第18話 夕食にて――超然とした矜持
「私は、生徒会会計の東田ひよこが怪しいと思う」
「あの、ちっちゃい先輩ですか?」
俵田の率直な評に、祇園は軽く失笑した。
「ふふっ、たしかに、東田は高校生に見えないくらい小柄だけどね。彼女の機枢高校における存在は、大きなものだよ。あの外見からは、とても想像できないほどに」
生徒会会計として機枢高校の財布の紐を握る東田は、清川政権の幹部というだけでなく、学園全体を運営するうえでも欠くことができない存在だった。
「たとえば、小櫃総務委員長たち。清川政権に反感を抱く彼らだが、直接的な手段で抵抗することはなかった。それは何故かというと、東田が生徒会会計として、委員会の予算承認の権利を押さえていたからなんだ」
「おお」
「予算が下りなければ、委員会も活動することはできない。だから、彼女には、小櫃たちも渋々と従うしかなかったんだね」
先ほど、清川会長は祇園を「委員長たちを統率する力がある」と評した。
だが、祇園としては、その評価は東田の方にこそふさわしい、と思う。
あくまでも会長の意向の範囲内だが、東田は、時に厳しく予算案を審査し、時には委員長たちの要求を部分的に叶えながら、機枢高校の財政を動かしてきたのだ。
そのバランス感覚と手腕は巧みなもので、委員長たちは、ただ彼女にコントロールされるしかなかった。
「なるほど……じつは、僕は今まで、生徒会と委員長たちが対立しあう機枢高校が、どうして滞りなく運営できていたのか不思議に思っていたんです。でも、今、分かりました。東田会計の働きが大きかったんですね」
何度も頷きながら、俵田は感心した。
彼が言うように、機枢高校が運営されるには、東田の働きが欠かせないものだったろう。
しかし、彼女の存在だけでは決してない、と祇園は思う。
小櫃総務委員長たちがその気になれば、委員会全体の業務をサボタージュすることで、一般生徒たちの学園生活に支障をきたすこともできた。
そうなれば、生徒たちの不満は、小櫃たちだけでなく委員長を統率する責任がある清川会長にも向かい、政権を揺るがしかねない事態となっただろう。
しかし、そのような事態は、ついに起きなかった。
小櫃総務委員長も、下郡保健委員長も、一般生徒を巻き添えにした抵抗手段を決して用いなかったのだ。
彼らには、権力闘争に一般生徒を巻きこまず、自分たちの中だけで完結させる――という超然とした矜持のようなものがあったらしい。
そして、その矜持は、小櫃たちだけのものというわけではなく、清川会長たちも持っているのだろう。
――まったく、誇り高い人たちだ。彼らは超然とした矜持をもって、機枢高校の上に立つ……。
多分に皮肉を込めて、祇園は胸中に吐き捨てた。
祇園としては、その「超然とした矜持」は、彼らの傲慢のように感じている。
――壁の中にいる自分たちだけで権力を独占し、一般生徒をいつまでも支配と管理の対象に留め置こうとする尊大な意識と、どこが違うというのか!
「……せんぱい? 祇園先輩?」
「うん? ああ……」
黙考のうちに何処かへ飛翔しかけた祇園の精神は、俵田の声によって、呼び戻された。
「どうかなさいましたか? なにか、険しい顔つきになって考えてらしたので……」
「いや、なんでもないよ……たぶん、下らないことだから」
苦笑した祇園を眺めながら、俵田は、話題を元に戻す。
「祇園先輩は、東田会計が『白票の人物』だと思いますか」
「うーん。やっぱり、根拠がないよね。それに、東田が白票を投じる動機も見当たらない。……ただ、東田には、望みさえすれば生徒会長が務まるほどの実力がある、と私は思う。だから、彼女が野心と謀反気を抱いて、なんらかの策を巡らせた結果が、あの白票――ということもあるんじゃないかと……」
そこまで述べて、祇園の考えは行き詰ってしまった。
「……駄目だ。やっぱり、飛躍しすぎだな、これは」
「東田会計でもなさそうですか」
「うん……。結局は、『白票の人物』が誰か、分からないままか」
「仕方ないですよ。判断できるだけの情報が少なすぎますから」
「そうだね……」
頷くと、祇園はペットボトルを手に取り、行き詰った思考を緑茶とともに飲み込んだ。
次回
第19話
はっきり言ってね、異常だと思うよ、この学園は




