日帰り異世界ツーリング
昔、とある漫画で「俺にはこの銃しか無い、だから他に新しい良い銃があってもそれが何だ、俺にとってはこの銃が最高だ」と言うようなセ リフがあった。
俺にとってのこのバイクは、まさしくそれだろう。
国産市販車ではあるがいわゆる海外専売で逆輸入してきた代物だ。
量産品としては他に類を見ないフロントサスペンション、何しろフロントフォークがないのだ、このバイクには。
そんな奇矯な構造のバイクだが、発売から十年を待たずに生産を終了した。
いわゆる不人気車のレッテルを貼られてしまっているが、俺にとってはこれが最高のバイクだった。
だった、と言うのは。
こいつは俺を乗せて走っている時に、大事故で全損となってしまったのだ。
相手の不注意、信号無視による過失割合100対0の事故。
直進信号しか出ていないにも関わらず右折してきた対向車の横っ腹に突き刺さった俺達は、ものの見事に吹き飛んだ。
目覚めたのは、搬送先の病院で、だった。
幸い幾つかの骨折だけで命には別状はなく、二週間ほどで退院した俺は、松葉杖を使い懇意にしているバイクショップに足を運んだ。
事故現場から回収してくれていたバイクの様子を見るためだ。
いつもの整備担当の人は、開口一番こう俺に告げた。
「全損扱いになります」
車に直接ぶち当たったフロントのホイールは砕け、強固なフロントスイングアームとそれに繋がる強固なはずの異形のフレームは歪んでしまっていた。
素材がアルミだけに、修正は効かないとのことだった。
買い換える車両代金よりも修理費用のほうが高く付く場合、全損の扱いとなるらしい。
先にも言ったように新車はすでになく、不人気車故に流通している中古車は然程値がつかない、と言うよりほぼ中古車市場に出回っていない。
だがそれでも、俺はこのバイクを廃車にする事ができなかったのだ。
そして今、目の前には以前のまま……とは言えないが、真っ当に走れるまでに復活した俺のバイクがある!
まあ、以前のように高速道路を長時間巡航したりと言うのは、いじったのが俺だけに若干心許ないが。
自分で全部バラして修理に必要な部品を確認、メーカーに在庫として残されていたパーツを洗い出してもらった。
幸い傷つきやすい外装パーツカウリングやあらかたの重要保安部品類に関しては、なんとか揃えることが出来たのだが、問題はフレームとフロントスイングアームである。
これの在庫は当然のごとく存在しなかった。
俺は仕方なく、その両方をワンオフで作ることに決めた。
会社の伝手を使い、金属加工業者に一品物として製造をお願いしたのである。
……これだけで、慰謝料の半分が吹き飛んだが。
しかしながら、残念なことにメインフレームを交換すると、別の車両として登録することになる。
なので俺は、古い歪んだフレームに打刻されていた部分を切り取り、溶接して貼り付けるに留めた。
もうこれだと車検は通らない、はずだ。
自分で全バラして組み上げた自分だけの バイク。
公道走行不可になってしまったけれど、まあこのあたりは閉鎖された私道だからいいかと事故の後に買い揃えた装備一式を身に纏い、途中でもし止まっても大丈夫なように後部のパニアケースには工具類一式詰め込んで、バイクのキーを差し込みセルを回すと、周囲の光景が一変した――。
☆
間違いなく、俺は自宅のガレージでバイクに跨ったはずである。
それがどうした事か、目の前に広がるのは一面緑の野原だった。
その中をまっすぐに伸びる、未舗装地道の道。
地面の起伏のせいで途切れ途切れに見えるが、まるで一度行ったことのある北海道のとある道路のような光景であった。
「何だこりゃ……」
そう呆然としていると、背後から何やらけたたましい音が近づいてきた。
俺は視線を上に向け後方を確認した。
というのもこのヘルメット、後方確認モニターが備わっているのだ。
しかもシールドの内側はHUDヘッドアップディスプレイとなっていてスマホと連動しており、ナビの道案内やゲームアプリまで映し出せる逸品だ。
こいつのせいで残り少ない慰謝料も吹き飛んだが後悔はしていない。
そんなヘルメット内部のモニターで背後を見たところ、思いもよらないモノが映し出されていた。
「馬車……だと?」
いくら俺の家が田舎だからと言っても、流石に馬車はない。
耕運機がリヤカーを引いてたりはするが、馬車は観光用しか見たことはない。
そんな事を考えながら呆然としていると、それはどんどんと近づいてきて、俺のすぐ側を通り過ぎていった。
馬車云々と言う考えよりも、何をそんなに急いでいるのやらと言う思いの方が強くなり首を傾げていると、それはやって来た。
サイズは動物園で見たことのある象ほどで、その見た目はというと。
「馬!?」
ばんえい競馬に使われる重種馬だってそこまででかくないぞ! と思いつつ、俺はアイドリング状態だったバイクのハンドルを握り、クラッチを切ってシフトを一速に放り込んだ。
アレはやばい。
何がやばいって、見た目馬のくせに牙が伸びてるし角も生えてる。
牙はどう見ても肉食獣のそれだし、角だって一角獣ユニコーンみたいなのじゃなくて、もっと禍々しいクソ太くて鋭いドリルのような一物だった。
絶対捕食者だと、俺の中の全俺がそう叫んだと同時に、俺はアクセルを全開にした――と言うことはなく、割とゆっくりと発進した。
だって地面、アスファルトじゃないし。このバイクのタイヤじゃ絶対空転する。
ロードバイクに未舗装路はアカンのだ。
せめて普段使いの足に使っている古いデュアルパーパスな225ccバイクであったなら、こんなところでも全力を出せただろうに。
などと考えつつも、俺はたいして焦っていなかった。
馬っぽい何かの速度はそう速くなかったからである。
普通の競争馬だと、せいぜい40km~50kmがいいところだったはずだ。世界記録級でも70km半ばだったと記憶しているが、それはごく短距離での事で延々と走れるわけではない。
