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第2話 開会




 会議場となる枢要館は、地上二階、地下一階の鉄骨鉄筋コンクリート構造。

 地下には資料室があり、予算書や議事録などが保管されているが、今回の会議ではおそらく使用されないだろう。

 一階は、その大部分を会議室や食堂、大浴場といった共同のスペースが占めている。会議出席者が泊まるための個室は、二階にあった。


 枢要館に入ってから、まず、祇園と俵田は二階へ上がり、それぞれ割り当てられた個室に重い荷物を置いた。

 そのまま俵田は自室で待機。

 側用部部長の祇園は会議の前に打ち合わせをするため、生徒会のもとへ向かった。

 そこから一時間ほど、俵田は暇を持て余すことになったが、やがて、祇園が帰ってきた。その後は二人で、一階の第一会議室という枢要館で最も大きな部屋に向かう。

 この第一会議室で、生徒会長選出会議がおこなわれるのだ。


 祇園と俵田が入室したとき、第一会議室の壁時計は十時三十分を回ったところだった。

 壁時計の下、部屋の中央を占める円卓には、十二個の席がある。そのほとんどは、まだ空席だったが、一つだけ女子生徒が座っていた。

 その女子生徒は祇園に気づくと、明るい笑みを弾けさせる。


「あっ、祇園ちゃん!」

「おはよう、望陀。お前が一番乗りか」


 祇園の答える声は、清川会長や俵田に対するときと、明らかに質の異なるものだった。

 その声を向けられた女子生徒は、風紀委員長の望陀布美(もうだふみ)だ。

 彼女は祇園と同じ二年生。また、二人は中学校からの友人関係にある。


 望陀の外見は、やや奇抜なものだった。

 彼女は、学園の風紀を正すべき立場にあるのに、ショートカットの黒髪を額の一房だけ赤く染めてしまっている。

 もっとも、これは校則違反ではない。機枢高校の校則は、生徒の外見を厳しく拘束するものではないのだ。

 しかし、その反面、生徒会による体制を維持するための規則は数多く、厳格なものだった。

 こうした機枢高校の特異な校則を司る風紀委員長は、言うなれば、生徒会体制の盾であり、剣であった。

 望陀は、祇園のような数少ない友人には気安く接する、明るい性格の少女だ。しかし、校則に背き、生徒会に逆らう者に対するとき、彼女は冷酷な「恐怖の風紀委員長」に変貌する。

 望陀が率いる風紀委員会の過酷な取り締まりによって、自由を奪われた生徒は数知れない。

 その容赦のなさから、

「望陀委員長の赤髪は、校則違反者の血によって染められたものだ」

 とまで、ささやかれている。

 無論、事実のはずもないが、このような暗い冗談が密かに流行するほど、彼女は怖れられていた。

 その赤黒二色の髪の風紀委員長は、校則違反者には決して見せない明るい笑顔で、白銀髪の友人に語りかける。


「待ってましたよー。生徒会長選出会議だからって意気込んで行ったら、誰も来てないんですもの。今まで、ずーっと寂しかったんですからー」

「何時に来た?」

「八時半」

「馬鹿。会議は十一時からなのに、なんで二時間三十分も前から会場入りしてるんだよ」

「だって、生徒会長選出会議ですよ? 我らが機枢高校の未来を決める会議ですよ? とっても興奮するじゃないですか」

「全くしないね」


 冷たく切り捨てるような祇園の言葉にも、望陀は笑みを崩さない。


「冷めてますねー。祇園ちゃんは、去年の会議にも出席したようですけど、楽しくなかったんですか?」

「楽しいわけないだろう。あんな会議……丸二日間、この枢要館に閉じ込められて、引き抜き合戦と儀式じみた投票を延々と繰り返すだけ。私の人生で、あのとき以上に長い二日間はなかったよ。本当に、うんざりするほど……」


 そこまで捲し立てると、急に祇園は口をつぐんだ。会議のおこなわれる場で、出席者がそれを批判するようなことは、慎むべきだと思ったのだ。

 まして、彼女は側用部部長――生徒会長に仕える身だ。自身の言動には気を配らなければならない。


「少し、不謹慎なことを言ってしまった。見逃してくれないか、風紀委員長」

「えー? どうしましょっかなー」

「おい」

「冗談ですって。問題ありませんよ。今ここにいるのは、私と祇園ちゃんたち側用部、三人だけなんですし。それに、この会議では、自由な発言が認められていますしねー……一応は」


