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第7話 生徒会長と側用部長




「祇園。今の君に、生徒会長になろうという野心はあるか?」

「……いいえ、清川会長。今も昔も、私には、あなたへの忠誠心しかありません」


 問答は、それだけだった。

 祇園の答えに、清川会長は満足そうに微笑む。


「分かった。……では、これからも、私と普青のために働いてくれ」


 清川会長の言葉は、祇園にとって意外なものだった。

 一瞬、彼女は固まったが、すぐに深い礼で応えた。内心で、彼女は安堵する。


 ――清川会長は、まだ、私を信じていてくれるのか……。


 先ほどの投票結果は清川会長に猜疑心を抱かせるだろう――と祇園は恐れていたのだが、それは杞憂だったらしい。

 彼女の自己評価以上に、清川会長からの信頼はあついようだった。

 二人の友誼が今なお健在であることが示されると、清川会長の背後に立つ那珂川ら生徒会役員たちは、祇園に向けていた警戒の表情を緩めた。

 彼らは怪しんでいたようだが、祇園が離反したというには不可解な点もあったのだ。結局、清川会長の判断に従うことにしたらしい。

 自分たちの危機が意外なほどあっけなく過ぎ去ったことに、祇園は胸をなでおろした。後ろに控える俵田も同様だろう。

 自然に、二人は緊張を解いた。

 そこへ突然、清川会長が、一つの疑問を投擲する。


「……しかし、君ではないとなると、誰が私を裏切ったのだろうか」


 その言葉は、第二会議室内部の空気を一瞬で凍結させるように、冷たく響いた。

 驚いた祇園は、清川会長の眼を見る。そこには、冷たい言葉とは対照的な、熱い怒気の火炎が映っていた。

 息を飲んだ祇園に、清川会長は告げる。


「私は君たち側用部を信じているし、同じように、私の生徒会も信じている。私を裏切るはずがない、とな。そうなると……」


 清川会長陣営のうち、側用部と生徒会役員を除くと、残りは二名しかいない。


「望陀風紀委員長と雨城文化委員長。彼女らを疑わざるをえないな。そうだろう? 祇園側用部長」

「……私に、彼女たちを探れ、と?」


 清川会長の言葉を、祇園はそのように受け取った。

 側用部は、生徒会長と各委員長との間の取り次ぎが主な仕事だが、その際には、委員長たちの言動を監察して会長に報告する務めもある。

「委員長への監視の目」という役割が、側用部の一側面だったのだ。

 今回も、その任務が与えられるのだと祇園は考える。


「おそれながら……清川会長。望陀、雨城の両委員長はこれまで、あなたの下で忠実に働いてきました。彼女たちが裏切ったとは思えません」

「祇園、先の投票で、二人分の離反があったことは事実だ。これは覆しようがない。望陀と雨城でないなら、誰が裏切ったと考える? 君の側用部か? 私の生徒会か?」


 こう言われては、反論できない。

 祇園が口をつぐむと、清川会長は続けた。


「たしかに、両委員長はこれまで私に忠実だった。だが、これからもそうだとは断言できないだろう」


 清川会長の言う「これから」とは、彼女が引退した後のことだろう。彼女への忠誠心が、後継者の清川普青にも同じように向けられるとは限らないのだ。

 両委員長が清川普青を見限って、より厚遇してくれる者へ寝返る可能性は、皆無といえるだろうか。


「それに、昨今は両委員長それぞれに、私との意見の相異が見られることもある。……無論、君は既に知っていることだろうが」


 突き刺すような清川会長の視線を受けて、祇園は鈍く頷く。

 否定はできなかった。清川会長と両委員長の間に、わずかだが軋轢が生じていることを、彼女は側用部としての活動の中で察知していたのだ。

 望陀も雨城も、清川会長の忠実な部下のはずだ。しかし、二人の内に清川会長への不満が微塵もないと、祇園は断言できなかった。

 とくに、望陀には、祇園にも思うところがある。


「祇園、君と望陀は長年の友人関係にあるし、最近は雨城とも親しくなっていることも知っている。彼女らを疑いたくはないだろう。私だってそうだ。彼女らが一年生の頃から、目をかけてきたのだからな。だが……」


 一瞬よりもわずかに長い時間、清川会長は口をつぐんだ。

 信頼していた部下の裏切りに、流石の彼女も動揺して言いよどんだのか。

 それとも、意図的に間を空けることで聞き手を自らの言葉に傾注させる、あくまでも冷静な技巧によるものか。

 やがて、清川会長は祇園に鋭く告げる。


「いや、だからこそ君には、望陀風紀、雨城文化の両委員長に私の言葉を伝えてもらう。ただの一言だ。『次で最後とする』と。それだけで、彼女らも分かるだろう」


 清川会長から望陀、雨城両委員長への伝言。それは、祇園を緊張させるに充分なものだった。

「次で最後」とは、次回投票で決着させるという清川会長の意志を示す言葉だが、同時に、両委員長への寛容も最後とする、という意味も込められている。

 つまり、この伝言は、会長から両委員長への最後通牒なのだ。


 ――今回一度だけは許す。だが、次にまた背けば容赦しない……ということか。


 心の中で、その意味を確かめながら、祇園は伝言を預かる。

 この伝言をもって、両委員長を清川会長の下に呼び戻す。それが、彼女に課せられた任務となった。


「……承りました。望陀、雨城両委員長に、必ずお伝えします」

「ああ。それと、もう一つ。君に頼みたいことがある。平山体育委員長の引き込みだ」

「え……」


 清川会長の言葉に、祇園は絶句した。


 ――やはり、この人は凄まじいことを考える、と思い知らされる。


 離反した両委員長を呼び戻すと同時に、敵対する総務委員長の同盟者をこちらの陣営に引き抜こうというのだ。仮に両委員長が復帰しなかったとしても、平山の一票が加われば、過半数をもって会議を制することができるだろう。

