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五十二話 魔王の独白

 父上のような腑抜けには、絶対になりたくない。そう心の中で誓ったのは、いつの話だったか。ーー優しすぎて仕事ができない王だと囁かれていることに、気づかないのか。



 魔王の仕事は、魔王が所有し魔王の指示でしか動かせない飛行船を使って、海を隔てた人間の国へ魔物を送り込むこと。そうして人々から恐怖心という力をもらい、また魔物は強くなる。



 父上の代では、最初こそ魔物を送り込んでいたもの、途中で中断されている。丁度ーー俺の義理の母親が嫁いできたころ。元々気の優しい父上が、好いた女に嫌われまいと仕事を放棄したのだ。呆れる。



 俺を生んだ先妻は父上を愛することはなく、俺を生んだあとに出ていった。義理の母親は父上に似て気の優しい女。しかし、好いているくせに父上はそれを決して表には出さなかった。異世界からきたという、人間の男にとられるまでは。



 母上は、父上とすれ違いにすれ違いを重ね、とうとう異世界からきたという、おかしな男との間に子供を作った。父上とすれ違って悲しそうにしていた時より、ずっと幸せそうだった。



 父上はそのことを知ったとき、今にも死にそうな顔をしていたのをよく覚えている。好いた女を他の男にとられて、ようやく父上の中にある魔王という残虐性が多少なりとも目覚めた。母上と異世界人男との関係を知った父上は、その男と生まれたばかりの子供を殺そうとした。



 しかし、母上が二人を元の世界へ戻してしまったので、しばらくの間、父上は母上を鎖でつなぎ地下室に閉じ込めた。その時父上が独り言のように呟いていた言葉は、忘れられない。



「誰かにとられるぐらいなら、閉じ込めてしまおう。誰かにとられるぐらいなら、いっそこの手でーー」



 あの時の父上は、ちょっと異常だったと思う。息子としては、結構引いてた。しかし、そんな俺にも好きな女ができた時、父上と同じ発想をしていた。やはり親子は似るのか。



 しばらくして、父上と母上の間に子供ができた。病弱な赤ん坊は、すぐに死んでしまったが。父上は悲しんでいたが、子供を生んでからは地下室から出された母上のほうは、実の子が死んだというのにどこかほっとしているように見えた。



 そんな感じの幼少期を過ごした俺は、父上から学んだことがある。まず、ちゃんと魔王としての仕事を果たすということ。次に、好きな女ができたらキチンと自分の好意を伝えるということ。誰かにとられそうになったら、この手で殺せばいいということも。



 しかし、父上が魔王の座を俺に明け渡し、魔王として生きているのは、ひどくつまらないものだった。最初こそ、魔物に怯え、逃げ惑う人間の姿に興奮していたが、それらも日常となってしまえばつまらない。



 それでも、三年前まで王座についていた頑固爺とのやり取りは楽しかった。魔物側が圧倒的に優勢なのに、それでも支配下にならず、最期まで首をたてに振らなかった。しかし、王が変わってからはまたつまらない日常が戻ってきた。ーーそんな時だ、こよりと出会ったのは。



 俺は暇潰しにちょくちょく母上がいる地下室へ行っていた。母上は俺の訪問を喜びもしなかったし嫌がりもしなかった。ただ、独り言を呟くみたいに話を聞かせてくれた。



 異世界人ーー俊也という男と出会ったことでどれだけ救われたか。愛し合って、娘のこよりを生んだ時の幸せ。



 母上は、自分を閉じ込めている父上の悪口は言わなかった。ただひたすら、生んだこよりという娘の話をしていた。その顔があまりにも幸せそうだから、子供心に父上に少しだけ同情した。



 どうやら、母上は自分の部下をこっそり惚れた男の家に潜り込ませ、娘の成長するのを逐一報告してもらっているらしい。母上は嬉しそうに話していた。



「こよりちゃん、俊也さんの黒髪と、私の金色の瞳で少し風変わりな毛色みたい。いじめられたりしないといいけれど……」



 心配しながらも、私の血も、ちゃんと引いているのね……と、嬉しそうに笑っていた。ーーだから、こよりと出会った時にすぐわかったんだ。黒髪に、月みたいに綺麗な金色の瞳。母上によく似た色白で可愛らしい顔とは思えぬ、強烈な蹴りをお見舞いされた。



 一言で言えば、一目惚れ。単純な強さと、美しさ。ぐちゃぐちゃに壊したあとに、ベタベタに甘やかしてやる。そうして、俺なしじゃ生きられないようにしたい、そう思った。



 だから、俺は決めたんだ。いつかかならず、こよりを手に入れてみせる。父上のように、誰かにとられたりなんて失敗はしたりしない。



 出会ってから一年近く経って、俺のものになったこより。堕ちてくれたんだ、俺の元へ。だからもう、離したりしない。離れようとするなら、また地下室に閉じ込めるのもいいかもしれないな。



 最近のこよりは、色んな奴らと仲よくなりすぎているから。早くこよりを手酷く傷つけて突き放し、壊れたところで甘やかして優しくして、俺がいないと生きていけないようにしたいなぁ。ああ、楽しみだ。

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