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第31話 清川姉妹




 十月十三日午前十一時に始まった生徒会長選出会議は、混迷の情勢の中で決着せず、会議出席者たちの思惑が交錯する夜は更けていった。


 明けて、十月十四日。

 この日の日出は五時四十五分だったが、清川会長の起床時刻も、それとほぼ等しい。

 つまり、太陽が地平から姿を現すと同時に、彼女は覚醒したのだ。


 清川会長は目覚めてすぐに、顔を洗い、服を着替え、身だしなみを整えた。

 機枢高校の黒い制服姿となった彼女は、自身のバッグから愛用のデジタルメモ――これはキーボードが左右に折り畳める型式のものだ――を取り出し、机へ向かう。

 そして、清川会長は何かの文書を作成していった。


 しばらくして、部屋のドアがノックされた。慎ましげなノックの音だ。


「お姉ちゃん。私です」


 ノックに続いたのは、清川普青の声だ。

 すぐに清川会長は、妹を迎え入れた。――他人には決して見せない優しげな表情で。


「おはよう、普青。どうしたんだ?」

「じつは、お姉ちゃんに聞きたいことがあって……」


 普青は、慎重な口調で切り出した。


「側用部部長の、祇園先輩のことです。……あの先輩が、どういう人なのか、教えてもらってもいいですか」

「祇園? なんで急に、そんなことを……」

「祇園先輩が、私にとって重要な人だからです」


 そう言いきった妹を、清川会長は不思議そうな表情で見た。それでも少し考えると、納得したようだ。


「……そうか。普青が次期会長になって、これからお前を支えていくのは祇園だ。お前も、側用部の部長について知っていてもいいだろう」

「…………」


 そして清川会長は、彼女から見た「側用部部長・祇園渚卯子」を普青に教えた。


 側用部部長の祇園が、生徒会長や委員長たちとの間に立って、衝突を避ける緩衝材のような役目を果たしていたこと。

 そうした働きから、祇園が委員長たちから信頼されていること。

 彼女の人望と能力なら、委員長たちを統率し、生徒会長になることもできただろうということ……。


 ……それらは、昨日の夕方、清川会長が祇園に語った内容と同じものだった。


「お姉ちゃんは、祇園先輩を高く評価しているんですね。生徒会長になれる、って言うほどに……」

「そうだな。もし普青がこの学園に入学していなかったら、私は祇園を次期会長に推していただろうな……」


 そこまで言うと、清川会長は、口調を冷徹なものに変える。


「しかし、今の祇園が生徒会長になることは、絶対にないだろう」

「……どうしてですか」

「この私に、祇園は決して逆らえないからだ」


 清川会長は、断言した。


「あれも、昔は野心があったようだが、私と会ってからは忠実に従っている。これまでも、これからも、あれは、ずっと側用部部長として、生徒会長の下で働き続けるだろう……」


 そう語った姉の様子を、冷静に観察するような視線で、普青は眺めた。

 また、彼女は尋ねる。


「……それでは、もし仮に、祇園側用部長が反逆したら、どうします? 彼女が、この会議で次期生徒会長になろうとしたら」

「ありえない話だが……そうだな。もし、祇園がその野心を抱いたとしたら、私としては、それをただ撃砕するのみだな」


 自信と迫力に満ちた口調で、また清川会長は断言した。


「私は、生徒会長の特権を行使して、祇園たち側用部を会議から追放することができる。それを要求する書類を、議長に渡すだけでな」


 側用部の議席を与奪できる生徒会長の特権だが、それは、無原則に行使されるわけではない。

 側用部は生徒会長に従属するとはいえ、投票権を有する会議の正式な構成員なのだから、これを追放するには形式を整えなければならないのだった。

 ただ、清川会長も言うように、その形式とは必要な書類を議長に提出するだけの簡単なものだ。その書類も、わずかな事項を記すだけで出来上がるので、手間も時間もかからない。


「前回までの投票で、祇園は、まだ一票しか入っていない。仮に、次回で彼女が背いても、すぐに逆転されることはないだろう。私としては、その直後の休憩時間にでも書類を作って議長に渡せば、それで祇園の挑戦を退けられる」

「……余裕ですね」

「学園の頂点に立つ者としての余裕だな。……その余裕を、普青にも身につけてほしい。いや、余裕だけではなく……」


 言葉を切ると、清川会長は、先ほどのデジタルメモの画面を妹に見せる。


「……これは?」

「機枢高校生徒会長としての、心構えや、職務の処理方法、組織運営や外部交渉の技術……私が三年間で得た、知識と経験のすべてだ。……これを、会議の後、私が引退するときに遺す。普青が次期会長になったら、役立ててほしい」

「さて……私は、生徒会長になれるでしょうか」


 まるで人ごとのように、冷めた口調で普青は言った。

 そうした妹の態度に、一瞬、清川会長は鋭い視線を向ける。

 ……だが、直後に口から発した言葉は穏やかなものだった。


「なれるさ。お前は生徒会長になる。私が、お前を生徒会長にしてみせる」

「…………」

「あと一票だ。それで、過半数を取って、会議を制することができる。もっとも……その一票が取れずに、昨日は何度も投票することになったわけだが」


 苦笑する清川会長だが、それでも彼女は、会議における最終的な勝利を確信しているようだった。


「その一票を得るための策。おそらくは、昨晩の内に、那珂川たちで話し合っているのだろう?」

「ええ。東田会計の提案ですが……」


 生徒会役員たちの話し合いから生まれた、敵である小櫃総務委員長と協調する、という策。

 これの承認を清川会長から得ることが、そもそもの、普青に与えられた役割だった。


 その策に清川会長は、はじめ怪訝な顔をしたが、やがてそれを認めた。

 次期政権を担う普青と東田の両者がともに賛同している以上、その判断を尊重しようと思ったのだろう。

 ……それでも、慎重を期して、実行は次回投票の後とされた。


 次回――第四回投票は、おそらく、昨日と同じ結果に終わるだろう。

 会議が大きく動くとすれば、その後、第五回投票のときだ。

 それが、清川会長たちの陣営において共通する認識となっていた。


 そして、その認識の空隙――清川会長たちが重視しない第四回投票。

 そこに、祇園の勝機があるはずだった。





 次回


 第32話

 総務委員長の依頼

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