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第11話 風紀委員長の表情、そして、第二回投票




「ようこそ! 祇園ちゃん。狭い部屋ですけど、まー、ゆっくりしていってください」


 風紀委員長・望陀布美は、いつもの明るい笑顔で、友人を迎えた。

 対して、その友人は、常にない冷厳な表情で彼女を睨む。


「さっき、お前の部屋の前で、下郡に会った。あいつと何を話した?」

「あー、下郡ちゃんですか。べつに、大したことじゃないですよ。ちょっと下らない話をしただけです」

「雑談か。お前と下郡は、それほど親しくなかったはずだが」

「たしかに、彼女とは今まで、話をする機会もなかったんですが……しゃべってみると、けっこう気が合いましたねー。これから、いい友達になれるかもしれません」

「あの下郡と──か」


 望陀の返答を聞いても、祇園は、疑念を晴らす気になれなかった。かえって、いっそう、友人を疑ってしまう。

 不信な友人の態度と、その友人を信じきれない自身の心情と、双方に、祇園は苛立っていた。その苛立ちが、露骨に表情へあらわれてしまう。


「えっ、もしかして祇園ちゃん、私と下郡ちゃんとの仲を妬いちゃってます?」

「誰が妬くか」


 祇園の表情を誤解した望陀に、彼女は冷たく否定した。しかし、突き放すような否定の言葉にも、望陀の笑顔は変わらず、その「誤解」も揺るがない。


「心配しないでくださいよー。これまでも、これからも、私のいちばんの友だちは、祇園ちゃんだけですから」

「……どうだかな」

「本音ですってば。……中学の生徒会の時から、ずっと、あなたは私の親友でしたよ。()()()()


 懐かしそうに、過ぎ去った年月を取り戻そうとするように、望陀は祇園をそう呼んだ。

 祇園にとっては決して聞き逃せない言葉だったが、それに対して彼女が反応を示すよりも早く、望陀は続けて語りかける。


「あなたが生徒会長、私が副会長。ふたりで全校を率い、動かす。あの思い出は、中学校を卒業した後も、私の心に焼き付いていますよ。そう……今でもね」

「望陀……」


 望陀の言葉を聞きながら、祇園のなかでは、今まで渦まいていた疑念が確信へと固まっていく。


 そして、ついに祇園は、友人にその質問を放った。


「先の投票で、私に入れたのはお前だな?」

「はい。そのとおりですよ」


 満足げに、望陀は微笑んで言った。その答えは、しかし、祇園を満足させることはなかった。

 祇園は、望陀に否定して欲しかったのだ。清川会長を裏切り、自分に票を投じたなどという馬鹿げた疑念を、友人に笑いとばして欲しかった……。


「……なぜ、清川会長を裏切った?」

「あなたに、この機枢高校でも生徒会長になってもらうために」


 簡潔にして明瞭な回答だった。しかし、祇園は納得できず、また、納得する気もなかった。

 苛立ちが、急速に熱を帯びていくのを自覚する。


「馬鹿馬鹿しい。お前から冗談を聞いている時間はないんだ」

「だから、本音ですってば。いちばんの友だちが学園の頂点に立つ姿を見てみたい。これ以上に理由がいります?」

「…………」

「……まあ、祇園ちゃんを生徒会長に推す理由は、他にもありますが――」

「望陀! 私は生徒会長なんて……」


 祇園の、ついに爆発するかのような言葉は、しかし、制止された――彼女の忠実な部下の手によって。


「先輩、すみません。時間です」


 俵田が、心の底から申し訳なさそうに告げた。同時に、十三時二十五分を示す腕時計を、祇園に見せる。


「……分かった。ありがとう、俵田くん」


 苛立つ感情を自制しながら、表面上だけ穏やかに繕って礼を言うと、祇園は望陀に向きなおった。

 そして、鋭く、素早く、祇園は命じる。


「いいか? 望陀。次の投票では、きちんと清川普青に入れろ。会長も、先ほどの離反は許すと言っているんだから」

「さて、あの峻烈な清川会長が、一度でも背いた人間を許すとは、とても思えませんがね」

「望陀!」

「先輩! 時間が……!」


 背後からの、悲鳴に近い俵田の声を受けて、祇園は焦った。その焦慮のなかでも、祇園の思考は急速に回転し、ある計算を組み上げる。

 そして、一瞬の内に、自分でも呆れるほど姑息な一つの策を弾きだした。


「清川会長には……黙っている。お前が裏切っていなかったと伝える。それなら、お前も心配ないだろう」

「へぇー、会長に嘘をつくんですか。見上げた忠誠心ですねー」

「うるさい! 一度だけだ。次の投票で決着すれば、それで、清川会長の目的は達せられるんだ。問題ない……はずだ」

「じゃあ、次の投票でも変わらず私が祇園ちゃんに入れて、決着しなかったら?」

「そのときは……そのときは、清川会長に、お前の裏切りを報告する。そしたら、お前は終わりだ」

「…………」

「だから、望陀。お前は、私じゃなく清川普青に投票しろ。それで、すべてが収まるんだ」


 それは、命令の形をした懇願だった。これが拒まれれば、もう、祇園には打つ手がなくなる。

 清川会長の望みは叶わず、祇園への信頼は失墜し、望陀は裏切り者として処断されるだろう。

 数秒――限られた時間の中では万金に勝る数秒の後に、ようやく望陀は答えた。


「仕方ないですね。分かりました……()()()()()()()()


