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第5話 煙と炎と生徒会役員たち




 私立・機枢高校。

 百年以上の歴史をもつこの学園は、生徒たちの高度な自治によって運営されてきた。

 このような、他校に見られない特異な校風は、学園創立者である雨城直柾(うじょうなおまさ)子爵の思想によるところが大きい。

 雨城子爵は言った。

「生徒が学園を自ら治め、自主自律の精神を養えば、すなわち、国家の機枢と為るであろう」


「機枢」とは、「物事の最も大切な所」という意味だ。

 雨城子爵の目指すところは、将来に国家を治めていく政界・官界の中心となるべき青少年を育成することだった。

 その成否はともかく――というのも、現在の永田町や霞が関に、機枢高校出身者はそれほど多くないからだ。皆無というわけでもないが、せいぜい、地方の平均的なレベルの進学校と同じくらいだろう――機枢高校は創立以来、百年あまりの長い歴史の中で独自の伝統を築いてきた。


 その伝統の一つが、生徒会長選出会議だ。

 限られた生徒たちだけで生徒会長を選び出す密室会議――それは、他校のような全校生徒の参加する生徒会長選挙とは大きく異なる。

 その機枢高校の生徒会長選出会議が、第一回目の投票で決着することは、まずない。

 終日、あるいは数日かけて、何度も投票を繰り返すことが常だった。

 今回に限っては、事前に清川会長が築いていた優位によって早期決着が見込まれていたのだが、それも結局、叶わなかった。


 さて、こうした投票の結果は――次期会長が決定したにしても、しなかったにしても――逐次、議場の外部へ公表される。

 それは、代々の選出監理委員長にとって重要な仕事の一つだった。

 現在の選出監理委員長・亀山煉護も、先ほどの投票結果「次期生徒会長決定せず」を公表するため、自席を立った。

 まだ結果の衝撃から立ち直れていない一同を背に、投票用紙を載せた銀の皿を持ち、第一会議室を後にする。

 亀山は、会議がおこなわれている枢要館の外に出た。敷地の隅にある古びた焼却炉へ向かうと、その中へ投票用紙を入れる。

 そして、懐から小さな薬品ビンを取り出し、褐色の粉末を炉中の投票用紙に振りかけた。

 この褐色の粉末は、機枢高校化学部が選出監理委員会の依頼を受けて作った、過塩素酸カリウム・アントラセン・硫黄の化合物だ。

 最後に、マッチを擦って、焼却炉の火を点ける。

 ……やがて、煙突から黒い煙が立ち昇った。

 この黒色の煙が「次期生徒会長決定せず」を意味するのだ。

 ちなみに、「次期会長決定」の場合は、白色の煙が上げられる。

 枢要館から昇る、化学薬品で着色された煙によって、投票結果は学園内外の生徒たちへ知らされるのだった。


「さて、これから何回、私は煙を上げることになるのだろうか……」


 秋の高い空に昇る黒煙を見上げながら、亀山は独り言ちた。


 ――この景色を、歴代の選出監理委員長たちも見てきたのだろう。


 一瞬だけ、彼は過去に――機枢高校の長い歴史に、思いを馳せるのだった……。




 十二時十一分。亀山選出監理委員長が、投票結果公表の仕事を片付けて第一会議室に戻ったとき、まだ、そこは重い沈黙に包まれていた。

 無理もない、と亀山は思う。

 第一回の投票で決着しないことは珍しくないが、それでも、先ほどの投票結果は衝撃的で、不可解なものだったのだ。会議に参加する者の大半は、混乱に近い状態なのだろう。

 亀山が戻ったことを見ると、那珂川議長は表面上の冷静さを保ちながら、一同に告げた。


「これより休憩に入る。会議の再開時刻は十三時三十分とする」





「――少し、計算違いの事になった」


 生徒会長・清川総璃愛は、部下の生徒会役員たちに向けて告げた。その秀麗な顔には、いつもの余裕の色がある。

 その余裕に、生徒会議長の那珂川涸太郎は問う。


「少し、か?」

「ああ。ほんの少し、だけだ。……たしかに、第一回投票で終わらせる予定ではあったが、叶わなかったなら仕方がない。次で決めるとしよう」


 清川会長は、自信と余裕に満ちた微笑を浮かべて、生徒会役員一同を見渡した。

 いま、彼女たちが話しあっている場所は、枢要館一階の第二会議室だ。

 この部屋は、選出会議がおこなわれる第一会議室より一回り小規模だが、生徒会役員の四人だけで使うには充分な広さがあった。

 会議の期間中、この第二会議室は生徒会に提供されており、「臨時生徒会室」のようになっている。

