六十八話
日常の終わりとは、ある日突然やってくるもの。ジーヴと夫婦になってからどれだけの年月が経ったのかわからないけれど、それなりに平和に暮らしていた。
私は、今まで殺めてきた人達を思い出せる限り思い出して、墓を作った。毎日、手を合わせる。私にできる、償い。
たまに喧嘩もするけど、大喧嘩というほどのものはなかったし、うまくやってきたと個人的には思っている。子供は当たり前だけどいない。それでも、幸せだと過ごしてきた。
大王様と母様が亡くなり、二つ仲良く並んだ墓の前で、いつものように手を合わせ目を瞑っていた時だった。
雄々しい声と共に、何かが城に向かって放たれる。砲弾だった。城には結界が張ってある、見事に砲弾を跳ね返してみせた。弾が地面にめり込み、それが、人間と魔物との、戦争の始まりの合図となった。
魔物より、遥かに魔法が劣っている人間はいつしか、魔法を諦め、海の向こう側で科学を進めた。そして、海を渡るための船を作り、戦車を作り、魔の大陸へ攻撃を仕掛けてきた。
キッカケは、些細なものだった。人間の住まう国にいた魔物の一人が、人間の子供を殺した。それが、人間にとって……また魔物に支配される世の中がやってくるのでは、という恐怖心を煽り、結果的に戦争が勃発したわけだ。
魔法と科学、どちらが単純に強いかといえば、恐らく魔法だろう。魔法とは、人知を越える力を持つのだから。
しかし、科学も侮るなかれ。兵士として選ばれたのは、人間ではなくロボット。兵器としてのロボットに感情はいらない。例え手足がもげようと、動けなくなり地面に這いつくばろうと、痛みや恐怖を感じないロボットは攻撃を続ける。
その様子は、魔物のほうが恐怖を感じるほど恐ろしいもの。魔物がどれだけ攻撃しようと向かってくるロボットに恐怖し、逃げ惑う様を人間は嘲笑う。まるで、人間と魔物の立場が逆転したようだった。
「こより、逃げるぞ」
「え、だって……皆は?」
今、京や城の兵士は最前線で戦っている。メイドのビーちゃんでさえ、戦争が始まるなりためらいなく飛んでいった。そんな皆を、置いていくと言うのか。
そんなことできない、できるわけがーー。ジーヴが、悔しそうに、悲しそうに、顔を歪めた。その瞳には、怒りの炎が灯っている。
「俺の……俺の力を使えば、人間など一瞬で消し炭だ。だけどそうしたら、大陸まで消し飛ぶ。魔物の住み処まで、消してしまう……っ」
悔しそうに壁を叩き、涙をこぼすジーヴ。ああ、誰よりも民のことを思っていたのは、ジーヴだったのに。
……やっぱりあの時、人間から魔物への恐怖心をなくしてはいけなかったのかもしれない。平和はある日突然崩れるものだと、本能でわかっていた。わかっていたからこそ、些細なキッカケで平和を自ら崩してしまう。
私は、握られた手を振りほどく。驚いたように、私を見つめるジーヴ。私は、いつも通りの笑顔を浮かべて、泣くのも、怖いのも、すべて笑顔の仮面に隠して。
「私、行ってくる!」
「ぇ、あ、こより!」
ジーヴから民を奪うなんてできない。ジーヴはいつだって仕事を頑張っていて、民のための仕事に対して、ため息一つこぼしたことだってない。ジーヴはいつだってどんなときだって、私にとって最高で完璧な、王様なんだから。
以前ジーヴが言ってた。血の契約で結ばれた者は、契約主が死なない限り決して死ぬことはないのだと。なら、今私がすることはただ一つ。
私は誰よりもジーヴの愛する魔の大陸を守りたい。今まで殺してきた人達への償いなんて全然できなかった。その報いが今こうして、きているのかもしれない。
それでも、私はーー。扉を開ければ、人間と魔物のせめぎ合いが見えた。ここは、ミルリアでどこよりも高く誰よりも声が届く場所。
はじめて立ったら足は震えて生まれたての小鹿みたいだし、今にも大泣きしてジーヴの元へ戻りたくなる。それでも背筋をビシッと伸ばして、真っ直ぐ見据える。
任されたから。大王様と母様に、ジーヴのこと任されたから、ここは踏ん張らなきゃね。お願いジーヴ、どうか逃げ延びて。すぅ、と息を吸い込む。
「人間よ、魔王は今だ健在である。私、勇者は魔王に敗れた。魔王は今すぐにでもこの大陸を消し炭にできる力を持っている……。どうか戦いを止めてほしい。怒り、悲しみ、すべての責任は勇者である、この私が請け負うことをここに誓う!」
*
とある小さな村に、端正な顔立ちだが、どこか冷たく悲しい瞳を持つ男がいた。男は嵐の夜に村へふらりと寄って、いつのまにか居着いた。
小さな家に独り身で暮らしていた男は、ある日一人の少女を自分の妻だと連れてきた。その表情は明るく、村人の誰もが見たことのない嬉しそうな顔をしていたそう。
連れてこられた少女は黒髪に金色の瞳と、少し風変わりな見た目だったが、可愛らしくも気が強く、男は尻に敷かれていたとか。
「それで、勇者はどうなったの?」
「勇者は人間に捕まり、死刑になったそうだよ。しかし、勇者はとうの昔に心の臓を失い、血の契約を結んでいたんだ。何度殺しても生き返る勇者に怯えた人間は、勇者を流浪の刑に処した。そんな勇者を迎えにきたのは、魔王だった。二人は仲良く手を取り合い、やがて消えた」
「死んじゃったの?」
「いいや、きっとどこかでひっそりと、二人で仲良く生きているだろうね」
「シーヴァ! 早く仕事に戻って頂戴。ほらほらあなた逹も」
「テマリ、ごめんごめん。すぐ行くよ。それじゃあね」
嵐の夜にやってきた男、シーヴァと、その妻であるテマリは、村で小さな学校を開いた。子供逹を集め、今でも二人仲良く勉強を教えている。
このお話に付き合って頂き、ありがとうございました!




