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第6話 つまり、私の夢っていうのは、その程度のものだったんだろう




「――次期会長!? ないない、ありえないよ、そんなの」


 側用部部長・祇園渚卯子は、自らの野心を明確に否定した。

 自身の部下である俵田宮一に問われてのことだ。


「そうなんですか? 僕は、てっきり……」

「私が自分自身に投票したと思った? そこまで私は、自分を高く見積もっていないよ。生徒会長だなんて……」


 溜め息をつくと、祇園はペットボトルの紅茶を一口飲んだ。

 ここは枢要館二階・祇園に割り当てられた個室。

 側用部の二人は、登校する前にコンビニで買ってきたパンなどで簡単な昼食をとりながら、先ほどの投票結果について話している。


「……私はね、俵田くん。君が私に投票したんじゃないかと思っていたんだけど」

「僕は、側用部の一員として、生徒会書記の清川普青に投票しました。……けど、次から祇園先輩に投票しろと言うのなら、喜んでそうしますよ。謙遜されましたが、先輩なら、生徒会長も充分に務まると思います」


 そう言うと、俵田は偽りのない真っ直ぐな瞳で、祇園を見た。


「祇園先輩は、清川普青より何倍も生徒会長にふさわしい人だと思いますよ」

「私は……ただの、側用部部長だよ」

「頼もしい、部長ですよ。少なくとも、僕にとっては」


 俵田の真摯な視線を向けられて、祇園は、くすぐったそうに目を逸らした。


「君がそう言ってくれるのは、ありがたいんだけどね……」


 祇園の顔には、会議の前に見せた複雑な陰が、また表れている。


「今の私には、生徒会長になろうという気なんて、少しもないんだよ」

「今の、というと以前は……」


 俵田が指摘すると、祇園は、眉をわずかに寄せた。不快というより、苦痛を感じたような表情だ。

 それを見ると、すぐに俵田は頭を下げる。


「すみません、先輩。僕は……」

「いや、いいんだ、俵田くん。本当につまらないことだから」


 ――つまらないこと。なら、隠す必要もないか……。


 ふと、祇園は思った。

 大切な部下、大切な後輩に、出来るかぎりは嘘をつきたくない。

 やがて祇園は、ぽつり、ぽつりと語りだした。


「じつは……私もね、昔、入学したばかりのころは、この学校の生徒会長を目指していたんだ。その前の中学校で生徒会長をしていたから、高校でも、と考えてね」

「そう……だったんですか」

「ほんの一時期だけだよ。入学してすぐ、清川会長に会ってね。あの人は、当時まだ生徒会の書記だったけど、次期会長の最有力候補と目されていたよ」


 一瞬、祇園は遠い目をする。


「清川先輩は……綺麗だった。光輝に満ちていた。人の上に立つ風格とは、ああいうものを言うんだろうな。私は一目見て、『ああ、この先輩には敵わない』と思ったよ」


 祇園は、苦い表情を浮かべて言う。


「それで、諦めてしまった。つまり、私の夢っていうのは、その程度のものだったんだろう」

「けど、祇園先輩は清川会長より一学年下でしょう? あえて競わなくても、会長交代の時まで待てば……」

「いや、駄目だね。清川会長は当時から、妹を後継にするつもりだったし。なにより……」


 言葉を切ると、祇園は、その表情をさらに苦いものにした。


「なによりも、私に、機枢高校の生徒会長になる資質はない。それが分かってしまったんだ。清川会長という華麗で強烈な光に照らされると、自分の未熟が嫌でも目につく。……きっと、私には、会長の下働きが精々のところなんだろうよ」


 吐き捨てるように言うと、祇園は、それきり黙ってしまった。


「…………」


 二人の間に、しばらく沈黙が流れる。

 やがて、その沈黙を恐る恐る破って、俵田が口を開いた。


「……先輩、すみません。無理に聞き出すようなことをして」

「いや、気にしなくていいよ。さっきも言ったけど、本当に、つまらないことだからね」

「そんな……」

「いや。まあ、それに……私は現状に、けっこう満足しているんだ」


 その表情に、わずかに明るさを回復させながら、祇園は語る。


「生徒会長の使い走りの側用部だけど、これはこれで、やりがいのある仕事だ。私らがいなければ、会長の優れたお考えも、委員長たちに伝わらないんだからね。……清川会長には良くしてもらっているし、俵田くんも私のために良く働いてくれる。これ以上を私が望むのは、分不相応というものだろう」