 これは特権的な扱いで、複数人が集って密談できる場所を持っているということも、清川会長陣営を有利にする要素の一つなのだった。


「それでは、次の勝利を得るために、(たが)えてしまった我々の計算を検討し直すとしよう。我々は何を間違えてしまったのか。あるいは……」


 清川会長は一度、言葉を切った。

 急転。余裕を浮かべていた瞳に、怒気の火炎が映る。


「何者が我々を間違えさせたのか。――端的に言おう。我々の陣営に、裏切り者がいる」


 裏切り者――その語は、聞く者たちの息を飲ませた。彼らに、清川会長は説明する。


「会議の開始時点で、我々の陣営――清川普青に投票する者は、七人いるはずだった。生徒会役員のうち投票権のない議長を除いた三人と、雨城文化委員長、望陀風紀委員長、それと側用部の二人。合わせた七票で、過半数を取れるはずだった。しかし、実際の投票結果は……」

「清川書記には、五票だった」

「そうだ、那珂川。普青に投票した者は五人。――七ひく五、簡単な計算だ。我々の内から、二名の裏切り者が現れた」


 言うと、清川会長は小さな溜め息をついた。呆れたような溜め息。

 自身に背くとは、よほどの愚か者だ――そう、彼女は思っているようだった。


「それでは、裏切り者として疑うべきは誰だろうか?」


 その問いは、清川会長から那珂川に向けられたものだ。しかし、那珂川は直接答えず、隣に立つ小柄な女子生徒に流した。


東田(ひがした)会計は、どう考える?」


 那珂川の険しい眼光と質問が、女子生徒に投げかけられた。

 これに、その女子生徒――生徒会会計・東田ひよこは、童顔を曇らせて悩む。


 ――こっちに聞いてくるんですか……。


 彼女が悩むのは、質問への答えについて、ではない。それは、深く考えなくても分かる単純なもののはずだ。

 悩ましいのは、那珂川の態度に対してだった。

 二年生の東田は、生徒会会計として機枢高校の財政を担当する人物で、そのための能力と経験も充分に備えている。

 しかし、その彼女に対し、先輩の那珂川は、常に上から指導するような態度で接するのだ。那珂川にとって、彼女はいつまでも「未熟な後輩(ひよっこ)」ということなのだろうか。

 今回の質問も……。


 ――今回の質問も、抜き打ちの口述試験みたいなもの。涸太郎先輩は、なぜか私を試すのが好きなんだよなあ……ほんと、なんでだろ……。

 と、名前がもつ印象どおりに幼げな体の内に、悩みを秘める東田ひよこだった。

 

 それでも彼女は、質問に対して真面目に考え、すばやく答える。


「生徒会陣営を裏切った者……単純に考えると、怪しいのは側用部でしょう。投票結果を見れば、祇園側用部長には一票が入っています。彼女が離反して、自ら次期会長になろうと野心を見せたのでは」


 東田の答えに、那珂川は頷いて同意した。


「祇園が怪しいとは、私も思う。だが、不可解なのは、側用部は部長と部員で二人いるのに、祇園の獲得票は一票だけだったということだ。数が合わない。……それと、白票の件もある」


 那珂川が、もう一つの不可解な点を挙げた。

 第一回投票には、誰の名前も書いていない「白票」が存在したのだ。

 投票権を持つ十人のうちに、誰を支持することもない中立の人間がいるということだろうか。


「我々の陣営から、祇園たち側用部二名が離反したとして、そのうち一名が祇園に投票、一名が白票。それなら数の計算だけは合うが……では、なぜ側用部内で票が割れたのか。説明がつかない」


 那珂川は、眉間の皺をさらに深くして、考え込む。東田も、この疑問には答えられなかった。

 そうした彼らの中で、次期会長最有力候補の清川普青は独り、静かに佇んでいる。

 会議における最も重要な当事者の一人であるはずの彼女だが、悩ましげに頭を抱えこんではいない。これは、自身の勝利を疑わない、姉譲りの余裕というものだろうか。

 沈黙する生徒会役員たち。

 しかし、その沈黙はすぐに、清川会長の自信と力感に満ちた言葉によって破られた。


「そう悩むことはない。先ほども言ったが、私は次の投票で勝つつもりでいるし、そのための手段も考えている」


 清川会長は不敵な微笑を浮かべる。その瞳の光は、いつもより一層、鋭さを増していた。


「まずは、祇園に問いただすとしよう。彼女の内に、次期会長を狙う野心があるのかどうか――」





 次回


 第6話

 つまり、私の夢っていうのは、その程度のものだったんだろう

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