観覧車
「あのね、このお花、ママに買ってもらったの」
そう行って右側の髪を留めている、小さな花の髪留めを見せびらかす。
5歳とは思えないくらい、可愛くって賢い子だ。
「いいね、パパも欲しいなぁ」
羨ましがってみた。
「ダメー。チーのだから、パパはママに買ってもらいましょうね」
妻の真似をしているのだろう。日に日に、妻に似てきていることに嬉しさと少しの恐怖がある。そんな俺の感傷は知らずに、娘のチーちゃんははしゃいでいる。短めの髪をリズムよく揺らしながら、歩いている。
「ゆっゆっ遊園地〜〜♪」
チーちゃんはオリジナルソングを歌いながら、遊園地のゲートを抜けた。
今日は家族サービスだ。
妻とチーちゃんが行きたがっていた、廃園した遊園地、裏野ドリームランド。その跡地に家族で不法侵入だ。
妻もチーちゃんも、ホラー映画が大好きで遊園地に行くなら、ここがいいと言われ、仕方なくここに来た。
「ほら、早く行こうよ」
妻とチーちゃんに手を引かれて歩く。
思ったよりも遊園地は綺麗で、今でも営業していそうな雰囲気だ。
「お客さん困りますよ、勝手に入って来ちゃあ」
突然後ろから男の声が聞こえた。
振り返ると、作業服を着た若い男が立っている。
「すみません、出来心でして」
男の言葉からして、ここの関係者だろうか。2人を連れてさっさと出ないと。
「いいじゃないか、菅乃くん。
もう点検は終わったんだ。
せっかくここまで来たんだ。
一足早く、遊園地を楽しんでもらいましょう」
また、後ろから声が男の聞こえた。
振り返ると、スーツ姿の50代に見える男が立ってた。
さっきまでいなかったのに。
そう思いながらも、男に尋ねる。
「すみません、勝手に入ってしまって。
根っからのホラー好きでして。
失礼ですが、あなた方はここの関係者の方ですか?」
とりあえず、怒られないように、訴えられないようにしないといけない。
そう思いながら、話しかけた。
「はい、ここのオーナーの裏野と申します。
いやぁ、ここの噂を聞いてやって来てなら、ご期待に添えないかもしれませんねぇ。
実は明日から、リニューアルオープンするんですよ。
随分綺麗になってしまって、肝試しにはならないですよね」
「ああ、いえ。そうとは知らずに勝手に入ってしまい、申し訳ありませんでした」
「すみません」
「ごめんね」
私と一緒に妻が頭を下げると、チーちゃんも真似して頭を下げた。
「……ああ、そうだ。
せっかくだから、観覧車に乗りませんか?
がっかりさせてしまったお詫びに、ね」
裏野はそう言うと、チーちゃんの頭を撫でた。
「観覧ちゃ、乗りたい」
元気よくチーちゃんが手を挙げた。
「えっと、いいんですか?」
裏野に尋ねると、裏野は笑う。
「これでもオーナーですから。
観覧車を一周させるくらいの力はあるんですよ。どうぞこちらに」
「ありがとうございます」
俺のお礼を聞くと、裏野は満足そうに頷いた。
付いていっていると、裏野が話しかけてくる。
「ホラーがお好きなら、ちょっと面白い話をしましょう。
すでに知っているかもしれませんが、この遊園地時々子供が消えると噂が立っていましてね。
そして、これから向かっている観覧車、これは誰もいないはずなのに、『助けて』という声が聞こえるらしいです。
観覧車は密室。ある意味で結界になっているのでしょう。
古来より、ゲートやドアというものは別世界への入り口とされています。
変な世界に迷い込まないように、ご注意ください」
案内されるままに乗った観覧車は、そこそこ大きなものだった。
イルミネーションの虹色の光がきれいだ。
昼間なのに、随分強く光っているな。
そう思ってふと、妻とチーちゃんを見ると、2人は見とれているようだった。
観覧車に乗ると座席がふかふかで、気持ちいい。
チーちゃんがはしゃぐかなって思っていたが、チーちゃんは静かに乗った。
そしてチーちゃんはずっと俯いている。
「どうしたチーちゃん、具合悪いの?」
心配になって声をかけてみても、返事がない。
「姫乃、チーちゃんが変だ」
慌てて妻に声をかけると、妻は笑っていた。
「姫乃?」
「大丈夫だよ、サー君」
一言そういうと、妻は黙ってしまった。
おかしい。そう思って周囲を見渡す。
非常ベルとかないか。
そう思って探すが見当たらなかった。
窓の外を見てみると、もう一番上まできているようだ。
ここまできて愕然とする。
人が、一切いない。
見渡す限り、誰もいない。
視力はいい方だ。人がいればわかるはず。明日からリニューアルオープンするなら、誰かしらいるはずだろう。
それなのにいない。
遊園地には人の影すらなかった。
薄ら寒いものが背中を走しる。
「付いたよ」
妻の声に振り返ると、観覧車のドアを妻が開けていた。
指輪が光を反射して、光っていた。
「えっ」
確かに上にいたはずなのに、もう一番下にまで降りてきている。
妻が髪の長い女の子を抱きかかえて降りた。ってあれ、チーちゃんは?