後から迫る巨馬は、その馬体の巨大さも有ってやたらと迫力があるが、見た感じ恐らくは30km台後半といったところではなかろうか。
先ほど通り過ぎていった馬車にしても、それより若干速い程度だったし。
いくらなんでもその程度の速度であれば、俺だって多少の悪路でも走らせることが出来る。
なにせ自宅の周辺は地道が多いので慣れっこなのだ。田舎だからな。
「ふむ、40kmちょいか。予想よりは速めだな」
シフトを二速、三速と上げつつ、背後の巨馬が追いつけそうで追いつけない速度を維持してバイクの速度メーターを覗くと、予想より若干速い速度であった。
なおこのバイクのメーター、mile表示とkm表示の両方が印字されていて慣れないと見辛い。
俺にとっては慣れ親しんだものだが。
「さあて、これからどうするか」
さっさとぶっちぎってもいいが、ここがどこだかサッパリである。いきなり断崖絶壁とかあったら死ねる。
そう思っていると、前方にさっき俺の横を通り過ぎていった馬車が見えてきた。
ガラガラと、金属で補強された木製?に見える車輪が地面を叩き、全力で疾走している。が、先程よりもいくらか速度が落ちているように思えた。
横につけて並走してみると、もう前で曳いている二頭の馬は泡を吹きながら今にもぶっ倒れそうであった。
俺は馬車にできるだけバイクを寄せてヘルメットのシールドを上げて、御者に向かって叫んだ。
「おい! ここはどこだ! 一体何がどうなってる」
「ああ!? 今それどころじゃねえでやんす! 後のアレが見えねえんでやんすか!」
まあそうなるな、と言う返事だけが帰ってきた。
おそらくあの巨馬はここではいわゆる猛獣のカテゴリなのだろう。
アラスカ辺りでグリズリーに追いかけられているようなもんだ。
「おいアンタ! 見慣れないモンに乗ってるでやんすが、アンタは騎士じゃないんでやんすか!?」
騎士ときたか。
まあ鋼鉄の馬にまたがる騎士、ってなんかカッコイイけど。
バイク仲間が作ったツーリングチームに黄昏騎士団トワイライト・ナイツとか厨二な命名してる奴らもいたけど。
お、俺は入ってないけどな。
はあれえ限定チームだったし。
まあ一緒にツーリングに行くことはあったけれど。
そんなことをぼんやり考えていると。
「オイアンタ! あぶねえでやんす!」
目の前に、立木があった。
☆
「……アンタ! 大丈夫でやんすか!?」
大丈夫だ、なんともない。
いや、洒落にならない。正直死んだと思った。
だが、幹周りの直径が2mはあるだろうぶっとい巨木、街道そばの目印的に植えられていただろうそれにぶつかった俺は、不思議と何処も怪我をしていなかった。無論バイクも何ら不調を見せていない。
と言うか、バイクに跨ったまま今も馬車と並走している。
後を見てみると、そこには……。
ゆっくりと倒れ始めた、根本がえぐられた巨木の姿があって。
ちょうどその倒れる方向に、目を真っ赤にしてこちらに向かってくる巨馬が突っ込んでいくのが見えたのである。
☆
「死んでる、な」
「首の骨が折れてるようでやんすね」
やんすね、て。
語尾にヤンスなんて付けるやつ、どこぞのど根性なのの後輩かギャグ漫画の神様んとこの毛虫か野球ゲームのメガネくらいしか知らねえぞ。
呑気に話してる俺達であるが、実のところおっかなびっくりの状態である。
俺がバイクごと体当りしてブチ折ってしまった樹木に、タイミングよく巨馬が突っ込んだんだが、運良くと言うか運悪くと言うか。
「角が幹に深く刺さってやんすねぇ。あの勢いで走ってて、ここに突き刺さっちまったらそりゃ首の骨も折れるってモンでやんすよ」
そう語るのは、さっきの馬車の御者の人だ。
要するに、あの追いかけてきていた巨馬が倒れる木に突っ込んで自爆してくれたわけだ。
木の幹がもう少し細ければ、下手すると樹を粉砕して更に追いかけてきたかもしれない。
それはともかく、命拾いした俺達はお互いに敵意を持つことなく和んでしまった、というわけだ。
「しかし、凄いでやんすね。騎士様はやはり騎士様で?」
「いや、ただのバイク乗りだ」
「ばい……く?」
「ああ、こいつのことだ。んー、金属なんかで作った走る道具カラクリさ」
ぽんぽんと、ダミータンクとなっている部分を軽く叩きながら、俺は危険のないことを彼に示した。
エンジンは当然切ってあるが、地面が土なのでサイドスタンドじゃ倒れかねない。メインスタンドでも怪しい。
なので、またがったまま話しているのである。
「からくり……でやんすか。マジックアイテムみたいなもんでやんすか?」
「まじっくあいてむ?なんだそりゃ」
「マジックアイテムじゃと! どこじゃ! どこにある! 隠さずに見せい!」
何やらよくわからん言葉が出てきたと思ったら、あらぬ方向からこれまたよくわからんのが顔を出してきた。
「ありゃ、起きちまったでやんすか。寝ててくれたほうが静かでやんすのに」
「これハイドリヒ! マジックアイテムはどこじゃ! 見せい!」
ハイドリヒとな。こりゃまたかっこいい名前じゃねえか。
見た目は小太りなあんちゃんだけど。
見た感じ30歳手前と言う感じのハイドリヒが馬車の窓から顔を出している女性……いや少女……いやいや幼女?の方に歩いていくと、その馬車の扉に手をかけてその騒いでいる張本人を恭しく連れ出してきたのである。
「これか! これがマジックアイテムか! ……マジックアイテムか?」
そうハイテンションで近寄ってきた幼女は、側に寄るに従ってその勢いを落とし、ついには首を傾げたまま唸り始めてしまった。
「いやすいやせん騎士さ……バイク乗り様。ちょいと珍しいものに目がないお方でやんして」
「いやバイク乗り様って……まあ良いか。ああ、それはそれとしてだけど、俺のバイクは別にマジックアイテムじゃないぞ?」
跨ったままの俺の存在をすっかり無視して、真っ赤なドレスを着たちっちゃいご婦人は、首を傾げたまま唸りを上げていた。
「うーむ。マジックアイテムにしては魔力が感じられぬ。であるがどう見てもマトモな存在ではないしのう……」
マトモな存在じゃないって何!?
