第19話 はっきり言ってね、異常だと思うよ、この学園は
「……他に、気になったことはないかな? べつに、『白票の人物』のことじゃなくても」
尋ねた祇園に、俵田は、少し躊躇してから答える。
「会議の投票結果とは関係ないんですけど、じつは、気になることっていうか……分からないことがあって」
「分からないこと?」
「はい……どうして、みんな、生徒会長になりたがるのか」
俵田の放った疑問を受けて、祇園は、急に口をつぐんだ。
「…………」
黙ったままの祇園に、俵田は問いを続ける。
「機枢高校の生徒会長が名誉ある役職だってことは、僕にも分かります。でも、同じくらい、大変な仕事だと思うんですよね。なのに、どうして、みんな生徒会長になろうとするんでしょうか」
「…………」
沈黙の後に、祇園は口を開く。
「生徒会長になるメリットは多いよ。一つには……卒業した後、系列の大学にそのまま内部入学できるってのがあるよね。機枢大学は私立の中じゃ難関の方だけど、附属の機枢高校で公職に就いていた生徒は、推薦で入れるし、学費も減額される」
「学費も安くなるんですか」
「うん。……まあ、これは、他の生徒会役員や委員長も同じなんだけど。学費が全額免除になるのは、生徒会長だけだったかな」
淡々とした口調のまま、祇園は続けて説明する。
「あとは、“cbd”」
「cbd……学内ポイントですか」
「そう。購買でなにか買ったり、食堂で学食を頼んだり、校内のコピー機でレポートを印刷したり、空き教室とプロジェクターとスピーカーを借りて『マッドマッ○ス』の爆音上映をするのだって、ポイントがなくっちゃ……」
祇園は一度、にやりと冗談めかした笑みをつくった。
だが、すぐにその表情を収めてしまう。
「ふつう、学園の生徒には一ヵ月で二万cbdが支給されるけど、生徒会長はそれに加えて、月に二十万も給与がもらえる」
「二十万!?」
「そう。二十万cbdなんて……それだけあれば、この学園でなんでもできるよ。億万長者や石油王みたいなもんだ。……だから、清川会長は違うけど、過去にはcbdポイント目当てで生徒会長になろうとした人間もいたみたいだね」
「なるほど……生徒会長になるのって、けっこう即物的な理由なんですね」
「まあ、生徒会長の激務に釣り合うだけのメリットだとは思うよ」
そこまで言うと、祇園は唐突に、雰囲気を変えた。
眉を寄せて、不愉快というような表情になる。
表面上こそ落ち着いているが、鋭い冷気をこめた口調で、祇園は語りだす。
「しかし……昔から今まで、多くの人間が生徒会長を目指すいちばんの理由は、やっぱり、権力だよ」
「権力……ですか」
「ああ。この学園を思いどおりに支配できる力。それを、みんな欲しいんだろうよ……!」
思わず、祇園の口調は強くなった。
「どうして、みんな、生徒会長になりたがるのか」という俵田が放った疑問は、今まで祇園が心に押し込んでいた、ある思いを刺激したのだ。
「機枢高校の生徒は、権力を求め、権力を振るい、そして権力に支配される。百年以上前の雨城子爵による創立以来の校風だ。その校風に、みんな染まってしまっている」
祇園は、断言する。
「言葉づかいにしたってそうだ。とても、高校生とは思えないぐらい堅苦しい」
心の堤防に穴が開いたように、祇園の口からは、思いが溢れ出す。
「はっきり言ってね、異常だと思うよ、この学園は。入学したとき、私は、明らかにおかしいと思ったよ。それで……中学で生徒会長をしていた私が、この高校でも会長になって、変えてみせると思った。この学園を変えてやるって決意したんだ」
「そう……だったんですか」
俵田に頷くと、祇園の顔には、自嘲の表情が浮かぶ。
「それなのに、今の私は側用部の部長。生徒会長にこき使われる身だ。皮肉な話じゃないか。たしかに、清川会長は尊敬しているし、私も現状に満足してしまっているけど……だからこそ、私は終わっているんだろう……」
「そんな……先輩は……」
「いや、俵田くん。『終わって』いる私のことはいいんだ。私と違って、君には未来がある。この異常な機枢高校で、これから二年以上、学園生活を送るという未来が……」
祇園は、まっすぐ俵田を見つめて、言葉を放つ。
「はじめに君は言ったね。『どうして、みんな、生徒会長になりたがるのか』って。そうした疑問を抱くってことは、やっぱり、君はまだ、この機枢高校の校風に染まりきってないんだろう。それは、とても貴重なことだから……できるかぎり、その思いは大切にしたほうがいい」
