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五十九話

 人のいる場所から少し離れたところで、ようやく京の足が止まる。くるり、と振り返ったかと思うと、頭を下げられた。挨拶程度の軽いものじゃなく、土下座せんばかりの勢いで、深々と。



 ビックリして、動きが止まる。どうしたの、と声をかける前に京が少し顔をあげ、真っ直ぐ私の目を見る。



「申し訳ありません。護衛としてついた来たはずが、守るどころか簡単に魔王の元へ行くのを許し……こより様のーー命すら、守れなかった」



 時が一瞬、止まったかと思った。京の言葉に、瞬きを繰り返す。え、だって……京はずっと街にいたはずじゃあ、ないの? その言い方だとまるで、ずっと見ていたみたいな感じじゃないか。……ジークが、私の命を刈り取った瞬間までも。



 京は、ゆっくりと顔をあげ、はらはらと涙をこぼした。頬を伝い顎から滴り落ちる涙はとても綺麗で、思わず見惚れてしまったほど。すぐにハンカチを出して、京の涙を拭く。



「もっ、申し訳、ありません。ボ、ボク、ユズキ様から、頼まれていたのにっ。俊也様にも……!」



 ひっくひっくとしゃくりあげる京。銀縁眼鏡の奥の瞳は、泣いているせいで真っ赤に充血している。その姿は、見ていて痛々しい。



 ちょ、今聞き逃しちゃならない言葉が聞こえたんですが……。京の普段の一人称は、私。だけど今さっき、泣きながらでもハッキリと聞こえた。ボクって言ったよ? この人。


   

 京が謝っていることより、何よりも私は京の一人称が気になった。ぶっちゃけ、後半は頭に入っていなかった。



 実はボクっ子だったのを隠していたのが、ポロリしちゃったとか? 



 ……まさか。いやいやいや、ありえない。京は途中から入ってきたメイドだけど、何年間かはずっと暮らしていたわけだよ。その間、ずっと服を脱がなかった時なんてない……。



 いいや、私、京が苦手で家では避けていたこともあって、服を脱ぎ着する姿を一度も見たことがない。今更になって、その事実に気がつく。もしかして……京って、男の子? 本人が目の前にいるのだし、直接聞くのが一番てっとり早い。



「ね、ねぇ京」

「……? どうか、されましたか」



 恐る恐る名前を呼ぶと、ある程度は落ち着きを取り戻した京が不思議そうに首をかしげる。



 いや、待てよ。ここでもし京って実は男の子? と聞いた時、違っていたら? ……失礼極まりないどころか、ぶん殴られても文句は言えまい。



 男を女に間違えるならまだ許せよう。男なプライドは傷つけてしまうかもしれないが、それだけ綺麗な顔立ちをしているとフォローできる。しかし、しかしだ。女を男に間違えた時は絶望しか待っていない。どうフォローしろと言うんだ。



 ここは慎重に行くべきだ。京を傷つけないためにも、そして何よりも気まずい空気を生まないために。何も一人称がボクだったからといって、それだけで男と決めつけるのは早い。今までの京の振舞いを振り返ろう。メイドとしての仕事は常に完璧。他人にも自分にも厳しい、故に私は苦手としていたわけだが……。



 次に見た目の女らしさを見ていこう。胸の膨らみは控えめ。しかし、私が人様の胸のことをどうこう言える立場じゃないのでここは何も言うまい。立ち振舞いは、メイドとしてなら完璧。逆に、メイドや護衛など、主人のいない時の京を見たことがないからわからない。


 

 最後に言葉遣い。これも、主人のいない時の言葉遣いを聞いたことがないからわからない。



 京は、名前を呼んだっきり黙りこむ私を、心配そうに見てくる。手を目の前で振られ、ようやく自分の世界から現実に意識が戻った。



「京……さっき、さ。自分のこと……ボクってーー」

「ああ、これは失礼。実はボク、女装して神塚家に潜入してたんですよね」

「へ?」

「気づきませんでした? 俊也様と与一様はお気づきだったのでこより様もてっきり気づいているものだと……」



 全然気がつきませんでしたけど! 父様に兄様まで気づいていのに、私だけ気づいていなかったってこと? どれだけ鈍感なの……我ながら呆れるわ。そしてさらりと潜入とか言っていたけど、ユズキ様がどーたら言っていたから、大方元の世界へ戻した父様と私の見守りとか? 



「ボクの目は、ユズキ様の目と繋がれます。ボクの目を通して、ユズキ様は育っていくこより様を見守っていらしたんですよ」

「京は、ユズキさんと契約を交わしているの?」 

「よくわかりましたね。ボクは魔物です。今まで隠していたこと、お許しください。そして何よりーーこより様を守れなかったこと、どうか……許さないでください」

「うん、隠していたことには色々ビックリしたけどね。守れなかったってのは、ジークとのこと?」



 そう口に出すと、京は一気に一人だけお通夜状態に。暗い表情のまま、こくりと小さくうなすいた。

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