「先輩……」

「ま、そういうわけで、今の私に、生徒会長になろうとする野心はないんだよ。――そして、俵田くんも、さっきは私に投票しなかった。とすると……」

「……祇園先輩への一票は誰が入れたのか、ということですね」


 俵田に小さく頷くと、祇園は嘆息して言った。


「ほんと、迷惑な話だよ。清川会長に睨まれてしまう。誰だか知らないけど、私への嫌がらせだとしたら、悪質に過ぎるね」


 これまで、祇園と清川会長は良好な関係を保っていた。

 会長のために働く側用部部長・祇園は、同時に、会長の権力に守られる。それによって祇園は、なにかと多事多難な機枢高校のなかで、平穏無事に過ごせてきたのだ。

 だが、そうしたこれまでの関係も、今回の「祇園への一票」によって悪化してしまうおそれがあった。


「もしかしたら……俵田くん、私たちは、この会議から追放されてしまうかもしれないよ」

「え? そうなんですか?」

「そもそも、私たち側用部は、生徒会長に直属する組織でね。選出会議への参加は、会長の許可を前提とした特例みたいなものなんだ」


 かつて権勢を誇った側用部は、生徒会と委員長だけでおこなわれていた会議に、自らの席を二つも創った。

 その二議席が、側用部が権力を失った後も、現在まで残ったのだ。これには、側用部と相対的に力を増していった生徒会長の意向が反映されている。

 部長と部員一人を合わせた側用部の二議席は、投票総数十票の会議において大きなものだ。これを味方とするために、代々の生徒会長は、側用部の出席を許可しているのだった。


「つまり、生徒会長の許可を失えば、側用部の議席も失われる。これは、今の清川会長のもとでも変わらない。……このままだと、私たちは次の投票から会議に出られなくなるよ」

「それは……でも、いいことなんじゃないんですか? 僕は早く帰りたかったですし、祇園先輩もそうでしょう?」

「たしかに、私もこんな会議、嫌いだけどね。そうした私情を抜きにした、公的な、側用部部長の立場としては、このまま議席喪失によって我が部の発言力を落とすわけにはいかないんだよ。それに……」


 口の片端を上げて、祇園は肩をすくめる。


「なにより、あの清川会長を怒らせたまま帰る――なんて恐ろしいこと、私にはできないね」

「な、なるほど……」


 俵田も、自分たちの危機を理解したようで、小さく身震いする。

 祇園は冗談めかして言ったが、それも、ほとんど虚勢だった。


 清川総璃愛という学園の女王は、自身に従順な者へは慈愛に満ちた名君の顔を向けるが、敵対する者へは暴君の顔をもって対するのだ。

 その偉大な事績の陰では、これまで、敵対者への過酷な弾圧がおこなわれている。

 学園内での公権停止、公職追放、学内ポイント“cbd”の没収、校内施設の清掃や修繕といった強制労働、旧校舎への「流刑」など……それらは、容赦のない制裁だった。

 そうした前例を考えれば、最悪の場合、側用部の二人は会議からの追放だけにとどまらず、さらに重い処罰を受けることになるかもしれない……。


「つまり、僕たち側用部はこれから、清川会長の信頼を取り戻すための行動をしなければならない、ということですね」

「そのとおりだよ、俵田くん。けど……まあ、清川会長としても、会議における側用部の二票は惜しいと考えるかもしれない。もしかしたら、私たちに対して弁明の機会を……」


 祇園がそこまで言うと、突然、彼女たちの耳に、部屋のドアをノックする音が届いた。慎ましい、遠慮が

ちな音だ。

 ノックの後に、声が続く。


「失礼。清川です」


「はぁ!?」


 祇園たちは驚愕した。

 ――まさか、清川会長自身が出向いてくるなんて!

 

 しかし、それはすぐに、彼女たちの思い違いだったと分かる。


()()()()()()()()です。側用部長、清川会長がお呼びですので、部員とともに第二会議室へお越しください」

「……了解しました」


 祇園は安堵の声で、短く答えた。

 対して俵田は、相手が清川普青だったと分かってもまだ緊張を解けないでいる。このタイミングで清川会長からの呼び出しを怖れるのも仕方ないが……。

 それでも祇園は力強く立ち上がり、後輩に落ち着いた微笑を向ける。


「じゃ、行こうか。俵田くん」


 危機にあっても揺るぎない祇園の沈着さは、事実、俵田の言う「頼もしい部長」に、ふさわしいものだった。





 次回


 第7話

 生徒会長と側用部長

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