面ピッカピカで何でも揃うこの場所を誇りに思う。
「俺達が……守っていかなきゃいけませんね……」
「一介の高校生風情が何をほざいてやがる」
厳しい現実主義者の夢のない発言は置いておき、俺は目の前に並ぶ数棟の大規模なショッピングモールを見ながら、いつになったらここでおデートが出来るのだろうかと思案。
「北城の手の届く距離に優良物件が一軒」
「心を読むおにゃのこはちょっと……浮気すぐバレそうですし」
「する気満々かよ冗談じゃないぞ」
するわけないでしょう?
愛してますよにゃんこ先輩?
挙式は再来月にしましょう、6月ですし。
「……」
「……」
聞こえてねえのかよこの俺の心の叫びは……
読めよインザ心中。
「なめくさってんじゃねえぞ!」
とかなんとかやっていたら俺達がショッピングモール付近の路地裏から物騒な怒鳴り声が聞こえてきた。
と、思えば間髪入れずに制服らしきブレザーを着崩した中坊が数人逃げるように這い出てくる。
「柄悪いっすねぇ……ってどうしたんすかにゃんこ先輩。
電柱の後ろなんかにいつの間に移動したんですか?」
「にゃ、にゃはは……
あえっと、な、なんでもないよぉ?」
俺はそれを怪しく思いながらも、路地裏の方を見やる。
すると、先ほど走っていった少年たちの後を追うようにして学ランを着た中学生が数人路地裏から姿を現した。
「ほ、北城……?
なんで電柱に登ってるの?」
いや、何故ってあの子たちがうちの学ラン着こなしコーデしちゃってるからですけど。