 そう言った直後、はっと、なにかを思い出したような顔になった。望陀は話題を転じる。


「そういえば、祇園ちゃん。前に貸した、あの本。もう読みました?」

「……あれか。いや、まだ、始めの十ページくらいで止まっている。面白そうなんだけどね。なかなか、読む暇がなくて」

「そうですか。まあ、読み終わったら教えてください。祇園ちゃんの感想が聞きたいですから」

「分かった、分かった。一応、今日も持ってきたから、会議の休憩時間にでも……いや、今回は休憩なしで、すぐに閉会してしまうか」

「ふふっ、そうかもしれませんねー」


 望陀は笑って答える。だが、なごやかな会話は、そこまでだった。

 明るい笑顔を含みのある微笑に切り換えて、望陀は友人に尋ねる。


「で、その選出会議ですが、祇園ちゃんは誰が勝つと思いますか?」


 望陀の変化を見て取ると、祇園もそれに合わせて、沈着な声で答える。


「決まっている。清川普青(きよかわふあお)だろう」

「……ですよねー。誰も、清川会長の意向には逆らえませんから」


 清川普青。

 現生徒会長の妹で、自身も生徒会書記として学園の中枢に身を置いている。まだ一年生の彼女だが、次期生徒会長の最有力候補者と目されていた。

 ただ、これは彼女の資質や人格が評価されてのことではない。彼女の姉――学園の統治者である清川会長の力によるものだった。


「……ですが、姉妹間の権力継承――世襲なんて、機枢高校の歴史に例がありましたかね」

「さあな。でも、いいんじゃないの。清川会長は、学園の偉大な統治者だった。あの人の政策が妹に受け継がれるなら、機枢高校も安泰だろう」


 そう語った祇園だが、彼女の顔には一瞬だけ、微かな陰がよぎった。その友人の複雑な表情を観察するように、望陀は無言で視線を投げかける。

 沈黙。

 二人の間に、数秒ほど微妙な空気が流れた。


「…………」

「…………」

「あの……」


 沈黙を破ったのは、今まで静かに話を聞いていた二人の後輩――俵田宮一だった。


「ちょっといいですか、先輩たち」

「ん? なにかな、俵田くん」


 祇園は、望陀と話していたときの態度を優しげなものに切り替えて、後輩に耳を傾けた。

 慎重に言葉を選ぶような口調で、俵田は話し始める。


「その……清川普青が次の生徒会長になるってことですが、僕には、あまり信じられないというか……」

「たしか、俵田くんは、清川普青と同じクラスだったよね。同級生の君から見て、彼女は次期会長にふさわしくない、と思うの?」

「そう……ですね。教室での清川普青を見ていると、彼女が生徒会長になってる姿っていうのは、ちょっと想像しにくいです。彼女、おとなしい性格っていうか……口数が少なくて、仲良く話す相手もいないみたいで……いつも一人なんですよね。みんなの上に立つリーダーには、あまり向いてないんじゃないかと」

「……へえ」


 俵田の話を聞き終えると、祇園は、どこか含みのある言葉を漏らした。


「俵田くんは、清川普青のことを、よく見ているんだね……」

「あれですかねー祇園ちゃん。もしかしたら俵田君は、清川普青のことが気になっているのかもしれませんよ。ほら、彼女って、姉に似て美人ですから」


 望陀の無責任な発言は、俵田にとって思いがけないものだったようだ。彼は慌てて否定する。


「いやいやいや! ち、違いますよ、違いますからねっ。僕はただ、教室でいつも一人の清川普青を見てて、寂しそうだな、と思っただけで……」

「あーそれは、あれですよ。始まっちゃってますよ。『ひとりぼっちの寂しげな女の子を見て、側にいてあげたいと思ってしまう』から始まる、恋の黄金パターンってやつですよー」

「な、なんですか、それ。知りませんよ、もう……。祇園先輩も、望陀先輩に言ってあげてください」


 俵田が助けを求めると、祇園は溜め息まじりの声で友人を制止する。


「望陀、そのくらいにしておけ。俵田くんが困ってる」


 そして、祇園は話題を元に戻した。


「で……俵田くんは、清川普青が次の生徒会長としてやっていけるのか、ということを疑問に思っているみたいだけど」

「それは、まー、ほとんど問題ないでしょうね」


 上級生二人の見解は、俵田のものと異なった。


「結局のところ、清川普青は偉大な姉の複製品(レプリカ)なんだろう。彼女自身の能力とか人格といったものは関係ない。生徒会長になっても、姉の指示を仰ぎ、そのとおりに動くだけでいいんだから」

