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四十九話

 瑞々しい桃を皿に乗せ、フォークを添えてジーヴの前に置く。しかし、大好物の桃なのに中々手をつけようとしない。どうしたのだろうと不思議に思って隣に座るジーヴを見る。目を瞑り、口を開いて待っていた。



 アーンの体勢である。こ、これは私にアーンしろということか……! いくら両思いで所謂恋人同士とは言え、私の中にある羞恥心が抗う。



 アーンの体勢のまま、微動だにしないジーヴは、いつの間にやら私の腕をガッチリと掴み、逃げ道をふさぐ。わたわたする私に、片目だけ開いたジーヴが、それはもう楽しそうなこと。



「早く食べさせてくれ。待っているんだぞ?」

「だっ、だって……恥ずかしい」

「食べさせてくれないなら食わん」

「ええっ。だ、ダメだよ食べなきゃ……」



 城にいる間は、仕事に追われていてもキチンと朝、昼、夕と食べていた。それが、船の中では一気に適当になった。それほど仕事が忙しいということだろう。



 ぐずぐずしていたらもうすぐでお昼になってしまう。ここは、早急に食べさせねばならない。ジーヴの、私に食べさせてもらう、という意志は固い。



 そんな意志など、豆腐のようにやわでいいというのに。どうせお昼ご飯は食べるんだし、私が恥ずかしい思いして食べさせてあげなくてもいいんじゃない? という囁きと、いやいや、恋人なんだしそもそも食べないのを心配し出したのは自分でしょう? という囁きも聞こえる。私は、羞恥心をかなぐり捨て人生初のアーンにチャレンジ。



 恥ずかしさで、すでに震えている手でなんとかフォークを握り、親の仇のように睨みつけながら桃を貫通するほどの勢いで突き刺す。



 串刺しになった桃を、そっとジーヴの開いた口の中に入れる。口が閉じられたのを確認して、フォークを引き抜く。ゆっくりと桃を噛み、飲み込む。そして、もう一度開かれる口。



 ああっ、なんで一口サイズに切ったの、私! 残り六個もある。こんなことなら四等分ぐらいにしておけばよかった……! 後悔後に立たず、とはまさにこのことを言えよう。



 桃すべてがジーヴの腹の中に収まる頃には、ぐったりとしていた。一仕事やり終えたぐらいの気力を消耗した。満足そうなジーヴと違って、私はこのやり取りで少しやつれたのは気のせいだろうか? 


 いつまでもぐったりしていられないので、立ち上がって皿とフォークを洗う。洗っていると、後ろからふわりと優しく抱き締められる。丁度フォークを洗っている最中だったので、条件反射で振り返って刺しそうになり、慌てて止める。



「ジーヴ! 危ないから気配殺して近づかないで」

「ごめんごめん。恥ずかしがり屋なのに、食べさせてくれて嬉しかったから」



 嬉しそうに目を細めてそう言われると、私は黙るしかない。今鏡を見たらきっと、耳まで真っ赤に違いない。私が黙っているのをいいことに、ジーヴは耳元に口を近づけ、ないしょ話でもするかのように囁く。



「ありがとう、こより」



 さらさらの髪の毛が頬に触れ、くすぐったくて逃げるように体をよじれば抱き締める腕の力が強くなる。ぎゅうぎゅうと抱き締められて、ジーヴと顔の距離が近い。



 恥ずかしくて、腕を軽く叩いて離してくれと訴える。だが、中々離れてくれない。私の背中にぐりぐりと自分の額を押しつけて、ポツリとこぼした。



「絶対に離さないからな」

「……? どうしたの、ジーヴ。何だか元気がない……」



 あれほど強く抱き締めていた力が弱くなったかと思うと、くるり、と体の向きを変えられる。間近で対面する形になって、思わずうつむく。だけど、すぐにジーヴの手で顎を捕まれ、目を合わせられる。



 不安そうな表情とは程遠く、瞳の奥はギラギラと燃えていた。さっきこぼした言葉の通り、絶対に離さないという異常なまでの執着心が見えた。目を見ただけなのに、本能的な恐怖で体がすくむ。



 ジーヴが、恐怖を感じている私に気づいているのか、いないのかわからないけれど、にぃ、と笑う。それは口角をつり上げただけの笑みで、目は笑っていない。



「手に入れたんだ、とらせない。誰にも、とらせたりしない」



 本能が、逃げろと警報をけたたましく頭の中で鳴らす。しかし、実際は後ずさりをすることさえも許されない状況。ただ、恐怖で震えそうになるのをぐっとこらえるのに必死だった。



 目を見たくないのに、離すことができない。冷や汗が背中を伝う感触、かすかに震える手、何か言おうとしても、言葉が喉にへばりついたみたいに出てこない。ただ、酸素をあえぐように開閉するだけ。



「他の奴にとられるぐらいならーーいっそ俺の手で殺してやる。安心するといい、その時は俺もすぐに後を追う」



 そう、ジーヴは笑いながら言った。

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