五十話
不意に抱き締める力が緩み、私はへなへなとその場に座り込む。ジーヴは、不思議そうに私を見つめる。その視線すら、今の私には恐ろしかった。
あんな風に、狂気じみたことを口にするジーヴなんて、初めてだ。今までも異常だと感じる部分もあったけれど、それらは許容範囲内だった。さっきのは、今までとは明らかに違う。殺してやる、と言った時は、殺意が混じっていた。本気なんだと、一瞬で理解した。
「そろそろ昼か。バイキング、一緒に行こう」
差し出された手をとることに、一瞬ためらった。しかし、さっきまでの異常な雰囲気は消え、そこにはいつも通りのジーヴが立っていた。私は、差し出された手をとる。
未だに震える足は生まれたての小鹿のようで、なんとか支えてもらいながら立ち上がる。ソファまでよろよろしながら歩き、座る。背もたれに体を預け、ジーヴに水を一杯コップに汲んでもらって、一気に飲み干す。
ふぅ、と息を吐き出すと、少し落ち着いた。隣に当たり前のようにジーヴが座る。さっきまでの燃えるような瞳はどこかへ消えたのか、穏やかな表情。それが一層、不気味に思えた。
「バイキング、行こうか」
「おう」
お互い、さっきの出来事なんて、なかったかのように振る舞う。それでもやっぱり私の中に生まれた恐怖心は、中々拭いきれない。
きっと、不安なんだ。私がジーヴを不安にさせてしまっている。怯えている場合じゃない、もっとしっかりとしなければ……。自分をそう叱咤して、ジーヴに視線を向ければ、いつもとなんら変わりない姿。その姿にほっとしつつも、時々送られてくる視線を受けるのはキツかった。
見ているのはわかった。けれど、またあの恐ろしい目をしていたら? そう考えると、視線を合わせる気にはなれなかった。
バイキングでは、プレートの上にスバゲティサラダやカレーライス、ローストビーフなどを盛っていく。やっぱり、お昼ご飯はガッツリいきたい。
それにしても、十日間どこにも止まらないのに、どうやって新鮮な具材を手に入れてるのかな。あとでジーヴに聞いてみよう。
私は私で自由に食べたいものを選ぶし、ジーヴもジーヴで護衛つきだけど一人で選んで、四人掛けのテーブルに、二人で対面して座る。周りの人達が一瞬ぎょっとしてから、ひそひそと話し出したのはジーヴがいるからだろうか。
魔王だから、目立つのかな。当の本人はそんなこと一切気にしていないようで、いただきますをして食べ始める。
「わぁ、ソフトクリームがあるよ。フルーツやソースを選んで好みのパフェが作れるって!」
「ソフトクリームを手動で機械から器に入れるのか……」
物珍しそうにソフトクリームの機械を見つめるジーヴ。やり方がわからないのか、機械の側面を見たり撫でてみたりしている。
その姿がおかしくて、レバーを引くとソフトクリームが出てくるんだよと教えたら、幼い子供のように目を輝かせて楽しそうにいつまでもソフトクリームを出し続けるので、器から溢れる手前で慌てて止める。
器には、フルーツも乗らないほどこんもりと盛られたソフトクリーム。お腹、壊しそうな量だけど……大丈夫なのかな?
とりあえず、嬉しそうに器一杯のソフトクリームを席に持っていったジーヴを見送ってから、私は自分の分を作る。
ソフトクリームを器に盛って、ストロベリーやラズベリー、ブルーベリーなどのベリー系のフルーツを乗せて、最後に果肉入りのストロベリーソースをかければ完璧。ミックスベリーパフェ……店とかで売ってそう。上機嫌で席に戻ると、ジーヴが恨めしそうに私のパフェを見てくる。
ひたすら同じ味の山盛りソフトクリームを食べるのに、飽きてきたらしい。器には余裕もできているし、食べ進めていくごとに少しずつ味の違うソースをかけてみては、と提案すれば器を持ってデザートコーナーに飛んで行った。
チョコレートソースをかけたジーヴが早く戻ったきたので、一緒に食べる。ちょいちょい私の分のフルーツも乗せてやって、なんとか私もジーヴもデザートを完食。
「おいしかったね」
「ああ。ソフトクリームを手動で機械から出すとは、中々変わっていて面白かった」
「もう、私が止めなかったら器から溢れてたよ」
「俺は学習能力が高いから、安心しろ」
どや顔で言われましてもねぇ……。どや顔のジーヴはスルーするとして、流石に食べすぎたかなぁ。どこか運動できるとこ、あるといいんだけど……雑貨屋まで揃えるぐらいだから、スポーツジムとかあったりして。流石に……いや、どうかなー?
「ねぇジーヴ、どこか運動できそうなところってない?」
「スポーツジムが三階にある。少し休んだらそこへ行って運動するか」
サラリと言われたよ。あるんかい。いや、求めたのは私だけれども! 本当になんでも揃ってるな、この船。船の中が一つの街になっているみたいだ。
少しベンチに座って休んだあと、階段をおりて三階のスポーツジムへ。中に入ると、そこらへんのスポーツジムよりも設備が整っていた。シャワールームに、屋内プールまで完備してあって、サウナ室まで。
広いスタジオでは、ノリノリの音楽がかかっていて、奥様方がエアロビらしきものを必死で踊っている。私とジーヴは、まずは軽くエアロバイクを漕ぐことにした。
この世界は、まるで現実世界の科学と、こちらの世界の魔法が合わさっているようだ。科学と魔法がお互いぶつかり合うことなく、うまく調和している。