「清川会長は、自分の妹を次期生徒会長に仕立てることで、卒業後も学園に影響力を残すつもりなんでしょうねー。まったく、権力欲というものは、なかなかに……」


 そこまで言うと、祇園と望陀は急に口をつぐみ、周囲を見まわした。

 今の側用部部長と風紀委員長の発言は、決して他人に聞かせることのできない、危険なものだったのだ。

 幸い、第一会議室には、三人の他にまだ誰も来ていなかったが……。

 それでも自重して、望陀は話題を移す。


「次期生徒会長は清川普青で確定だとして……あとは、彼女が何票とるか、ですが。どうでしょう、ひとつ賭けてみません? 一万cbdで」


 瞳を悪戯っぽく光らせて、望陀は持ちかけた。

“cbd”とは、機枢高校内部で流通するポイントの単位だ。学園内では、本物の通貨のように使われている。

 その学内ポイントで、一万cbdとは……。


「高いな!? 側用部部長の給与一ヵ月分もふっかけてきやがって」

「風紀委員長の月給の五分の一ですねー」

「高給取りがマウント取ってくるなよ……!」


 苦々しく文句をつけた祇園だが、すぐに落ち着いて、素気なく告げる。


「まあ、どうせ賭けにならない。清川普青が何票とるかなんて……全十票のうち、七票に決まっている」

「自信ありげですねー。その根拠は?」

「投票する人間が分かりきっているから。生徒会の三票。風紀委員長のお前と、文化委員長の雨城(うじょう)。それと……私たち側用部の二票。合わせて七票。過半数を取って終わりだ」


 祇園と俵田の側用部は、生徒会長直属の組織であり、清川会長の意向に逆らうことはできない――もっとも、祇園には逆らう気もなかったが。

 彼女が挙げた側用部以外の者たちも、それぞれの立場と理由によって、清川姉妹の政権継承に協力するだろう。


「やる前から結果の知れている、単純な会議だよ。最初の投票で片がつくだろう。……ま、昼までには帰りたいね」


 期待を込めて、祇園は断言する。

 その期待が否定されたのは、次の瞬間だった。


「そう簡単にはいかないでしょう」


 その言葉は、祇園、俵田、望陀の誰からも発せられたものではなかった。驚きつつ、三人は慌てて声の飛んできた方角を見る。


 会議室の扉の前に、長身の男子生徒が立っていた。


「選出監理委員長……」


 そう男子生徒を呼ぶと、祇園は一礼した。俵田と望陀もそれに続く。


「ああ、ああ、そう畏まらないでください。今日の会議の主役は、貴方(あなた)たちなのですから……」


 選出監理委員長・亀山煉護(かめやまれんご)は穏やかに、後輩たちの礼に応じた。

 淡い褐色の頭髪と彫りの深い顔立ちをもつ長身の彼は、三年生だが、後輩に対しても丁重な言葉を使う。その言動は慎み深く、彼の容姿と相まって、まるで異国の聖職者のような印象を与えるのだった。

 しかし、「聖職者」亀山は唐突に態度を改め、強い口調で語りだした。


「……ただ、先ほどの側用部長の言うことは、聞き逃せませんね。生徒会長選出会議は、そう単純なものではありませんよ。この会議は、機枢高校の創立以来百年近く、学園の統治者たる生徒会長を選び出してきたのですが、その長い歴史の中でも、最初の投票で決着したことは、たった四回しかないのです。最も古い記録は……」

「わ、分かりました、分かりました。会議が時間のかかるものだということは、よく分かりましたからっ」


 亀山の勢いに鼻白むと、祇園は慌てて理解を示し、彼の言葉を抑えた。

 普段はおとなしい亀山だが、歴史ある会議に思い入れがあるようで、その講釈となると途端に長広舌を振るう癖があったのだ。

 まして今回は、会議を軽視した祇園への説教にまで発展しかねなかった。その前に打ち切るのが、賢明な対処だろう。


「……貴方たちは、私と違って、貴重な投票権を持っているのです。どうか、会議を軽んじることのないように」


 なかば祈るように言い聞かせると、亀山は円卓の自席に着いた。

 彼も生徒会長選出会議に出席するのだが、次期会長を選ぶ投票に加わることはない。

 選出監理委員会の仕事は、会議が円滑に進行するよう、そのすべてを監督し、管理することだ。

 なかでも委員長は、投開票をおこない、その結果が公正なものであることを保証し、さらにそれを外部へ公表するという責任の重い職務を担う。よって、彼自身は中立でなければならないのだ。