「お主、これの所有者じゃな!? 由来を聞かせてたもれ!」
いきなりこちらに話を振られたが、別に戸惑いはしなかった。
こういうタイプはこんな感じなんだろうなと予想はついてたし。
「こいつはですね――」
☆
淡々と、出来るだけ感情を含ませずにこのバイクについて、と言うよりも先ずバイクとは何かというところから説明を始めねばならなかった。
であるが、この幼女。
ところどころわからない単語の解説を求める以外はほぼそのまま、俺があらかた話せる事が無くなるまで余計なことは口を挟まなかったのである。
何という聞き上手か。
俺は普段こんなに話したことなど無かったな、などと内心で苦笑いしていると、幼女はバイクを隅から隅まで見て回り、「なるほどのう」と一人納得していた。
「お方様、お気は済みましたでやんすか?」
「うむ、ハイドリヒ。この者に何か礼を頼む」
礼って。
ただバイク見せただけじゃん。サービスエリアとかでは普通にジロジロ覗き込まれるのなんかよくあることなのに律儀なことで。
「すいやせん、ウチのお方様は我が道を行かれるのが常なので。ああ言っておられますのでこれでもお収めください」
そう言って差し出されたのは、小さな袋に包まれた――恐らくは硬貨だろう――物だった。
金だか銀だか銅だかはわからないが、俺の手の平にちゃらりと音を立てながら置かれたそれは、案外重みのあるものであった。
まあ貰えるものなら貰っておこう。この先どうなるかわからないし。
なお、馬車を引いていた馬はぶち折れた大木とは別の樹に繋がれ、水やら塩やら何やらを与えられてて休息を取っている。
その直ぐ側には馬の外された馬車。
そこに幼女はトコトコと戻っていった。
「で、ハイドリヒさんよ。ちょいと聞きたいんだけど」
「へい、なんでやんすか?」
俺は地面に倒れていた馬――馬だよな?――のあった場所を指差した。
「なんで消えたんだ?」
「へい?」
「あの馬の死体はどこに行った?」
「へい?」
俺の質問の意味がわからない、と言った感じで首を撚る御者のハイドリヒさん。
幼女に説明をしている間に、いつの間にやらあの巨体が、跡形もなく消え失せたのだ。
ゲームかよ。
死ぬと消えるのがこの世界の常識なのか?
何なんだ一体。
そう思っていると、得心したと言った風にハイドリヒはポンと手をうちゴソゴソと倒れた木の下やらを周辺を探り始めた。
「あったでやんすよバイク乗り様!」
そう言って手に掲げられた物は、まるでネジか何かに思える小さな、手のひらサイズの本当に小さな槍のようなものだった。
「展開ッ!……あー、あっしにゃ装備できないでやんすねぇ。バイク乗り様、どうぞ」
何やら呟いたかと思ったら、幾分しょんぼりとした表情を見せつつ、それを俺に手渡してきた。
しかし、どうぞと言われても。
手のひらサイズのそのミニチュア槍を受け取った俺は、首を捻りながらソレをじっと見つめた。
どう見てもお人形さんが手にするサイズのソレは、実に精巧にできていた。
これがそのまま実物大だったら、さぞかし立派な槍なんだろうなぁ、と思えるほどに。
これを装備するとかなんのこっちゃ、などと考えた次の瞬間。
俺の脳内でピコーンと何かが鳴り響いたのだ。
「……展開」
そう言えと言われたわけでもなんでもないのだが、口からこぼれたその言葉に反応して、ミニチュアの槍は俺の右手の中で輝きを放ち、それはソレは見事な槍、いわゆる馬上槍へと変貌したのである。
長さ5mはあろうかというその槍は、まるで重さを感じさせず。
それでいてしっかりとした存在感を俺の手の中で知らしめていた。
まるで、あの巨馬がそのまま槍に変貌したかのように、力強く。
「おお、やはりバイク乗り様は騎士様でいらしたのでやんスね!」
「いや騎士とか知らんし……」
「でやんすが、それは騎士様でなければ装備できねえシロモンでさぁ。あっしには展開すらできなかったのをご覧になったでやんしょ?」
すなわちアレか。
これは竜探索とかのRPG的な、敵を倒すと出て来るドロップ品なわけか。
そして、どんな物でも装備できるわけじゃないというのは、その適性職でなければ実物大に出来ないという、そういう事なのか。
うん、わからん。
とりあえず邪魔なので戻したいが……。
そう思った途端、脳内に言葉が浮かんできた。
「……収納」
そうつぶやいた途端、手の中にあった長大な槍は何処ともなく消え去ったのである!
