第40話 秋の空に昇る白煙
枢要館の外。隅にある焼却炉の前に、亀山選出監理委員長は来た。
そこで彼は、会議の投票用紙を燃やして煙を上げる作業に取りかかる。
これで五度目となる作業だった。
ただ、これまでの四回と今回は、一部が異なる。焼却炉の中の投票用紙に振りかけられる粉末は、四度続いた黒色ではなく、白色のものだった。
この白色の粉末は、塩素酸カリウム・乳糖・松脂の混合物で、これを混ぜた紙に火を点けると、白い煙が発生するのだ。
白い煙。
それが意味するものは、次期生徒会長が決まったということ。
この日は風が強かった。
点火に際して、亀山は細心の注意を払った。
そうしてマッチを擦りながら、彼は思う。
――おそらく、私は、ここで煙を上げる、最後の選出監理委員長となるのだろうな……。
先ほど、祇園が語った「三つの目標」のなかには、この生徒会長選出会議を廃止し、全校生徒による選挙に移行する、というものがあった。
こうして祇園が生徒会長になった以上、その目標は実現されていくのだろう。
つまり、この儀式的な煙による投票結果公表も、もうおこなわれなくなるのだ。
そう考えながら、マッチを擦る。
……だが、なぜか一向に火は点かない。
――さて、私は、名残惜しさでも感じているのか?
この仕事を終わりにしたくないと、無意識のうちに、手元がぶれてしまったのだろうか。
そうした自分の様子を、亀山は冷ややかに俯瞰する。すると、顔に苦笑が浮かんでくるのだった。
この生徒会長選出会議に、亀山は特別な思い入れがあった。
その理由を、もしかしたら他人は高尚で深遠なものだと見ているのかもしれない。
しかし、実際のところは……この「煙を上げる」という儀式が、単純に、彼は好きだったのだ。
今の時代、会議の投票結果を公表するなど、ネットを使えばすぐに済むことだ。
そこを、いちいち火を起こして、色の違う煙を上げる――その時代錯誤の古めかしさが、彼には貴重なもののように思える。
……他人の知ることのない、亀山の本心。
他人が知れば下らないと感じるかもしれないが、それでも、彼にとっては真剣な理由だった。
ようやく、亀山はマッチに火を灯すことができた。
その小さな火を、強風に消されないよう注意する。……だが、このとき、ちょうど風は収まってくれた。
それは、自然現象の偶然によるものだろう。
しかし……もしかしたら、天にまします何者かが、選出監理委員長の最後の仕事を手助けしたのかもしれなかった。
ささやかな奇跡。
それを前にして、亀山は――「異国の聖職者」のような雰囲気をもつこの青年は、小さくつぶやく。
「少なくとも……ふふ、私だけは信じるとしようかな」
亀山の独り言を、当然、聞く者はいない。
もう一度、にやりと苦笑すると、亀山は焼却炉に火を入れた。
しばらくすると、白い煙がまっすぐに天へと立ち昇る。
こうして、亀山選出監理委員長の最後の仕事は、青い秋天に一筋の白煙を描いて終わったのだった。
次回
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戦いのあと――盟友たちと