 なお、同様の理由によって、会議を主宰する生徒会議長もまた、投票権を有していない。


「……じゃあ、望陀」

「仕方ないですよねー。まあ、また今度にでも」


 小声を交わしあって、祇園は望陀と別れた。さすがに、選出監理委員長の前で先ほどのような話を続けられる勇気は、祇園たちになかったのだ。


 祇園は俵田を連れ、側用部に割り当てられた、扉近くの席に座った。

 つまらなそうに壁時計を見上げると、その針が示す時刻と自身の腕時計に、ずれがないことを確認する。

 この時、十時四十五分だった。

 開会時刻の十一時まで、あと十五分。そのころから、第一会議室には続々と出席者が姿を現した。


 まず、文化委員長の雨城楊子(うじょうようこ)という二年生の女子が入室。彼女は、清川会長陣営の一員なので、会議では祇園たちの味方ということになる。

 それから少し経った後に入ってきた一団は、総務委員長、体育委員長、保健委員長の三人だった。彼らは、清川会長に対抗しようとする、校内で数少ない勢力だ。今回の選出会議でも、清川普青には投票せず、彼らの筆頭格である総務委員長を推すつもりらしい。


 そして、十時五十六分、ついに生徒会役員一同が姿を現した。

 役員を引き連れているのは、当然、清川会長だ。

 艶やかな黒い髪、青みがかった瞳の美しい生徒会長。秀麗な顔立ちは、一年間の会長任期を経て、さらに風格を帯びている。

 英雄の風格。この機枢高校の中においては、間違いなく、彼女は校史に名を刻む偉人だった。

 その清川会長を先頭に、議長と会計が続き、最後に書記の清川普青がいる。

 彼女たち生徒会役員は、既に他の出席者が揃っている中を悠然と歩き、円卓の奥の四席にそれぞれ着いた。


「……これで、全員が揃ったんですよね」


 俵田のささやき声に、祇園は無言の頷きで答える。

 第一会議室の円卓十二席は、今、すべてがその主を得たのだった。


 生徒会長

 生徒会議長

 生徒会会計

 生徒会書記

 総務委員長

 風紀委員長

 文化委員長

 体育委員長

 保健委員長

 選出監理委員長

 側用部部長――祇園

 側用部部員――俵田


 以上の十二人によって、生徒会長選出会議はおこなわれる。

 アーサー王と騎士たちの伝説以来、円卓の中では身分による席順の違いはない。だが、地位や役職を示すために、あえて上座と下座が決められる場合もある。

 この円卓では、会議室の扉に最も近い席を下座としていた。そこには、十二人の中でいちばん地位の低い「側用部の平部員」俵田が座らされている。


 俵田から円卓を挟んで対面に座るのが、生徒会議長・那珂川涸太郎(なかがわこたろう)だ。

 三年生の那珂川は、本来なら、多くの女子から思いを寄せられそうなほどの美男子だった。

 しかし、いつも眉間に皺を寄せて険しい目つきをしているのが災いして、近寄りがたい人物と思われてしまっている。

 その那珂川は議長として、選出会議の主宰・進行役を務めるため、投票権を有していない。会議において中立であることを求められる役職なのだ。

 だが、今回、それは建前だけのことらしい。

 那珂川議長は、これまで生徒会のナンバー2として清川会長を補佐し続けてきた人物なので、この会議でも可能な限り会長の意に添うように動くだろう。このことも、清川普青を最有力候補にする理由の一つなのだった。


 那珂川議長は、壁時計に視線を向ける。ちょうど、開会時刻の十一時を回ったところだった。

 それを確認すると、冷たく響く低い声を出席者一同に発した。


「ではこれより、生徒会長選出会議を開会する」



 こうして、今年の生徒会長選出会議は、その幕を開けた。





 次回


 第3話

 生徒会長・清川総璃愛

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