そして、脳内の片隅に小さなアイコンのようなものが浮かび上がっていた。
「はぁ~バイク乗り様は収納の魔法をお使いになられるんでやんすねぇ」
いや知らんし。
「よっぽど魔術の鍛錬を積まれた方か、適正のある御方でなければ身につけられないという話でやんすが。ウチのお方様でもまだ身につけておられないはずでやんす」
うん、だいたいわかった。
ゲーム的なシステムが魔法で再現されてると思っておこう。
て言うか、これからどうしよう。とりあえず、道がわからん。
いや、目の前に一本真っすぐ伸びている道しかないので迷うことはないのだが、この道を進んだところでどこにたどり着くのかわからん。
家に帰れる帰れないは置いといて、今日寝る場所の確保くらいはしたい。流石にキャンプ用品なんか積んできてないし。
などと暫く悩んでいると、休ませていた馬を再び馬車に取り付けたハイドリヒが、俺に向かってこう言ってきた。
「バイク乗り様、わしら出立しますがどうするでやんすか?」
「さて、これといっていく宛もないんだ」
そう告げたところ、目を見開いて俺に駆け寄ってきた。
「主を持たない騎士様だったのでやんすか! それならばぜひ! うちの主人に会ってみてほしいでやんす!」
主人て、後ろに乗ってる幼女の親か?
金持ってそうではあるな。
雇われるのはとりあえずの食い扶持を稼ぐ為にもありがたいが、今は身の振り方を考える余裕がほしい。
「そうだな、お邪魔させてもらってもかまわないのであれば」
「ぜひぜひ! 大歓迎でやんすよ。なにせあの黒竜馬を仕留めたんでやんすから!」
仕留めたって……お前の中ではアレを俺が倒したことになっているのか。
アレの死亡の一因を作ったのに異議はないが、もう一度やれと言われたら困る。
「ま、まあその辺は置いといて、色々と尋ねたいこともある。暫く厄介になれるのであればお願いしたい」
そう言うと、ハイドリヒは二つ返事で俺を迎え入れる事に太鼓判を押してくれた。
「それじゃあ行くでやんすよ」
「ああ、適当について行くよ」
走り出した馬車の後を、のんびりとついて行く。
流石に追いかけられている状況とは違い、のんびりとした速度である。
時速10kmと言ったところだろうか。
正直、燃費的にとても非効率である。
まあ後どれくらいの距離かによるが……。
「おーい、ハイドリヒさんよ。聞き忘れてたが、あとどれくらいでつくんだね」
「そうでやんすね。今丁度陽が中天を過ぎた辺りでヤンスから、中ほどまで傾いた頃には着くと思うでやんすから、二刻ほどでやんすね」
二刻か。一刻あたりの時間って何種類かあるんだが、どれだろう。
太陽の位置的に、アレが正午の位置だと考えればだいたい日本の春頃とおなじだろうか。
この世界の一日が何時間かは知らんが、陽が中ほどまで傾くのには二~三時間と見積もれば良いところだろうか。ならばおよそ30km前後か
と言うか、時計無いんか。
不定時法とかいうやつか?
