四十四話
はぁぁ、と盛大にため息をつくジーヴ。アルから離れるように言われて、大人しく離れた。かといってジーヴの傍に寄るわけにもいかず、アルとジーヴから、少し離れた位置に立つ。
そうなると、うっとりとした目でジーヴを見つめるアルの傍にいるのが嫌なジーヴが、私のほうへ寄ってくる。私は、ジーヴから逃げるようにアルのほうへ。無言の攻防戦が続く。
「なぜアルのほうへ行く!」
魔王様、ご立腹。って、茶化している場合ではない。
「だって、ジーヴがこっちくるから!」
我ながら、見事なまでの逆ギレっぷり。でも、ジーヴには前科があるんだからね、避けられても、文句は言えないと思うなぁ。私に薬盛るわ洗脳術かけるわ押し倒すわ、色々やってきたんだし。
アルはアルで、忍者のようにすり足でひっそりとジーヴに近づいている。その目は、獲物を捉えた肉食獣の目。爛々と輝き、今にもジーヴに襲いかかりそう。ま、確かに私には何かするつもりはないって言ってたけど、ジーヴを諦めるとは、一言も口にしてないもんね。
さっきまでのしおらしい乙女はどこへやら、今は肉食系女子と化した。狙っている、あの目は確実に狙っている。一撃で仕留める……射止める? つもりだな。私は、ジーヴと攻防戦を続けながら、アルの様子を静観する。さぁ、どう出る。
「ま、魔王様!」
自分のすぐ後ろで聞こえた野太い声に、ジーヴはビクリと怯えるように肩を跳ねさせた。おっと、まさかの襲いかかる前に話しかけるという戦法に出たか。機械のような動きで、ジーヴが振り返り、小さく悲鳴をあげた。しかし、乙女(肉食)は止まらない。潤んだ瞳で、ジーヴを見つめる。
「あ、あた、アタシ、魔王様のこと……ずっとお慕いしておりますわ! で、でも、安心してください。こよりは大事な友人なので、手を出すことはありません。それではっ」
そのまま、アルは物凄いスピードで走り去っていった。しっかりと、買い物袋と雑誌を手に握って。私とジーヴ、残された二人は間抜け顔で呆然と立ち尽くす。
今、アル……私のこと、友人って。友人って、言った……。最初はただの怪しいイケメンで、その後変態さんだってわかって、なんでかわからないけれど一緒にショッピングして、服選んでやってーー。友人? 私が、こんな私が、友人で……いいの?
気がつくと、頬を何かが伝っていた。視界が滲んで、頬を伝うそれが、涙だと気づく。
隣でポカンとしていたジーヴが、泣いている私に気づき、わたわたしながらハンカチを差し出してくれた。大人しく受け取り、涙を拭う。ハンカチで拭えば、涙はすぐに止まった。隣で心配そうに私を見つめるジーヴに向き直る。
「私……今まで、逃げてきた。弱いから、友人ができたら、殺し屋なんてできないと思っていたから。だから、初めてなんだ、ゆう、友人だって、あんな風に言ってもらえたの、初めて……っ」
それ以上は、言葉にならなかった。喉につっかえて、うまく口から出てこない。代わりに、目が溶けそうなぐらい、涙が溢れ出た。人混みの中で突然泣き出した私を、ジーヴはなんとか部屋まで運んでくれた。
部屋についてから、泣きすぎて息が苦しい私の背中を優しくさすり、落ち着かせてくれる。コップに水を汲んできて飲ませてくれたり、冷たいタオルを目にあててくれたり、実に甲斐甲斐しい。
「ありがとう……。落ち着いた」
「そうか、よかった」
ほっと安堵したように息を吐き出すジーヴ。私は、コップの水を飲み干し、サイドテーブルに置く。冷たいタオルが、熱くなった目元を冷やしてくれる。一日に二回も大泣きしていたら、目がパンパンに腫れてしまう。
「ジーヴ、ごめんね」
「何が?」
「アルのこと……」
タオルをずらし、小さな声で呟けば、ジーