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第37話 最後の賭け




 会議室は、張り詰めた静寂に包まれている。

 その中で、祇園は、よく通る声を放った。


「清川普青書記。あなたは、どうして、()()()()()()()()()()()?」


 突然の問いかけに、清川普青も他の出席者たちも、驚愕に目を見張って祇園を見た。

 やがて、その驚きから一早く回復した那珂川議長が尋ねる。


「……どういうことか、祇園側用部長」

「第一回投票から、ずっと白票を続けてきた人物が清川普青だと、私は言っているんですよ」


 議場がざわめいた。

 祇園は平然としたまま、続けて語る。


「次期会長の最有力候補なのに、清川普青は、自身に投票しなかった。それに、この会議が始まる前、望陀風紀委員長に裏切りの件を伝える文書を送りつけたのも、清川普青だった。――だから、望陀は私を支持するようになったわけで……清川普青は、私が生徒会長を目指すことになるきっかけを作ったんですよ」

「……祇園! 言いがかりはよせ。君は、自分が追い詰められたから、私の妹に責任をなすりつけようというのか?」


 そう言ったのは、清川会長だった。彼女の鋭い声には、怒気がにじむ。

 祇園は一瞬だけ怯んだが、それでも、心を奮い立たせて応戦する。


「清川会長。言いがかりなどではありません。私は、相応の根拠をもって発言しています」

「根拠だと?」

「ええ。つい先ほどの、第四回投票のことです」


 清川会長も含めた会議の出席者全員にむかって、祇園は自身の推理を披露する。


「無記名による選出会議の投票ですが……そもそも十人だけでやることですし、ここまで回を重ねれば、いい加減、誰が誰に票を入れたのか分かってくる」

「…………」

「一つずつ挙げていきましょうか。……祇園(わたし)の五票の内訳は、私と俵田くんと望陀、雨城、平山の五人。小櫃総務委員長に入った二票は、彼と下郡保健委員長によるもの」


 そこで一度、言葉を切ると、祇園は下郡を睨んだ。

 自身を欺いた者に向ける視線は鋭く冷ややかなものだったが、これに下郡は動じない。硬質の表情のまま、祇園を睨みかえす。

 心の中で舌打ちをしてから、祇園は話を再開した。


「そして……問題の、清川普青書記。彼女には二票しか入っていません。これまでで名前が挙がっていないのは、清川会長、東田会計、清川普青の三人。ということは、つまり……」

「この生徒会役員三人のうち、二人が普青に投票し、一人が白票――ということか」


 その答えを口にしたのは、那珂川議長だ。

 生徒会役員の中で唯一、投票権をもたない彼は、身内の中で起きた分裂を示されて、苦々しい顔になっている。


「……いや、東田会計は違うはずだ。彼女の考えを私は理解しているつもりだが――彼女は会議を『一刻も早く終結する』ため、清川普青に投票しただろう。今さら、白票などで会議を混乱させるわけがない」


 その言葉を語ったとき、那珂川議長の声には少しだけ、力と熱がこもっていた。

 彼は、東田を庇おうとしたのだろう。――彼女の先輩として。彼女の彼氏として。

 それでも……一人の出席者の立場を守ろうとしたのは、公平であるべき議長として相応しくない発言だったかもしれない。

 普段の冷厳な那珂川らしくない言葉だったが、これに祇園は頷いて応じる。


「……私も、一度は東田会計を疑いましたが。考えても、彼女が白票を投じる理由は見あたりませんでした。それに、清川会長も……」


 祇園は、清川会長に向き直った。鋭い怒気の視線に貫かれながら、言葉を放つ。


「あなたが、妹の清川普青の他に票を投じるわけがありません。会長は、妹の次期会長就任を強く望んでいる……当の、清川普青以上に」

「……普青が、会長になることを望んでない、と?」

「逆に問いますが、この会議の間、一度でも清川普青が自分の会長就任のために働いていたでしょうか。誰もが自分たちの陣営の勝利のため行動する中、彼女だけは会議を傍観していた。それは、つまり……誰が次期会長になってもいいということ」

「祇園……!」


 怒りの声は、清川会長が「痛いところを突かれた」からかもしれない。


 ――会長自身も、妹の真意に気づきかけているのか……。


 そこまで思って、最後に祇園は告げる。清川会長と、その隣にいる清川普青に向かって。


「私はただ、明らかにしたいだけです。なぜ、清川普青は、そのような行動をとったのか。彼女の真意はどこにあるのかを」

「…………」

「ぜひ、彼女自身の口から答えてもらいたい。それを聞くまで、私は、この会議から退場するつもりはありません!」


 祇園は言いきった。


 これは、賭けだった。

 清川普青を追及することで、時間を稼ぎ、会議の流れを変えようとしたのだ。


 最後の抵抗。最後の賭け。

 しかし……その賭けは、中途で終わった。


 亀山選出委員長が帰ってきたのだ。

 これで会議が中断して休憩に入れば、その後に、祇園は追放されてしまうだろう。

 そして、危惧したとおり、清川会長は那珂川に命じる。


「議長。これ以上、祇園から聞くことはない。……会議の中断を」

「待ってください。議長、会議の続行を要求します」


 絶対に、会議の中断だけは阻止しなければならない。でなければ、祇園の破滅だった。


「那珂川先輩! お願いします」


 祇園と俵田は席から立って、那珂川議長に要請する。

 対して那珂川は、常の険しい目つきを復活させて、必死な側用部を冷ややかに眺めていた。

 先ほどは一瞬だけ、普段の冷厳さとは違う顔も見せたが……それでも、本来の彼は、会議を取り仕切るべき議長であり、生徒会のナンバー2として会長に従う者だった。


「……議長。先ほどの投票結果を受けて、各々、考える時間が必要だろう。会議を中断するべきだ」


 那珂川の左で、清川会長が重ねて命じた。

 祇園への怒気は未だに収まっていないだろうが、既に表面上は、いつもの余裕を回復していた。

 彼女の冷酷な指示に、那珂川は黙って頷くと、

「……では」

 会議を中断しようとする。


 それを受けて、議場に動きがあった。


「議長! 私も、会議の続行を求めます」

「風紀委員長と同じく。ここで会議を止めては、何も解決しないでしょう」


 祇園の盟友、望陀と雨城が立ち上がった。

 二人の直後に、平山体育委員長も続く。無言のままだったが、この会議で久しぶりに見せる颯爽とした立ち姿は、本来の彼女らしいものだった……。


「望陀、雨城、平山の三委員長か……。よくも、まあ、一晩で、これだけ集めたものだ」


 静かに、しかし威圧するように、清川会長は反逆者たちの名前を呼んでいった。


「……他に、会議の続行を望む者はいないだろうか」


 確認するように、那珂川は議場を見まわす。


 ……だが、立ち上がった五人に続く者は現れなかった。


 あの下郡保健委員長も、座ったままでいる。やはり、祇園を裏切ったのは、彼女だったのだ。

 しかし、今の祇園に下郡を恨む余裕はなかった。状況は、切迫しているのだ。


「過半数の賛同がない以上、会議続行の要求は認められない」


 冷然と要請を退けると、議長の口からは、ついに、祇園の命脈を断つ言葉が放たれようとする。


「では、会議を中断し……」




「――待ってください」


 そのとき、一人の声が議場を駆け抜けた。



「……議長。少し、待ってください」


 立ち上がり、議長を制止した者は、清川普青だった。





 次回


 第38話

 普青の真意、祇園の目標

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