 ただし、それは「成功すれば」の話だ。


「……体育委員長の平山雪家は、生真面目な性格をしています。潔癖、と言ってもいいでしょう。彼女が、そう簡単に味方を変えるでしょうか」

「平山がどういう人物かは、私も知っている。それでも、総務委員長に味方する者のうち、もう一方の下郡(しもごおり)よりかは、幾分でも御しやすいと思うが」

「たしかに……下郡保健委員長と小櫃総務委員長の仲を断つことと比べれば、平山を引き込む方が、まだ容易だとは思います。ですが……」

「祇園」


 一言、清川会長は名を呼んだ。静かな微笑で、ごく穏やかに。

 だが、その一言は、決して抗うことを許さない圧力となって、祇園を包んだ。

 祇園は、清川会長にその意思を覆す気がないことを理解し、押し黙る。

 それは、側用部部長として会長に仕えてきた月日の経験による、反射的な行動だった。


「もちろん、平山には相応の見返りを与えるつもりだ。今まで不遇をかこってきた彼女が、自身の拘泥を捨て去るほどの、な」


 そう言うと、清川会長は一通の封筒を祇園に渡した。宛て名も何も記されていない、異様な黒い封筒だ。

 この封筒に、平山体育委員長への「見返り」の詳細が入っていることは、説明するまでもない。


「では、よろしく頼むよ。側用部諸君」


 清川会長の依頼に、深い一礼をもって応じ、祇園と俵田は退出した。





 第二会議室を退出してから、少し歩いても、祇園は黙ったままだった。

 下を向きながら、もの思いに沈んでいる。

 隣を歩く俵田は、はじめ、祇園の黙考を静かに見守っていた。

 しかし、清川会長を前にしていたときの緊張から脱しきれていないような重い沈黙は、やはり耐えられなかったらしい。

 結局、彼は先輩に話しかけてしまった。


「それで、これからどうしましょう?」

「うん……え?」


 虚を衝かれたように短く声を漏らすと、祇園は俵田を見返した。彼の言葉を聞き逃してしまったので、答えることもできない。

 俵田も察したようで、改めて問い直す。


「これからどうしましょうか、先輩。清川会長からの仕事は一つじゃありませんし、二人で分担しますか?」


 清川会長が側用部に命じた任務は、望陀風紀、雨城文化両委員長への伝言。そして、平山体育委員長の引き抜き工作だった。これらを、会議が再開する十三時三十分までに遂行しなくてはならない。


「そうだね……事が事だから、できれば部長の私が、望陀や雨城、平山と直に顔を合わせて話したいんだけど。その時間が……」


 言いながら、祇園は腕時計を見る。針は、十三時五分の少し前にあった。


「時間的余裕はあるね。私だけで三委員長を回っても間に合いそうだ。……俵田くんは休んでてもいいよ」

「えっと……僕も先輩に同行したいんですけど。お邪魔ですか?」

「え? いや、邪魔じゃないけど……どうして?」

「その、僕も、先輩のお仕事を側で見て、勉強しようと思って……ほら、来年からは、僕一人になってしまいますし」


 祇園はまだ二年生だが、来年の今ごろには、側用部の部長から引退してしまう。その後は、唯一の部員である俵田が側用部を引き継ぐことになるだろう。

 それを見越して、彼は、部長の仕事を見学したいと言ったようだ。


「それに、僕にも、先輩を手伝えることがあるかもしれませんし」

「…………」

「……って、はは……僕の助けなんかなくても、先輩は大丈夫ですよね」


 俵田は少し寂しげに苦笑した。

 彼に、祇園は真剣だが温かい口調で告げる。


「そんなことないよ、俵田くん。ありがとう。じゃあ……一つ、お願いしてもいいかな」

「なんでしょう」

「これから、委員長たちのところを回るんだけど、彼女たちをよく見ていてほしいんだ。いや……委員長たちだけじゃなく、生徒会のことも観察して……そして、君にも考えてほしい」

「……『裏切り者は誰か』ということをですか」


 慎重な声で確かめた俵田に、祇園は苦い表情で頷く。


「嫌なことを考えさせてしまって、君には悪いけど……」

「いえ。それで先輩のお役に立てるなら……僕も、がんばって考えます」

「……ありがとう、俵田くん」


 こうして、俵田も祇園とともに、三人の委員長を回ることになった。


「……では、まず望陀風紀委員長のところへ行きますか? 先輩の友人ですし、話も特に支障なく済むでしょうから」


 さっそく俵田は、彼なりに考えたことを提案した。しかし、それはすぐに否定されてしまう。


「いや、あれは最後に回す」


 その言葉を放った時、祇園は一瞬、苦悩するような、あるいは、苛立つような表情を浮かべた。

 だが、その表情は、すぐに掻き消えて、彼女はいつもの落ち着いた微笑を俵田に向ける。


「まずは……そうだね。文化委員長『雨城のお嬢さま』のもとへ行くとしようか」





 次回


 第8話

 文化委員長「雨城のお嬢さま」



 今夜一時すぎに更新する予定です。

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