六十話
京は真剣なのだろう。真剣に考えて、守れなかったことを悔やんでくれている。自分がどんどん人間離れしていくのが怖かった。本来あるはずのものがないことが怖かった。許さなくていい、京はそう言う。
けれど、だから何になる? 余計に京が苦しむだけじゃないのか。怖いよ。そりゃあ怖いさ。それでも、誰が一番許せないかと言えば、弱い自分だ。
強くあれ、強くあれと育てられてきた。だからこそ、簡単に負けて、簡単に死んで、反則技で生きている自分が何より誰より許せない。
「私は、京を恨む気持ちなんてないよ。京を恨んでも、京が苦しむだけでしょう? 私はね、自分が誰よりも許せない。弱いから死んだのに、反則技でこうして生きている。今まで殺めてきた人の分まで生きようなんて思えない。だって、この体はもうとっくに、死んでいるんだもの」
自分の手を見つめる。グーパーしても、何ら異常はない。普通に動く……生きているみたいに。それが、気持ち悪い。死んだ肉体が動くことに、寒気すら覚える。私の体に、体温はない。当たり前だ、死んでいるのだから。ーーこれだけ、自分の死を確認しておきながら、心のどこかで、自分の死を受け入れたくない……そんな気持ちがあるのかもしれない。
馬鹿げている、自嘲するような笑みがこぼれた。すべての原因は、弱い私にある。だから……京がそんな風に、泣く必要なんてないんだよ。
私はこれから、魔王のジーヴの契約者として半永久的に生きる。元々、魔王とは魔物の中でも長寿で、殆んど不死に近いんだとか。
契約主が長寿なら、必然的に私も長生きすることになる。見た目はまぅたく、変わらないまま。ジーヴは生きているから、人間と比べて年をとるのが遅いだけで成長はするそうな。
ユズキさんは二十代前半ぐらいに見えたけど、あれは単なる童顔らしい。私の童顔の遺伝子はユズキさんからきていたことがわかった。実年齢は結構いっていると、こっそりビーちゃんから聞いた。
ジーヴは、私は長い年月を生きることに耐えきれなくなったら、一緒に死んでやると言った。やっぱりジーヴは、異常だ。どうしてここまで私に執着するのか、自分ではまったくわからない。そして、こんなにも執着されているのに、薬盛られたりしているのに、ジーヴから離れない自分が一番怖い。
今は、離れたくても離れられない体になってしまったので致し方あるまい。契約者は、契約主と一定の距離を保って側にいないといけない。離れると、動けなくなってしまうんだとか。
「私はまぁ、ぼちぼちやるよ。だから、泣かないで」
「こより様……っ。ボク、これからは気を引き締めて護衛、頑張ります」
「え、護衛の仕事、続けるの?」
「当たり前です」
キリッとした顔で言われてしまった。ユズキさんからの頼みも、混じっているんだろうな。
「あんまり無茶はしないでね」
「こより様が危ない目に合わなければ」
「それってズルい……。大人しくしてろってことでしょう」
「ボクはそんなこと一言も言ってませんが」
しれっとした顔が小憎らしい。絶対、私への釘さしだよ。私が危ない目にあう、イゴール京が危ない目に合うってことでしょう。ズルい、ズルいぞ、京め……! むう、と唇を尖らせると、京が驚いたように目を丸くした。
「……随分、感情表現が豊かになりましたね」
「……? そうかな」
自分じゃ、あまり気にしないから、わからない。首をかしげると、京が嬉しそうに微笑む。
「感情表現が豊かなのは、いいことですね。仕事をしていた時のこより様は、感情を殺していましたから」
寂しそうに、京がそう呟く。それは確かにそうだったかも……。
あの時は、無意識に人との関わりを避けていたし、感情が表に出るとしたら、本を読んでいる時ぐらいだった。
怖かったのだ。兄様のように誰かを好きになって、落ちぶれたと言われることが。今までもてはやしていた相手が、一気にいなくなっていく様子を見てしまったから。
常に自信満々で、強気だった兄様が、卑屈になって、強がりで私に嫌味を言うようになってしまったから。