そんな事をぼんやり考えながらノロノロとついて行く。
これからざっと30kmをこの速度で走れとか、なんの拷問だ。
流石にちょいとうんざりしてくる。
そこで俺は、ハインリヒに声をかけた。
「ハインリヒさんよ、この先の道はどうなってるんだ?」
「へ? 目的の街まで、ずっと一本道でやんスが、それがどうかしたんでやんすか?」
一本道か、それは都合がいい。
「ちょいと先に行って待ってるわ。途中なんかあったら引き返してくるから」
「え、バイク乗り様、そいつぁ――」
そう言い残して、俺はアクセルをひねり、一気に加速した。
と言っても、全開ではないけれどな。
☆
砂煙を後方に巻き上げながら、俺とバイクは気分良くだだっ広い草原を駆け抜けていた。
「いやあ、この先どうなるかわからんが、とりあえず気分良く走れるのだけはありがたい。問題は、燃料ぐらいか」
さっさと目的地に着きたかった最大の理由が、残りの燃料が不安だったのがある。
なにせ整備して仕上がったばかりで、これから燃料をいれに行くところだったのだ。
と言ってもガススタではなく、家に隣接している納屋の中に置かれている農機具用のガソリン携行缶の所まで先ず行く予定だったのだ。
なので、現在燃料タンクの中身はおよそ数リットル、ガレージに置いてあった小型携行缶の分しか入っていないのである。
大雑把に計算して、リッター15kmの燃費走行を行っても5~60kmがいいところだろう。
なので、先に行くと伝えたわけである。
こうなってくると、燃料メーターが付いているが故にかは知らないが、いわゆる予備タンクという機構が排除されているのが辛いところである。
5速にまでシフトを上げ、低回転を維持して時速50kmほどでダラダラと走る。
とは言っても、馬車の全力走行よりも速いのだ。
そうして景色を堪能しつつひた走り、程なく地平線の向こう側に、石を積み上げて作ったのだろう城壁のようなものが見えてきた所で、俺はバイクを止めた。
そこは俺がブチ折った巨木と同じような木がそびえ立つ直ぐ側で、休むにはちょうど良さげだった。
俺は跨がりっぱなしだったバイクから降り、適当な大きさの石を探してバイクを押して移動させサイドスタンドをあてがうと、ようやくバイクから手を離せたのである。
「ふう、これで一安心っと」
木にもたれるようにしてしゃがみ込み、ヘルメットを外し脇においた俺は、身につけていたウエストバッグからタバコとライター、携帯灰皿を取り出すと、これからどうなるやらと嘆息しつつタバコを咥えた。
「はい、火」
「を、ありがとさん……ってどちら様?」
金属製のオイルライターを開こうとしていた俺だったが、横から伸ばされた指先から生まれた火に驚きつつ、咥えたタバコの先をそちらに向けた。
「あら、驚かないのね。つまんない」
そう言いながら俺の横に腰を下ろしたタバコに火を点してくれた人物は、当然のことながら見覚えなんぞこれっぽっちもない女性であった。
真っ赤なテカリのある、まるでエナメル製のツナギを着たようなその姿。
灰銀色の長い髪、金色に光る瞳と淡い褐色の肌をしたその姿は、まるでジャパニーズファンタジー世界のダークエルフのようであった。
「それにどちら様って言われても、バイク様よとしか答えられないわね。ご主人様は、名前つけてくれなかったし」
ばいくさま……?
そう告げられた俺は、先ほど降りたばかりのバイクの方に視線を向けた。
無かった。
さっきサイドスタンドを当てた石ころは、地面に若干沈んで十二分に役目を果たしてくれていたのを物語っている。
盗まれ……たわけじゃないだろう。
あの一瞬で盗めるやつがいたなら、それはもう天下の大泥棒を名乗っていい。
ここは異世界、ある意味何でもありだ。
そう考えたら答えは一つ。
「お前さん、俺のバイクか」
「ご明察♪」
やはり俺のバイクだった。
バイクが人になるとかどこのファンタジーだ、ってここはファンタジー世界だった。
死んだ馬がドロップアイテムになってデカくなったり収納できたり、マジックアイテムとやらもあるらしいし、今更何を驚くところがあるものか。
いや、驚きがでかすぎて反応できてないだけかもしれないが。
そう言えば、名前がないと言っている。
バイクに名前つける奴はいないことはなかった。
俺の周りにだって、シビCB子ちゃんとかしのぶ忍ちゃんとかふじFJ子ちゃんとかアジフRGVちゃんとか無理やり名前つけてたやつはいた。
だがしかし、流石にそういうのは卒業したと思ってつけなかったのだ。
車種のアルファベットから付けるにしても語呂悪いし。
「ねえ名前ちょーだい」
「名前、名前ねぇ」
正直、俺にネーミングセンスはない。
家で飼ってた犬猫や牛やらに俺がつけた名前にしても、タロ・ポチ・タマ・ミケ・シモフリである。
どれをとってもセンスの欠片もない名前である。
であるが……。
見た目麗しい女性に懇願されて断れる胆力なんぞ無い。
田舎の嫁不足舐めんな。
それはさておき、名前である。
「うーむ」
「ほらほらぁ」
急かすな。
変な名前つけちまうぞ。
☆
めんどくせえ。
「ジティスで」
「え?」
「お前さんの名前。ジティス。はい決まり」
そう言って立ち上がった俺は、ケツについた汚れをパンパンとはたき落としながら、咥えたままのタバコを一気に吸い込んだ。
車種のアルファベットをカナ読みにして幾つか抜いただけだが、考えすぎてもけったいな名前になると思われる。俺ゆえに。
プハーッと吐き出した煙はゆるゆると流れて空に昇り、俺はそれを追いかけるがごとく両手を天に向け気持ちを入れ替えるように伸びをした。
「んーっと。……その名前で気に入らないならまた考えるから時間を……」
時間をくれと言いかけて、振り向いた先には蕩けるような笑顔を見せる、ジティスがいた。
「ジティス……ジティス……ああ、安直ですが実にいい響きです。気に入りましたわ、ご主人様!」
気に入ってくれたのなら重畳……。
そう思って再び咥えたタバコを堪能する。
すぱあ、と煙を吐き出し灰皿に灰を落とす。
異世界の城塞都市という一生見ることなど無かっただろう光景を眼前にして行う一服は、実に旨いものだった。
もう暫くは、馬車のハイドリヒ達もやって来ないだろうと思い、俺は木の根を枕に暫く昼寝と決め込んだ。
横では名前を嬉しそうに連呼する銀髪美人がいるが、俺は眠いのだ。
何しろ組み上げるのに徹夜だったからな……。
まさかこんな事態に陥るとは夢にも思っていなかったが。
あ、もしかしたら俺バイクいじりながら寝ちゃっててこれは夢――。
☆
「おい貴様! 怪しい奴め! 起きろ!」
夢じゃなかった。
せっかく気持ちよくウトウトしていたのに、と思って周囲を見れば、槍やら剣やらを持ったいかにも衛兵です、という格好をした男たち数人に囲まれていた。
ああ、城塞都市からここが見えたのか。
仕事熱心ですこと。
しかし怪しいと言われてもただの旅人っぽい何かに見えなかったのだろうか、と思って身体を起こすと、バイクが――もとい、ジティスが俺の横で一緒になって眠っていた。
光沢のあるキャットスーツ的な格好した女が寝てたらそりゃあ警戒するだろう。
俺だってこれが見知らぬ人物だったら警戒する。
て言うかバイクのくせに寝るのか。
なおキャットスーツのキャットとは猫じゃなくてキャットフィッシュナマズから来ているそうな。なるほどのテカリ加減である。
「おい聞いてるのか貴様!」
もしかして:俺
俺よりジティスのほうが怪しいと思うんですがそれは、と口に出しかけた所で目の前に槍の穂先が突き出された。
「あー、怪しいものじゃありません。ちょっと疲れたのでここで寝てただけの旅のものです」
乗ってるバイクはツアラー旅行用車両だしな。今はバイクに見えないけど。
「ん……? ご主人様、目が覚めたのか?」
槍を向けられてちょっとチビリそうな俺の横で、ジティスがゆっくりと起き上がった。
そしてぐるりと周囲を見渡して、首を傾げた。
「こいつらは撥ねていいのか?」
いきなり物騒なこと言うな!