 その答えは、決して満足できるものではない。しかし、もう祇園に猶予はなかった。


「……頼む」


 それだけ言い残すと、祇園は俵田を連れ、慌ただしく退室した。

 このとき、背後で見送る友人がどのような表情を浮かべていたか――無論、祇園に見ることは叶わなかった。





 友人が、目の前から去る。

 白銀色のツインテールを揺らし、部屋のドアを慌ただしく押し開けて、出ていってしまった。

 再びドアが閉ざされたのと同時に、風紀委員長・望陀布美は、短い息を吐いた。


「ふぅ……やれやれ、困ったものですねー」


 あの様子だと、友人は酷く急いでいて、望陀が最後につくったその顔を見る余裕すらなかっただろう。


 望陀は、笑っていた。

 いつもの彼女が友人に向ける明るい笑顔とは、質の異なる微笑だ。


 その微笑のまま、彼女は懐から、一通の封筒を取り出す。生徒会長が極秘の連絡に使う黒いものではなく、ごく一般的な茶封筒だった。

 茶封筒の中の手紙には、次のような文が記されている。


「――ワタシは清川会長を裏切り、清川普青に投票しない。ワタシは会議の間、白票を投じ続けるだろう。ゆえに、会議は決着しない。ゆえに、風紀委員長の善処を望む」


 差出人の名前はない。正体不明の怪文書。

 その手紙が、会議の前に、望陀のもとへ届けられていたのだった。


「何度読んでも、嫌な手紙ですねー。気味が悪いし、他人を利用しようという魂胆が透けて見えて腹立たしい。いや……」


 独り言を途中で切ると、望陀は笑みを収めた。苦い表情になって、彼女は続ける。


「本当に腹立たしいのは、自分自身ですか。私は、こんな手紙によって、祇園ちゃんを……!」


 突然、望陀は手紙を引き裂いた。怒りを指先に込めて、「嫌な手紙」を散り散りに破って捨てる。

 普段は滅多に見せない、感情的な行動だった。

 それでも、望陀はすぐに、落ち着きを取り戻す。


「……まあ、この手紙はしょせん、単なるきっかけにすぎません。『白票の(ぬし)』の思惑なんて、知ったこっちゃないんですよ。むしろ、この機会を利用して、私は祇園ちゃんを生徒会長にしてやりましょう」


 それは、自身の決心を確かめるような口調だった。

 今までずっと、彼女は独り言の形をとって、己に言い聞かせてきたのだろう。

「私は、あくまでも自分の意志によって会議を戦い、望みをかなえるのだ」と。


 そして再び、望陀は微笑を浮かべる。

 満足の笑みではない。これから戦いに挑もうとする者の、不敵な笑いだった。





 十三時三十分。生徒会長選出会議は、予定どおりに再開した。

 祇園たち側用部は短い時間のなかで、なんとか清川会長に任務の結果を報告し、第一会議室に滑り込むことができたのだ。もっとも、その報告が嘘を含んだものだということは、側用部だけしか知らない秘密だったが……。


「……でも、よかったんですか? 望陀先輩の離反を、清川会長に黙っていて」


 俵田が、左隣りに座る祇園に尋ねた。

 当然、他の誰にも知られてはならないことなので、彼が発した問いも祇園だけに聞こえる最低限度の音量だった。その音量に合わせた声で、祇園は答える。


「仕方ないよ。ああするしかなかった……とは断言できないけど、あの時間じゃ、あれしか思いつかなかったんだ。いや……これも言い訳だな」


 祇園の口調には、疲れがにじむ。肉体ではなく、精神的な疲労だった。


「望陀の分からず屋め。私に生徒会長なんて無理なことを、なんで理解しない?」


 祇園は、小さな溜め息をつく。それは、先ほどの望陀に対する苛立ちの余熱を放出するようだった。


「それにしても……」


 祇園の溜め息を見た俵田が、つぶやくような声で言う。


「それにしても、祇園先輩が、あそこまで望陀先輩に怒ったのは意外でした」

「ん? 私だって怒るときがあるぐらい、君も知っていると思うけど。……ああ、いや、そうだね。君の目の前で、あそこまで声を荒げてしまったのは、はじめてかもしれない」


 素直に認めると、祇園は付け加える。


「まあ、望陀とは、元からけっこう遠慮なく言い合う仲だからね。それに、あのときは、いつも以上にあいつの馬鹿に腹が立ったし。でも……あいつが馬鹿をやって、会長に処罰されるのは、やっぱり嫌だからなあ」

「優しいですね、先輩。友だち思いで……」

「そうかな? まあ、あいつとは中学からの付き合いだからね……」


 その中学時代、たしかに望陀が言ったとおり、彼女は副会長で、祇園は生徒会長だった。

 それを、この機枢高校でも再現しようと望陀は考えたようだが……祇園としては、馬鹿げているとしか思えない。

 その馬鹿な考えを望陀が改めて、清川普青へ投票してくれるよう、祇園は祈るしかなかった。




 ……会議は進む。そして、また、投票の時を迎えた。


「では、選出監理委員長、お願いする」


 那珂川議長が言うと、亀山選出監理委員長は、いつもの手順で投票の準備をおこなう。

 やがて、滞りなく投票が終わり、開票作業も済んだ。

 その結果を選挙監理委員長から伝えられた那珂川議長は、前回と違って、動揺したような素振りを見せなかった。――少なくとも、表面上は。


「第二回投票の結果を発表する」


 議長が読み上げた、本日二度目の投票結果は、以下のとおりだ。


 清川普青・生徒会書記―――五票

 小櫃渉・総務委員長――――三票

 祇園渚卯子・側用部部長――一票

 白票―――――――――――一票



 それは、前回と全く同一の結果だった。

 望陀は、祇園に票を入れ続けている……。





 次回


 第12話

 側用部の新たな仕事

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