五十一話
窓のカーテンを開けると、暗雲は消え去り、雲一つない爽やかな青空が広がっている。太陽の光りが眩しい。
ピースまで、あと一時間ほど。長いとはあんまり感じない船旅だった。内容は中々に濃いとは思ったけど……ね。
オカマ……げふんげふん、アルと遭遇して、なぜか仲よくなったり。ジーヴの異常なまでの執着心に気づいてしまったり。
普段は普通なんだ。普通だからこそ、たまに見える異常性が際立つのだ。ゾッとするほど、恐ろしいあの目。あの一件以来、ジーヴの異常性は鳴りをひそめている。それが余計に不気味に思えてしまうのは、私の考えすぎだろうか?
「ジーヴ、また朝ご飯食べていないでしょう」
「んあ、忙しくてな」
腰に手をあて怒ると、欠伸をかみ殺しながら、伸びをしてなんてことないような顔。小憎らしい、私が心配することをわかっていてあえて食べないのだと、こっそり教えてもらったんだからね。
だから、いつも通り食べさせてあげることにした。羞恥心はない、私だって学習能力は高いのである。恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、ジーヴは喜ぶと学んだ。
これは餌やり。そう、ピィピィ鳴く小鳥にエサをやっている、それだけなのだ。小鳥のエサやりに、なにを恥ずかしがる必要がある。
それにしても……私がジーヴに桃を剥いてからというもの、部屋には桃が常備されるようになった。
部屋は寒くもなく暑くもなく、冷蔵庫(正確には魔道具らしいが)に入れているのは冷たくして飲みたいジュースとかそのぐらい。
桃は不思議なことに、常温で置いてあっても腐ることはない。
従者用の船での食事は、飽きるほど同じものの繰り返しだった。乾パンみたいに固いパンが主食で、おかずも質素なもの。十日間、どこにもとまらず空の上を飛び続けるのだから仕方ないと思っていたけれど、ここは違う。
バイキングでは毎日新鮮な生野菜が並んでいるし、お肉もある。この違いは一体、なんなんだろう。
「ねぇジーヴ、この船ってどのぐらいの食料積んであるの?」
あれから学んで、四等分に切った、一口で食べるにはやや大きめの桃をフォークで突き刺し強引にジーヴの口にねじ込む。果汁をこぼさないように、リスみたいに頬を膨らませて桃を食べるジーヴ。
一生懸命食べる姿を、可愛いなぁなんて思ってしまうぐらいには、バカップルしてる。ジーヴは、ようやく口一杯に詰まった桃を飲み込んだ。
「それほど積んでいない。あまり積むと船が重くなる」
「じゃあ、毎日新鮮な生野菜が出るのはどうして?」
「足りない分は、届けてもらっているらしい。詳しいことは、知らん。そこらへんにいるシェフでも捕まえて聞けばわかるだろう」
「ふぅん……。ありがとう」
この感じだと、なんで桃が腐らないのか聞いたところで、ちゃんとした答えは期待できそうにない。お偉いさんは知らなくても豪華な生活ができちゃうんだから、羨ましい。
……今の自分の暮らしぶりを従者用の船にいたころの自分に見せたら、ぶん殴られそう。
「あ、ついたって!」
「みたいだな」
船内放送が、街についたことを知らせる。それを聞いて、すぐに走り出そうとする私を、ジーヴが宥める。すでに、人間の住む国々には魔王と勇者が相討ちになり、世界には平和が訪れたと知らせてあるそうな。
いつのまに。完全に魔王であるジーヴの痕跡を消すことは難しいので、それぞれの国の代表……有り体に言えばお偉いさん方にはシナリオを話した上で、今後ジーヴが人間達に危害は加えないことを約束するとサインしたらしい。
ジーヴは、これでよかったのだろうかーー。そんな風に、考えてしまうことがある。そもそも、ジーヴが人間達に危害を加え始めた原因は? 魔王に生まれたからという理由だけで、あれほど酷いことができるの? 人間達から搾取していたものがなくなって、ミルリアはこれからやっていける?
自分で言い出したことなのに、不安がつきまとう。今まであまり気にしてこなかったから、わからないことが多すぎて余計に不安になる。押し潰されそうで、怖くて、名前を呼ぶ。
「ジーヴ」
「どうした? こより」
優しい声で、慈しむように私の名前を呼んでくれるあなたの、負担になりたくないの。ねぇ、どうしたらいい? ジーヴ。私、馬鹿だからわからないよ。どれが最善なのか……どうしたらあなたに負担をかけずに済むのか。考えても考えても答えが出ない。
「……なんでもない。行こうか」
「……? ああ」
不安は胸の奥にぎゅうぎゅうに詰めて、しっかりとふたをしてカギをかける。誤魔化すように、ジーヴの手を握った。