もしかしたらこれから世話になるかも知れない街の衛兵にそんなことしでかしたら、面倒しか残らん。
「まあ落ち着いて。俺はここに来る途中に出会ったハイドリヒっていう人に言われてやって来たんだ。なにやら話があると言われてさ」
「ハイドリヒ卿だと……?」
ハイドリヒ卿?
もしかしてハイドリヒって卿付けで呼ばれるってことは、高位貴族の子弟か何かか? 御者やってたのに? 語尾やんすなのに?
「ハイドリヒ卿に間違いないな……」
そう言って顔を見合わせる衛兵さんたち。
思わず口から出ていたようだ。
ていうか、常にやんすなのか、語尾……。
なんか納得されたので、掻い摘んでハイドリヒ卿と幼女との邂逅を衛兵の皆さんに語った所、槍を見せてくれと頼まれた。
見せろと言われてもどうやって出せばよいのやら、と思ったが脳内に浮かぶアイコンに意識を集中したところ、巨大な槍が俺の手の中に輝きとともに姿を表したのである。
「おお……本当に黒竜馬の槍だ」
「ここまで見事な物はそうそう見られまい」
どうやら、あの巨馬は黒竜馬と言うらしい。
なんでも馬の姿をしてはいるが、その実態は草原生活に特化した竜だというのだ。
そしてアイツを倒すとまれに出てくるドロップアイテムの一つが、この槍だということだ。
どうして倒したらアイテムに変わるんだ、と言うことは聞けなかった。
一般常識だとしたら、下手に聞いたら怪しまれる、ような気がする。
そう思っていると、衛兵さん達が身構え始めた。
どうしたのだと彼らが見る方へ首を巡らせると。
デジャブか。
地平線に見え隠れする街道の上を、見覚えのある馬車が土煙を上げてこちらに向かってきていたのだ。
そしてその背後には。
「こっ、黒竜馬だぁぁあああ!」
「に、逃げろぉ!」
……衛兵さんたち、逃げるんだ。
慌てふためいて城塞都市に駆けていく衛兵さん達を見送りながら、俺はどうするかなーと槍を片手に考えていた。
逃げるならジティスにバイクになってもらって……なれるよな?
「ご主人様? アレは撥ねていいのか?」
「撥ねていいけど、大丈夫なのか?」
これがどうやればバイクになるのか、と思いつつじーっとジティスの身体を頭の先から爪先まで見つめていると、こちらの視線に気づいたのか真面目な顔をしたジティスが俺にそう言ってきた。
が、攻撃手段は撥ねるの一択かよ。
いや、大木を抉るようにしてブチ折った前例があるだけに、何とでもできそうだけど。
「じゃあ撥ねよう」
「撥ねたいのか……」
喜々として立ち上がったジティスは、目をキラキラさせて俺に手を差し伸べてきた。
「さあご主人様。行こう!」
え、俺も?