「…………」
俵田は、沈黙する。
祇園から告げられたことを、真剣に受け止めようとしているのだろう。
やがて彼は、恐る恐る口を開いた。
「それじゃあ、先輩は……祇園先輩も、この機枢高校の校風に染まってなんかない、ですよね?」
慎重に確かめるような問いに、祇園は、少し迷ってから答える。
「染まりたくはない、と思ってはいるんだけどね……」
それは、苦い答えだった。
しばらく、沈黙が続いた。
二人の間の空気は、暗く、沈んだものになってしまっている。
やがて冷静になった祇園は、あまりに思いを赤裸々に語ってしまったと反省した。
そして、食事時に重い話だけをすることもない、と軽い口調で話題を切り替える。
「そういえば、さっき、東田会計の話が出たよね。あれで思い出したんだけど……俵田くんは知っているかな?」
「なんですか」
「東田と、議長の那珂川先輩が、付き合ってるってこと」
衝撃的な発言だった。
俵田は、驚きの目で祇園を見かえす。
一年生の彼でも、生徒会議長・那珂川涸太郎がその険しい眼光に表われるように厳格な性格をしていることは知っているだろう。
その那珂川が、こともあろうに同じ生徒会の後輩と交際するとは……。
「信じられないって顔だね」
「いや……あの那珂川先輩が、ですか?」
「あの那珂川先輩が、だよ」
「……あれですか。まさか、第二新聞部の記事じゃないですよね? あれって、ほとんどゴシップ紙みたいなものじゃないですか」
「違うよ。当の東田から聞かされたんだ。告白が成功したって嬉しそうにね。つい一ヵ月くらい前だ」
「じゃあ、やっぱり本当の話ですか。……でも、東田先輩から告白したんですね。たしかに、那珂川先輩の方からってのは想像できませんけど……」
そう話しながら、祇園と俵田は、話題の人物たちを視線で探す。
ちょうど、那珂川は食事を終えたようで、空の弁当箱とペットボトルを手に席から立ったところだった。すると、彼を追うように、隣に座っていた東田も立ち上がる。
並んで歩く二人の姿で、なによりも特徴的なのは、彼らの身長差だろう。
那珂川の身長は同世代の平均より高く、東田のそれは、中学生よりも年下に見える……。
「なんていうか……『事案発生!』っていう感じの光景だよね」
「祇園先輩。その表現は、あんまりに……」
眉を寄せた俵田に、祇園は苦笑する。
その笑みが、突如として強ばったものに変わったのは、次の瞬間だった。
「……なにか用か?」
祇園は、いつのまにかテーブルの側に来ていた人物に、冷たく問う。
その人物は、祇園の友人だった。
「いやだなー、祇園ちゃん。こわい、こわい。声が怖いですよー」
いつもの明るい笑顔を浮かべて、望陀風紀委員長は祇園に答えた。
「怖くさせたのは、誰だと思っている」
詰りながら、祇園は心の底から迷惑そうな表情をつくった。
事実、祇園は迷惑している。
清川会長を裏切り、祇園に票を投じ続けている望陀と表だって話しては、会長から疑われてしまうのだ。
そうした祇園の心情を、望陀も汲み取ったらしい。
「ま、後ほど……ゆっくりと、ね。互いの思うところを語り合うとしましょうよ」
小声で告げると、望陀は、すぐに立ち去ってしまった。
その後ろ姿を睨むように見送ってから、祇園は大きな溜め息をつく。
「はあ……まったく」
「……その、お疲れ様です」
「ん? ふふ……ありがとう」
俵田が気遣うように声を掛けると、祇園は、少し硬めの微笑で答えた。
その後、数瞬ほど考えを巡らせてから、彼女は俵田に向かって言う。
「俵田くん。悪いんだけど、この後、空いているかな」
「え? ええ、暇ですよ」
翌日まで、会議の再開はない。俵田にかぎらずとも、この枢要館からも外出できない以上、夕食の後は入浴ぐらいしかすることはなかっただろう。
祇園は、自身の腕時計を一瞥してから、俵田に頼む。
「一時間後……今が十七時四十分だから、十八時四十分。ああ、いや、やっぱり十九時に、私の部屋に来てほしいんだけど」
「先輩の部屋に……ですか?」
「うん。たぶん、この後、望陀と話をすることになる。あまり、楽しくない話になると思うけど……そのことで、また君に相談したいんだ」
「……分かりました。では、十九時ちょうどに、先輩の部屋に伺います」
了解した俵田に、祇園は再び微笑みながら、礼を言う。
「……ありがとう」
しかし、既に彼女の思考は、目前の俵田ではなく、これから対峙するだろう友人の方へ向いていたのだった。
次回
第20話
友人との対話