妻の腕にいる子はチーちゃんくらいの身長だが、チーちゃんは髪は短かったはずだ。
女の子の顔は長い髪に隠れて、全く見えなかった。
「ねえ、チーちゃんは」
恐る恐る声をかけると、ニタッと笑った。
そして、抱っこしていた女の子を差し出す。
「パパが抱っこしたいって、ちーちゃん」
謎の女の子が俺に手を伸ばしてきた。
全身に鳥肌が立つ。
髪を顔が見えるように分けようとしたが、髪は顔を覆ったままだった。
少し震えながら女の子を抱き上げる。
大人に抱きつかれたみたいに強い力で、首を抱きしめられた。
女の子は何も言わない。
「パパは色々鈍感だもんね。
ちーちゃんの髪飾りも、昨日買ったものなのに、言われるまで気が付かなかったし」
妻がニヤニヤ笑いながら攻めてくる。
そんなことよりも、この強い力の女の子はなんなんだ。
そう言いたいが、おかしいのは俺かもしれない。そう思うと声が出せなかった。
「どうしたの、怖い顔して?
なにか、怖いことでもあったの?」
「なんか、ちょっと、チーちゃんが別の女の子に見えるというか、なんというか」
妻の声に慎重に答える。
ギュッと首にかかる力が強くなって、
女の子を見ようするが、抱きついていて、よく見えない。
「そうなんだ、まさか、私まで違って見えるなんて、言わないよね」
その声に誘われるように、妻の方をみた。
すると、妻の口が裂けていた。
声にならない叫びをあげた。
「びっくりした?
サプライズ、大成功。
ちーちゃん、やったね」
妻はそういうと、女の子から髪を取り外した。
驚いてみていると、妻が笑う。
「ウィッグよ、ウィッグ。
まさか、本当に信じるとはね。ふふっ」
「パパ、びっくりした?
驚いた?」
ちーちゃんと妻が笑った。
思わず、大きくため息をつく。
「心臓に悪いから、こういう冗談はやめてよ〜」
ちーちゃんのほっぺをグリグリする。
「うにゅにゅ」
そんな謎の声を出しながら、楽しそうにちーちゃんは笑った。
妻も笑っている。
「その口は?」
「口紅よ、口紅。こんなのに驚くなんて、こっちが驚いたわ。
……あっ、ちーちゃん。髪留めがずれているよ」
妻が髪の左側についている髪留めを直してやる。
妻の右手の指輪が光を反射して、目眩ましのようになった。
眩しさに眼を少し閉じて思う。
あれ、なんであいつは、右手に結婚指輪をつけているんだ?
不思議に思って、妻に聞こうとすると、2人と目が合った。
「「ヤット、キガツイタ」」
ニタリと笑った2人の目は血走っていた。
思わず逃げ出す。
2人はどこに行った。
それとも、変なのに取り憑かれているのか?
ホラーは映画中だけにしてほしい。
そう思いながら、入場ゲートに向かって走る。
まずは、ここを出て、霊媒師でも霊能力者でも、おばあさんでもいいから、助けを求めよう。
2人を置いていくことは心配だが、取り憑かれているなら、悪いようにはならない。
そう言い聞かせてゲートへ走るが、中々たどり着かない。
あれ、こんなに遠かったか?
少し立ち止まると、後ろから、虹色の光が差した。
振り返ると観覧車がそびえ立っていた。
「助けて」
思わず口から声がこぼれた。