「私はバイクだぞ。乗り手が居なくてどうする」
「いやそりゃそうだけどさ」
伸ばされていた手をつい握った俺だったが、その次の瞬間、光りに包まれたかと思うと俺はバイクの姿に戻ったジティスに跨り槍を構えていた。
ご丁寧に地面に置いていたヘルメットまで装備されている。
『では行こう! ご主人様よ!』
ヘルメットに内蔵されているスピーカーからジティスの声が聞こえる。
オマケのようにシールドのHUDモニターにはジティスの顔が映し出されているし。
「ああもう、わかったよ。前ん時みたいにぶち当たりゃいいんだろ」
『それでいい、ご主人様』
槍を左手に持ち替えて脇に抱え、クラッチを繋いで発進。その後は左手でしっかりと槍を握り、右手のみでハンドルを握りアクセル操作だけで回転を合わせてノンクラッチでシフトを上げていく。
速度を上げるにつれ、なにやら視界が光りに包まれていく。
大丈夫かこれ。車体前部から赤い光が吹き出して俺とバイクを覆い始めたんだが。
俺の困惑をよそに、ジティスは速度を増しつつ目の前に迫る馬車を躱し、その背後に迫る巨馬へとまっしぐら。
当たる、と思ったと同時に「パン」と軽い弾けるような音が俺の耳に届いた。
何の衝撃も感じない、以前の大木を抉った時と同じ状況に、ある程度の予想はついていた。
俺は速度を緩めながら、背後を振り向かずにヘルメット内のモニターで後方を確認した。
すると想像通り、胸元から股間までを綺麗に抉られた巨馬の姿がそこにあった。
巨場――黒竜馬は、惰性で暫く走っていたが、数十メートルほど進んだ先でどうと倒れ込み、その屍を晒したのである。
「……あっけねえ」
「ご主人様が強いのです」
倒れた巨馬の直ぐ側に戻り、バイクから降りて発した俺の言葉を、すぐに人の姿に変わったジティスがそう返してくる。
強いと言われても、どう見たってジティスのおかげにしか見えないんですがそれは。
そんな風に思っているのをわかっているのかいないのか、ジティスはぼんやりと光りを発して消えていく巨馬の元へと足を踏み出した。
「ご主人様、これを!」
彼女が拾い上げた物は、黒竜馬が落とすドロップ品の一つなのだろう。
今回は槍ではなく、剣だった。
左手に持ったままだった槍を収納し、手渡されたミニチュアの剣を受け取り展開させる。
光とともに巨大化したその剣は、先ほど倒した巨馬の持つ牙を意匠化したような立派なものであった。
幅の広いその剣は、質実剛健な風合いを見せて俺の右手に収まっていた。
俺は槍に続いて剣まで手に入れた!あんまり嬉しくないが。
何処かでファンファーレ的な何かが奏でられてそうだ。
次は弓とか斧とか?鎧……はいいや。今のライダースーツで十分だ。
そう思いつつ手にした剣を振ってみると、意外に軽い。
が、一振りした後に巻き起こる風が、出鱈目であった。
軽く上段から片手で振り下ろしただけで、凄まじい風が地面を叩き、彼方までそれが延びていったのである。
「おいおい……なんだこりゃ……」
剣になにか魔法の類でも備わっているのか?と思ったほどだ。
「いや、やはり強いっすね。お疲れ様でやんす」
「ああ、ハイドリヒ……卿」
「卿だなんて要らないっすよ。ハイドリヒで結構でやんす」
一応知ったからには敬称くらい付けないと、と思った俺であったが本人に拒否られてしまった。
まあ堅苦しいのは嫌いだから歓迎であるが。
「とりあえず、街に入るでやんすよ。黒竜馬二頭を、しかも番いを倒したと成れば、そんじょそこらの屠竜覇者ドラゴンスレイヤーよりも名が上がるでやんす!」
嘘かほんとか竜もいるらしい。
これからどうなるのやらと思いながら、陽の傾いてきた空を見上げながら俺たちは街へと向かうのだった。「ようこそいらっしゃった! 聞けばあの黒竜馬を2頭も打ち倒したというではありませんか!」
街に入ってその中心部、一際巨大な尖塔を持つ「お城」に連れてこられた俺達は、だだっ広い廊下を通ってコレまただだっ広い城の一角にある部屋へと案内された。
そこで待たされることしばし。
やって来たのはやけにフレンドリーなおっさんと、お召し物をお着替えになられたあの幼女にハイドリヒの三人だった。
応接間と思われるこの部屋には今、俺とこのやたらとフレンドリーなおっさんと幼女にハイドリヒ、そして加えてジティスもいる。
あとメイドさんっぽいのと執事っぽい人が部屋の端で立ってるが、身じろぎ一つしない。
いかにも貴族のお部屋と言った感じの豪華な部屋で、やたらと装飾の付けられている椅子に腰を掛けているのだが、正直落ち着かない。
落ち着かない最大の理由は、いま相手してくれているおっさんの正体が不明だからということだろう。
この街の偉いさんなのはわかるが、どのレベルで応対したものやら判断がつかないのである。
なにせ自己紹介もままならない勢いでマシンガントークしてきてくれるもだから、合いの手を入れることすらままならない。
そんな感じで俺が戸惑っているのを見て取ったのか、幼女が立ち会がって横に座っていたおっさんの頭を軽く小突いた。
「いい加減にしやれ、この者も戸惑っておろう」
「とと、これは申し訳ない。力ある御仁を迎えるとつい気分が高揚してしまいましてな」
ノリの良い親子だな。
そう思っていた自分が改まったおっさんと幼女の名乗りで思わず吹き出しかけたのは仕方のないことだと思う。
「私はここ、グランフィディック領の領主である、ウイリアム・ドラン・ヴィ・グランフィディックと申す。侯爵位を賜っておる」
「こっ……侯爵閣下、でありますか」
と言うことは、正式にはグランフィディック侯爵ウイリアム・ドラン・ヴィ・グランフィディック、という長ったらしい名前になるのか。しかも侯爵とか。
「うむ、そしてコレは妻の」
「ヴィヴィアン・ドラン・グランフィディックと申します」
妻。
妻!?
