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第12話 側用部の新たな仕事




「会長、すみません。あなたにお伝えしなければならないことがあります」


 十四時十三分、第二会議室。

 清川会長と生徒会役員たちを前に語る祇園の表情は、疲労と苦悩と自責とが混ぜ合わさった、沈痛そのものだった。


「……聞こうか」


 祇園の表情を冷ややかに眺めてから、清川会長は、万物を凍らせそうな口調で問う。

 ――事実、祇園は凍結してしまった。

 凍りついたように動かない、自身の精神と声帯を全霊の努力でふるわせて、ようやく祇園は言葉を発す。


「第一回と先ほどの投票で、私に入れた人間は……望陀風紀委員長です」


 その報告を聞いた清川会長は、表情を微動だにしなかった。冷たく祇園を刺す視線は、彼女の心の中まで見通すようだ。

 いや、既に、前回の報告で祇園が嘘をついたことを、清川会長の慧眼は見抜いているに違いない。

 清川会長から何と叱責されるか。彼女が口を開くことを待ちながら、祇園は恐怖に耐えた。


 その中で、正直に報告しないで黙ったままでいた方が良かったのでは、という後悔も浮かぶ。

 しかし、やはり、清川会長に不義理をはたらき続けるわけにはいかない。

 それは、祇園の内にある責任感と、清川会長を敬愛する思いが許さないことだった。


 祇園にとっては無限にも続くように感じられた、長い沈黙。

 しばらくたって、ようやく清川会長は口を開いた。


「祇園。その報告が遅れた理由は、聞かないでおいてあげよう。せめて、これからの働きで、失った信頼を回復できるよう努めるといい」


 その言葉は、鞭のように祇園を打った。しかし、彼女の命脈を断つものではなかった。

 安堵の息が漏れるのを抑えながら、祇園は、ただ頭を下げた。


「では、これからについて話すとしようか」


 清川会長は、その表情を、いつもの余裕ある微笑へ切り替える。

 しかし、次に彼女が口にした言葉は、先ほど以上の冷気をともなうものだった。


「望陀風紀委員長、雨城文化委員長。この二名を切り捨てる。裏切り者に二度目の寛容はない」

「お、お待ちください。雨城委員長も、ですか?」

「祇園。先ほどの投票も、第一回と同じ結果に終わった。それは、離反した雨城たちが私の下に復帰しなかった、ということだろう。違うか?」

「お言葉ですが、雨城委員長は『第一回投票から離反していない』と言っています。私も、彼女が嘘をついているようには見えませんでした」

「ほう。では、雨城でないなら、誰が離反したと考える?」

「…………」


 その問いに、祇園は答えることができなかった。口を閉ざした彼女に、清川会長は淡々と、自身の考えを語っていく。


「望陀が祇園に票を入れた人間だということは分かった。そうなると、残る裏切り者は、第一回から白票を続けている人物だが……この『白票の人物』が、雨城文化委員長だろう。彼女が私との軋轢から離反し、新たに自分を厚遇してくれる会長候補者を求めて、ひとまず中立の立場をとった――これなら、説明がつく」

「しかし……」

「いや、祇園。もう決めたことだ。雨城たちを排除して、これからは、平山の引き込みに専念する」

「平山体育委員長、ですか?」

「そう。彼女自身が指摘していたようだが、体育委員長を味方にするには、当然、これまでの文化委員会の優遇を改めなければならない。その点からいっても、やはり、雨城文化委員長は切り捨てるしかないだろう」


