四十七話
船旅五日目。師匠や京逹のいる街、ピースまであと五日。折り返し地点まできた。ミルリアへ行く時とは違って、実に快適な船旅である。何せ、命を狙ってくる相手もいないし寝込みを襲ってくる暴漢もいない。
夜は、未だに殺し屋だった頃のくせで浅い眠りだし、物音がすると起きてしまう。ま、こればっかりは仕方がないことなので諦める。
しかし、ジーヴは私が物音ですぐ起きてしまうと聞いて心配になったようで、お香を持ってきた。見覚えのあるそれは、私がジーヴに地下室に監禁されていた頃、部屋に焚かれていたもの。嫌な記憶しかないけれど、せっかく持ってきてくれたからと思い使ってみると、人生で初めてぐらいに夢を見た。
内容は、見た目だけジーヴそっくりの、ジーヴじゃない口の悪い少年と口喧嘩する。見た目はジーヴなのに、決してジーヴが言わないであろう汚い言葉を容赦なく私にぶつけるという、嫌な夢。
起きた時、夢のせいか暑くもないのに汗びっしょりで、すぐに着替えた。胸に手をあてると、鼓動が早いのがよくわかる。
正夢になるはずなどない。そうだ、久しぶりに熟睡したから、嫌な夢なんて見たんだ。あれは夢、夢だ。そう自分に言い聞かせて、もう一度寝たら、悪夢のことなんて綺麗サッパリ忘れていた。何か嫌な夢を見た記憶はあるけれど、内容は覚えていない。
朝食の時間になってもジーヴが部屋から出てこないので、一応護衛をつけて定食屋へ入る。船内には、食事処が沢山ある。高級ホテル並みにお高いところもあれば、庶民的なところもある。席に座り、メニュー表を開いてにらめっこ。
こういうの、パッと決めるの苦手なんだよね。とりあえず、豚肉のしょうが焼き定食を頼むことに決めた。決めるまでに、三十分近くを要した。店員さんを呼ぼうとした声が、騒がしい鐘の音とよく通る店員さんの声にかき消される。
「おめでとうございます! メガ盛り天丼、制限時間内に完食! 賞金はこちらに……」
拳を天に掲げ、勝利のポーズを決めて店内にいた客から称賛されていたのは、満足気な表情を浮かべたーーアルだった。
目が点、とはまさにこのことを言うのだろう。アル、あなた朝っぱらから一体何をしているの……。賞金を受け取り、店内の客達の声に照れた様子のアルを、凝視してしまう。嬉しそうにぺこぺこと頭を下げ笑うアルと、目が合った。三秒ほど見つめ合い、先に逸らしたのは私のほうだった。
見てはいけないものを見てしまった……ここは早急に立ち去らねば。
恐らく、制限時間つきの大食いか何かでアルは見事達成した。そしてその喜びを噛み締めていた。そんな時、店内に知り合いがいたとしよう、私なら恥ずか死する。
ここはアルのためを思って、何も見なかったことにするべきだ。そさくさと逃げるように店から出ようとしたところを、アルに捕まった。さっきまでの、満足気な表情から一転、その表情には焦りが見えた。
「あなた、どうして逃げるのよ!」
「いやだって、ちょっと見てはいけない感じだったから……」
「ドストレートに言わないで頂戴。アタシだって見られたくなかったわよ……。ほら、店に戻るわよ。アタシこれから朝ご飯なの、つき合いなさい」
相変わらずの女王様節を発揮するアル。って、待て待て待て。今朝ご飯前とか言わなかった? 見ていないけど、店員さんが声を張り上げて言っていたメガ盛り天丼とやらが朝ご飯じゃないの? メガ盛り天丼は何飯に入るわけ?
「さっき食べ終えた天丼は……」
「え? あんなの、昼ご飯前にする早弁みたいなもんよ。本番はこれから」
なに、本番って。メガ盛り天丼が早弁扱いって、相当な大食い……。アル、目が爛々と輝いている。怖い。半ば引きずられるように店に戻され、私はさっき頼む予定だった豚肉のしょうが焼き定食を。アルはからあげ定食とカツ丼、追加でフライドポテトを二皿と豚汁を頼んでいた。
唖然。私がポカンとしている間に、頼んだ品が運ばれてくる。二人掛けのやや手狭なテーブルの上は、あっという間に殆んどがアルの頼んだ品で埋め尽くされる。箸がお盆に乗っているのを見て、こちらの世界にも箸が存在するのだと思った。
「いただきます」
「い、いただきます」
二人同時に食べ始めたはずが、私が定食を半分まで食べ進めたところでふっと顔をあげれば、アルはもう食べ終えていた。ビックリして、箸が止まる。優雅にナプキンで口元を抜くっているけど、目の前の平らげられた皿の数を見ると、とてもじゃないが優雅とはかけ離れている。