「お、お若い奥方様ですね……」
「世辞は要らぬぞ、バイク乗り殿」
「いえそんなことは」
どう見ても年齢一桁です。
お貴族様の若年結婚とか書物で目にすることはあったけど、リアルで見ると何だこれ……としか思えない。
だって夫はどう見てもおっさんだし。
「バイク乗り様、こう見えてお方様は軽く半世紀はブっ!?」
「女の歳を気安くひけらかすでないわ阿呆」
きれいなカーテシーを決めていた幼女あらためロリババアは、実年齢を公表しようとしていたハイドリヒ卿にスムーズな動きで肘鉄をこめかみにクリーンヒットさせていた。
「いや、妻は魔導趣味のお陰で若返りの霊薬を手にする機会があってな……その、なんだ。少々摂取量を間違えたのか、若くなりすぎてな」
「べ、別に欲をかいてたくさん飲んだわけではないぞ!? 霊薬の効能が身体に合いすぎただけじゃと何度言わせれば!」
どうやら魔法で若返った合法ロリらしい。
そっかー、50引く30でいい所を40引いちゃった感じかー。
生暖かい視線で二人を見ていると、その横で悶絶していたハイドリヒが立ち上がり、深々と頭を下げつつ正式な名乗りを上げた。
「私はこの侯爵家を寄り親とするシュタインヘイガー伯爵家の嫡男であります、ハイドリヒ・フォン・シュタインヘイガーと申します。先の黒竜馬との遭遇の際にはご助力を賜ったこと深く感謝いたします」
そう言って深々と下げていた頭をあげると、すぐに座り込み、気の抜けた表情でこう言い放った。
「あー、やっぱり性に合わないでやんす」
うん、そっちの口調のほうが似合ってるよハイドリヒ。
そして、今度はこちらの番だ。
「では私からも自己紹介を」
そう言って立ち上がろうとした俺であったが、横に座っていたジティスの様子が変なことに気が付いた。
俺と一緒に立ち上がろうとしていたのだが、その途中で動きが緩慢になり、まるで痙攣を起こしているかのようにビクビクと身体を震わせ始めたのだ。
「ジティス!?」
「ご主人様、ごめんなさい……もう限界」
そう告げてくるのを最後に、ジティスはバタリと倒れ込み。
そして――。
「あれ?」
俺は自宅のガレージに戻っていた。
ジティス――俺のバイクはスタンドも立てずにごろりと床に横倒しになっていた。
幸いウエスが山ほど置いてあったのでカウルに傷などは入らなかったが。
「……一体何だったんだ?」
本当に、夢でも見ていたのかと思う。
今いる場所は、間違いなく自宅のガレージである。
倒れたバイクを軽々と引き起こし――車重250kgは慣れないとキツイだろう――つつ、俺は何が何だったのかわからないまま、ガレージを後にした。
本格的に寝るために。
☆
翌日、ガレージに向かう前に納屋に寄った。ガソリン携行缶を持ち出すためだ。
満タン入っているはずなので重いだろうと、一輪車ネコを使うかと納屋に入り携行缶を引っ張り出そうと思った所、軽々と持ち上がった。
「空? いや、入ってるな……」
ちゃぷちゃぷという音もきっちり聞こえる。
だが、俺はいま片手で20L入りの携行缶を持ち上げ耳元で振っているのだ。
「何だこりゃ……」
そう言えば、さっき目が覚めた時に脳内で何かの音が鳴り響いた気がする。
寝たらレベルアップなのか!? 黒竜馬を倒した時点で能力は上がってたけど数字的には今朝アップデートしました的な何かなの!?そういや昨日バイク引き起こしたときもやけに軽かったけど、アレ?
それはまあ良いとして、軽く持てるようになった携行缶を手にし、俺は急いでガレージへと向かった。
ガレージに到着した俺は一旦携行缶を足元に置き、バイクのキーを差し込みひねった。
すると、やはりと言うかなんというか。
燃料計の針は下限に達し、燃料不足を告げるランプが点灯していた。
ガス欠を起こした為に、こちらの世界に戻ってきたのではなかろうか、そう考えていたのである。
エンジンをかけていなくとも、ジティスの姿になっていたらガソリンが消費されていたのならあの挙動も納得できる、そう思いつつキーを抜き燃料タンクの蓋を開け給油を行った。
なお給油タンクの蓋は二重になっており、表のダミー蓋はボタンひと押しで開くのだが、奥の蓋はキーで開閉するのだ。正直めんどい。
それはともかく、燃料補給を終え再びキーをバイクに刺し、ひねる。
メーター周りのランプが点灯し、エンジンに火が入るのを今か今かと待ち構えているように感じられた。
しかし俺はゆっくりと装備を身に着け、昨日は積まなかったツーリング用のパニアケースを全て装着した。
昨日は車体左右とタンデムシートの後方に取り付ける、3つあるパニアケースのうち、整備用具を詰めた一つだけしか装着していかなかったのだが、今度は全部持っていこうと思ったからだ。
そして、意を決してバイクに跨りセルを回すと。
目の前の光景が、一変した――。
「ご主人様! 良かった! また会えました!」
シールド内に映る、ジティスの姿と。
バイクに跨ったまま、グランフィディック侯爵家の応接間に姿を表してしまった俺を驚きの目で見つめる掃除途中のメイドさんが目に入ったのであった。
「どうもすいませんでした」
「そんなのかまわないっすよ! 良くもどって来てくれたでやんす!」
ジティスには即座にバイク姿から人の姿になってもらったが、いきなり現れたことで騒然となってしまった侯爵家であった。
すっ飛んできたハイドリヒとジティスに抱きつかれながら、俺はこれからの異世界生活をどうすごすかを思い描いていたのであった。