 冷然と、一抹の感情も見せず、清川会長は言いきった。


 ――やはり、この人に自分は遠く及ばない、と祇園は思う。


 目的のために、これまで忠実に働いてきた部下でさえも切り捨てる、その冷徹さは、機枢高校を統治する者にとって欠かせない資質だろう。

 そして、その資質を自分の内に見出すことが、どうしても祇園にはできないのだった。

 側用部部長・祇園渚卯子にできること――それは、生徒会長・清川総璃愛の下で、その覇道の歯車となること。それしかないのだろう。


「……平山体育委員長を引き込むには、どうしても考慮しなければならない条件がありますが」


 沈黙の後に祇園が発した言葉は、清川会長の翻意ではなく注意を促すのに止まるものだった。会長の決意を変えさせることを、祇園は諦めたのだ。


「条件……体育系部活動の廃部計画を撤回すること、だな。分かっている」


 頷くと、清川会長は、鋭く攻撃的な微笑をつくった。


「べつに、前回も、ただ出し惜しみしていたわけではない。このような条件は、安易に提示しない方が、相手を惹きつけることができるからな」

「……なるほど」

「現に、平山体育委員長は、自分から口に出して求めるほどに喰いついた。あとは、限界まで高まった彼女の欲求に応えてやれば……堕ちる」

「堕ちますか、あの平山委員長が」

「堕ちるとも。彼女個人の実直さや高潔さなんてものは、この際、関係ない。彼女は孤高の世捨て人ではなく、一組織の長なのだからな。その地位にともなう責任や、彼女に寄せられる信望からは、決して逃れることができない」


 そう冷淡に述べると、清川会長は改めて、祇園に告げる。


「では、祇園側用部長、君に命じる。体育委員会の予算増額、体育系部活動の廃部計画撤回――以上の条件をもって、体育委員長・平山雪家を我が陣営に迎え入れるように」

「……了解いたしました」


 短く答えて一礼し、祇園は第二会議室を退出する。

 こうして、彼女たち側用部には新たな仕事が与えられた。





「――そろそろ、来ると思っていた」


 引き締まった顔に、ほとんど感情を表さず、体育委員長・平山雪家は自室に祇園を迎えた。


「では、私が来た理由も、既に分かっているでしょう?」


 応じる祇園の表情も口調も、鎧をまとったような硬質のものだった。これに、平山は無言で頷き返す。

 沈黙が、そのまま続いた。


 窒息しそうな静寂の中で、祇園は、話を切り出せないでいる。

 平山に総務委員長陣営を裏切らせて、清川会長陣営へ引き込むことに、どうしても良心の抵抗を感じてしまうのだ。

 どこまでも冷徹になりきれない祇園だった。しかし、いつまでも黙ったままでいることはできない。

 清川会長は平山を、「地位にともなう責任から逃れられない」と言ったが、それは祇園も同じだろう。彼女にも、側用部部長としての責任と義務があるのだった。


 やがて、祇園は重い口を開き、責任と義務を果たそうとする。


「平山体育委員長。清川会長は、体育系部活動の廃部計画の撤回を認められた。あなたの委員会への予算増額も。この二つの条件で、会長に味方し、清川普青書記に投票してもらえませんか」


