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五十五話

 魂の抜けた脱け殻みたいになってしまったジークは、あれからテーブルに突っ伏してなにがもごもご言っている。聞き取れないし、別に聞き取る必要もないと思うけどね。



 なにやら呟いていたジークが、顔をあげた瞬間、目が合った。感情のないガラス玉みたいな目が、そこにはあった。部屋の中が、黒い霧で覆われる。以前、クロエお姉さんが言っていた。闇に飲まれるな、と。



 ジークは、闇に飲まれた……? 不自然な動きで立ち上がるその姿は、まるで見えない糸に操られているかのよう。すぐにジーヴが立ち上がり、私の腕を引っ張って庇うように後ろへ。



「興味がない? ならば向けさせればいいよ。愛する者が殺される、憎しみだけでも。あはは!」



 ……っ、狂ってんなぁ、兄弟揃って! 今はそんなこと言っている場合じゃないけど。不自然な動きで、ジークが腰に下げてあった鞘から剣を抜く。同時にジーヴも剣を抜いて、構える。



 じりじりと互い動きを探るように近づき、ゆらり、と先に動いたのはジークだった。剣と剣がぶつかり合う音を聞きながら、私は部屋の外にいるビーちゃんに私の剣を持ってくるように言った。すぐにきた剣を握りしめ、ジーヴに向かって叫ぶ。



「すぐに船を出すよう命じて。人間の国で暴れられたらたまったもんじゃない!」

「わかった。船長に直接言ってくる。その間は任せた」

「任せて」



 柄を握り、鞘から一気に抜いた瞬間ジークが飛びかかってくる。刃を滑らすように受け流し、距離をとる。広いといっても、室内は室内だ。吹き抜けになっているわけでもない。いつもの戦いかたじゃあ難しい。



 かといって、剣は習ってまだ数ヵ月程度の腕。勝てるわけがない。ジークを警戒しながらも、懐を探り武器を探す。……ない。手ごろな武器が、一つもない。くそう、平和ボケしていたから武器を持ち歩く習慣が……。後悔後に立たず。



 今、手元にある武器は習いたてホヤホヤの剣のみ。どうする、と考えている間にもジークが向かってくる。さっきまで大泣きしていた相手とは思えないほど、無表情で、怖いくらい。



 霧状の黒いもやに、部屋は覆われて、視界が悪い。感情が振り切れた結果、ジークは闇に飲まれてしまった。今のジークは、多少動きがぎこちないもの、剣も使えるし魔法も使える状態にある。非常に危険だ。



 さて、この非常事態をどうにかするには、私は何をするべきなのだろう。ジークのターゲットは、百パー私だろう。さっき言っていたし。ジーヴが好いている相手である私を殺すことで、憎しみの感情でいいから自分に向けさせてやると。



「……クロエお姉さん」



 試しに呼んでみるけど、返事はない。だけど、奥のほうに気配は感じるから、いなくなったわけじゃないんだ。ふて腐れているのか、寝ているのか、よくわからないので、とりあえず威嚇するように、思いっきり叫ぶ。



「クロエ! 私に力を与えなさい! 私はまだ、一人では力を引き出せないから」

『……主。いいだろう、飲まれるなよ』

「当たり前」



 久しぶりに聞いたクロエお姉さんの声に、感情は乗っていなかった。まったくどいつもこいつも、無感情がブームにでもなっているのか。なんて軽口はおいておく。



 温かい。全身が、お湯に浸かっているみたいに温かい。だけど、そのお湯は底なし沼のように、私の意識を引きずり込もうとする。この沼に意識をすべて持っていかれたら、それが飲まれたってことなんだろう。



 奥歯を噛み締め、飛びそうになる意識をなんとか保つ。ちょっとでも気を抜いたら、飲まれそう。室内で、ジークと私、二人のもやが混じり合い、電気がついているはずなのに、部屋の中は真っ暗。気配で、ジークがどこにいるのかがわかる。



 布の擦れる音で、動いたのがわかった。こちらに向かって、走ってくる。手のひらを前につき出せば、もやがあっという間に壁の形になって、剣を阻む。つき出した手のひらをぎゅっと拳を作るように握れば、もやが剣とジークの体を縄で縛り上げるようにきつく包み込む。力が溢れている。今なら、なんでもできる気がしたけれど、すぐにそんな考えは頭を振って払う。



 ダメだ、こんなことを考えていたら飲まれてしまう。その隙をついて、なにかが飛んでくる。剣で振り払うと、それは大きな布のように広がって私に覆い被さる。



「きゃあ……! うっ」

『主!』



 叫び声をあげた直後に、腹部に鈍い痛みを感じる。覆い被さっていたもやが晴れて、見えたのは剣で私の腹を突き刺し、口元にうっすらと笑みを浮かべるジーク。



 剣が腹から抜かれると、血が溢れだす。くそ、何が任せてだよ……こんな簡単にやられたんじゃ、ジーヴに合わせる顔がない。視界がぐらぐらと大きく揺れて、暗転した。

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