五十七話
表現にグロあり。苦手な方はご注意ください。
風が、髪の毛を揺らす。ボサボサになる前に、窓を閉めた。窓の外には、爽やかな青空が広がっていて、太陽が近い。いつもなら喜んで見るその景色が、なぜか不快に感じてカーテンを乱暴に閉めた。
ベッドの上に座っているので、動くとギシリと軋む音が聞こえる。ぼたり、なにかが、嫌な音を立てて手のひらに落ちる。ねっとりとしたその感触に、背筋が冷たくなる。恐る恐る手のひらを見ると、ぐすぐずに腐った私の目玉がこちらをーー。
「いやああああ!」
自分の叫び声で飛び起きるなんて、初めてだった。体を無理に起こせば、未だにガーゼが取れない傷口が鈍く痛むが、それどころじゃない。
ベッドを手で押して体を起こし、ペタペタと自分の顔を触って確認する。鏡、鏡はどこ……?
ふらつく体でベッドからおりて部屋を裸足で歩く。姿見の前にたどり着く前に、力が抜けて膝から崩れ落ちた。私の叫び声を聞いたのか、ジーヴが扉を開けて座り込む私に駆け寄る。
「こより!? どうした、こより!」
「あ、ああ……。目、私の目は……二つともある……?」
「あ、ああ。ちゃんとあるぞ。綺麗な月の色をした瞳が二つ、ある。怖い夢を見たのか、こんなに震えて……」
震えてしまって、支えられてもうまく歩けなかったので、ジーヴに抱えられてベッドまで運んでもらう。ベッドの上で、体を丸めて肩を抱く。いつのまにか、寒くもないのに体が震えていた。
……恐ろしい夢を見た。思い出すだけで、背筋が冷える。鳥肌が立った腕をさする。ジーヴに、温かい飲み物を入れてもらって、ゆっくりと喉に流し込む。体が、芯から温まっていくのがわかって、ほっとする。
どうしても確認したくて、手鏡を持ってきてもらう。自分の顔が映った手鏡をじっと見つめる。鏡に映る私の顔は、やや血色が悪い程度で、とてもじゃないが心臓のない人間とは思えない。目は、ちゃんと二つともあった。
夢とはいえ、我ながら恐ろしいことを考える。やっぱり、あるはずのものーー心臓がないという不安感からだろうか、いつか自分の体が腐り果てて、夢のように崩れてくるのでは……という恐怖心が拭いきれない。
あのあと、ジーヴから詳しい契約の内容を聞いた。まず、血の契約とはなにか。本来は、生きた人間が魔物のような強い力を手に入れるために、魔物と交わす契約だそう。
その名の通り、自らの血で契約書にサインし、お互いの血を体に取り込んで契約は完了する。今回、私は死んでしまったあとから契約したため、自らの意思での契約ではなかった。それでも、契約は成立するらしい。
私の主食が、契約主であるジーヴの血になったこと以外は、特に変わりはない。そう、一度死んでしまった私は、人間がとる食事があまりとれなくなった。とれないことはないのだけど、とりすぎると気持ち悪くなって戻してしまうのだ。
じゃあなにをとって生きる? かといえば、血である。契約にも使われる血は、食事がまともにとれない私の主食となった。
「ほら、今日の分」
「うん」
最初こそ抵抗はあれど、体が求めていることには抗えまい。今では、少しためらうだけで、飲めるようになった。自分の体がどんどん人間離れしていくのがわかるのは、複雑でもあるけど。
見た目で抵抗しないようにと、ジーヴなりに配慮してくれて中身が見えないコップに蓋がしてあって、ストローが刺さっている。ストローも、血が見えないように色つきのものを使ってある。
ちうちうと少しずつ吸って、飲み込む。人間の血のように、鉄臭い味はしない。むしろさらさらしていて、見た目が血の色をしていなければおいしいとすら感じるほど。
魔物なのにこんなに血がおいしくていいのか……と思ってしまうのは偏見だろうか。魔物といえば、もっとこう、緑色とか紫色とかおどろおどろしい感じじゃないのか。初めて飲んだ時に見た血の色は、綺麗な赤色だった。
「ジーヴ……毎日血とって、大丈夫なの?」
「俺は魔王だぞ? これぐらいなんてことない」
「そう……」
前みたいに、気軽にありがとうが伝えられなくなった。本当なら、死んでいたはずなのに、私の意思関係なく生き永らえさせて……。死にたくて死んだわけじゃない。でも、こんな形で生きていたって……。
「ねぇ、ジーヴは……私がこんな形で生きていても、嬉しい?」