 まっすぐ平山を見つめ、確かな口調で、祇園は清川会長の意思を伝えた。

 それを受けた平山は、すぐに返答しなかった。


「…………」

「どうでしょうか、平山委員長」

「うん……そうか。清川会長は、条件を呑んでくれたか……」


 それだけ漏らすと、平山は、また無言になった。

 その心の内で、考え、悩む様が、祇園には感じられる。

 長い黙考の後、ようやく平山は口を開いた。


「会長が条件を認めてくれたことは、ありがたく思う。しかし……私には、やはり、清川普青に投票することは……」

「できない、と?」

「心の抵抗がある、といったところだ。これからの機枢高校を率いていく生徒会長に、自分の委員会の都合だけで、彼女を推してもいいのか……」


 第一回投票の前に、平山は小櫃総務委員長を次期会長候補として推薦した。

 そのとき、彼を「組織を運営する経験」がある人物として評価し、一方で、経験がない清川普青を生徒会長にふさわしくないとしている。

 つまり、平山は、清川普青に生徒会長としての資質を見出すことができないでいるのだ。

 仮に、清川普青が生徒会長にふさわしい才幹と実績の所有者だと明らかだったなら、平山もここまで悩まないだろう。

 いつもの颯爽とした平山らしくない逡巡は、それだけ、全校の統治者である生徒会長を選ぶのに彼女が真剣だったということの証だったろう。

 それでも、ようやく平山は決心したようで、祇園に向かい、その意思を告げる。


()()()()、清川普青に投票しよう」

「一度だけ?」

「そう。次の投票で、ただ一度。もし、清川普青が本当に生徒会長にふさわしい人物なら、その一度だけの好機も掴めるはずだ。逆に、好機を物にできないようなら、清川普青も、その程度の人物ということ。次期会長になることはできないだろう」

「つまり、清川普青の資質をはかる、と?」


 確かめるように祇園が問うと、平山は、微かな苦笑をつくって答える。


「……いや、こんなことで生徒会長としての資質をはかれるとは、流石に私も考えていないよ。これは、つまり……」


 語を切ると、平山は、表情をさらに苦いものにした。


「これは、つまり、私の逡巡に対する決着のつけ方、だな。……一度だけなら裏切りもいいだろう、一度だけなら清川普青を推すのもいいだろう、ということだ」

「…………」

「卑怯で臆病な振る舞いだとは自覚している。……笑ってくれてもかまわないよ」


 自嘲まじりに、平山は語った。

 しかし、彼女を嘲笑することなど、祇園には不可能だった。

 自身の気質、周囲からの信望、委員会への責任、委員会を越えた全校への責任……多くの要素が錯綜し、もつれ合った迷宮の中で、ようやく、平山が見つけた出口を否定するなど、祇園にはできなかった。


「……分かりました。では、次回の一度だけ、清川普青に投票してもらうということで」


 祇園は、平山の決意を認めた。

 これは、祇園が平山の苦悩を理解できたからだが、他方では、彼女の内に心理的な余裕があったことも大きいだろう。

 今までずっと、清川普青は五票を獲得している。これで平山の一票が加われば、過半数の六票となって、すぐに会議は決着するのだ。「一度だけ」の投票で、充分なはずだった。


「それでは、失礼します。このことを、すぐに会長へ報告しなければならないので」

「ああ、すまないが、最後に一つだけ聞いておきたいことがある。雨城文化委員長の件だが……」

「……あなたも、なかなかこだわりますね」


 退室しようとして呼び止められた祇園は、怪訝な顔を平山に向ける。


「前回も言いましたが、清川会長と雨城文化委員長の間の事情をあなたに話すことは、私の立場上できません」

「そう……だな」

「それとも……仮に、清川会長が雨城委員長を切り捨てたなら、先ほどのあなたの決意も揺らいでしまいますか?」

「いや、それはない」


 祇園を見据え、きっぱりと平山は断言した。既に、彼女の内から、その逡巡は消え失せたようだ。


「私に二言はない。次の投票では、必ず、清川普青に入れよう。だから……一つ、清川会長に伝えて欲しい」

「なんでしょうか」

「次の投票で決着したなら、以後、私は清川政権に忠誠を尽くす。そのときは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……と」

「……分かりました。清川会長に、お伝えします」


 答えた直後、祇園は気づいた。

 ――この応答は、清川会長が雨城文化委員長を排除したことを、暗に認めてしまうものではなかったか。

 だとすれば、今の会話は、その情報を引き出そうとする平山の計略だったのだろうか……。

 一瞬、祇園は平山を睨む。

 しかし、平山が口先の罠を用いたようには見えなかったし、そもそも、それは彼女の性格にふさわしくないことだろう。


 ――まあ、いいか。仮に清川会長が雨城委員長を排除したことを知られても、それは、平山体育委員長に、ほとんど関係ないことだろう。それで、次の投票に影響が出るでもないし……。


 そう心理を片付けると、祇園は平山の部屋を出ていった。





 次回


 第13話

 二人の遅刻者、そして、第三回投票

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