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第3話 生徒会長・清川総璃愛




 短い開会宣言に続いて、那珂川議長は会議の要項を述べていった。


 今回の会議は、現生徒会長の任期満了にともない、次期生徒会長を投票によって指名するものであること。

 次期会長候補者となる資格は、会議に出席する二年生以下の者であること。

 投票権は、議長と選出監理委員長を除く出席者十名が有する。そのうち過半数――六票以上の票を得た候補者が、次期会長として指名されること。

 そして……。


「……最後に、既知のことだと思うが、会議の期間中、この枢要館の周囲は封鎖される。選出監理委員長を除いて、ここにいる全員は次期会長を選び出して閉会するまで外に出られないと、心得ておくように」


 ことさら冷淡に述べて締めくくると、議長は会議を進めた。


「まず、次期会長の選出に先だって、現生徒会長より挨拶がある。……では、清川会長」


 那珂川議長が左隣の席へ呼びかけると、生徒会長・清川総璃愛は、ゆっくりと立ち上がった。


「ぎ、祇園先輩……」

「どうかした? 俵田くん」

「その、清川会長の下の名前が読めないんですが……」


 俵田が、小声で隣の祇園に尋ねる。

 円卓の出席者それぞれの前には、氏名と役職を記したプレートが載っているが、そこに読み仮名までは付いていないのだ。

 俵田は、機枢高校の生徒として当然、清川会長の存在を知っているはずだ。しかし、会長の「総璃愛」という名前の読みまでは知らなかったらしい。

 彼以外にも、一般生徒の多くは同様だろう。生徒会長が雲の上の存在となっている、機枢高校らしい現象だともいえる。


「……ああ。清川会長の下の名前は『フサリア』と読む。清川総璃愛(きよかわふさりあ)だ」


 祇園も小声で答え、さらに説明を加える。


「妹の『普青(ふあお)』もそうだけど、姉妹そろって変わった名前だよね。……まあ、姉の方は当て字だと思うけど」

「当て字、ですか」

「うん。世界史……それも、近世ヨーロッパ史の(ことば)だね。有翼衝撃重騎兵『フサリア』だ」

有翼衝撃重騎兵(フサリア)?」

「ポーランド・リトアニア共和国の騎兵だよ。ハンガリーからトランシルヴァニアを経て、十六世紀ごろに伝わったとされる。大きな鳥の羽飾りをはためかせ、長槍をかまえて突撃。敵陣を蹂躙する。当時、ヨーロッパで最も美しく、最も強い騎馬軍団だったと思うよ。第二次ウィーン包囲での戦いなど華々しい活躍をしたんだけど、次第に……」


「――祇園側用部長、静粛に」


 祇園の解説を打ち切った声。

 その鋭い声は、那珂川議長から放たれたものだった。

 慌てて祇園と俵田が周囲を見ると、出席者一同の無言の視線が刺さってきた。二人の会話は、話しているうちに声量が大きくなってしまっていたらしい。


「し、失礼しました……」


 赤面して、二人は黙りこむ。


「……では、清川会長」


 静粛になった議場で、那珂川は再び、生徒会長・清川総璃愛に促した。

 うなずくと、清川会長は、この会議での第一声を放つ。


「一つ、君たちに言っておきたいことがある」


 清川会長が公の場で発する声は、力感に満ち、聞く者すべてを圧倒しながらも、どこか音楽的な響きがある。

 出席者一同は――清川会長に従う者も、そうではない者も――皆が彼女の声に引き込まれながら、緊張した。

 清川会長は、言葉を続ける。


「土曜の休日だというのに、会議に出席してくれて、ありがとう。君たちの協力による貴重なこの時間。是非とも、実りあるものにしたいと思っている」


 言うと、清川会長は微笑んだ。しかし、それは聴衆の緊張を解きはしない。

 その笑みは、獅子が獲物を視認したときに浮かべる表情と同種のものだったから……。


「機枢高校の女王」清川総璃愛。

 学園の頂点に君臨する彼女は、容姿にしても非凡なものを持っている。

 艶めく黒髪、瑞々しい活力を内包する均整のとれた肢体、剣のように鋭く輝く青みがかった瞳――その容姿が学園随一のものだということは、万人の認めるところだった。


 清川総璃愛の美貌には、一つの伝説がある。


 この会議より二年前、彼女がまだ無位無官の一年生だったときのことだ。

 校内の廊下を歩いていた彼女は、偶然、当時の生徒会長の前を通り過ぎることがあった。そのとき、彼女の姿を一目見た生徒会長は、そこに機枢高校の頂点に立つ者としての「光輝」を感じ取ったという。

 すぐさまその生徒会長は、女王に忠誠を誓う騎士のように跪いた。

 そして、恭しく手を取り、彼女を生徒会本部に迎え入れたのだった……。


 清川総璃愛が容姿だけで先代の生徒会長を服従させたという、この話はあくまでも伝説だ。

 実際にあったことだと証明するものは存在しない。

 確実にいえるのは、二年前、清川総璃愛が先代生徒会長の招きによって、まず生徒会書記となったこと。そして昨年、選出会議に勝利した結果、先代の後を継いで生徒会長職に就任したこと――それだけだった。

 しかし、清川総璃愛の美貌には、見る人にその伝説を信じさせるだけの説得力があるということもまた、事実なのだった。


 無論、清川総璃愛は、外見だけの人物というわけではない。

 学園統治者としての彼女の能力は優れたものだった。内務委員会の解体をはじめとするその事績は、機枢高校の歴史に燦然と輝いている。

「機枢高校史上、最も偉大な生徒会長の一人」とは、彼女への評価として、決して過大なものではないだろう。

 しかし……。


「……私の生徒会長としての仕事は、今日の会議をもって終わる」


 清川会長は、少しだけ寂しげに語った。

「偉大な生徒会長」も、永遠の存在ではない。

 彼女は高校三年生。あと五カ月ほどで学園から卒業しなくてはならなかった。

 そして、誰かが彼女の後を継がなくてはならないのだ。


「私の後を継ぐ者は誰か。誰が新しい生徒会長となるのか。君たちの思慮と判断に、期待している」


 語り終えると、清川会長は満足の顔で、席に着いた。

 後には呪縛にも似た圧迫感だけが残り、誰も身動き一つできないでいる。

 その中で、ただ一人だけが口を開くことができた。


「……では、さっそく、議事に入る」


 生徒会のナンバー2、清川会長の補佐役にして会議の進行役も務める、那珂川議長だ。

 清川会長に気圧されて、まだ回復しきれていない出席者一同へ、議長は冷然と告げる。


「まず、会長候補の推薦を受け付ける。次期会長候補を推薦する者は、挙手するように」





 次回


 第4話

 会長候補推薦、そして、第一回投票

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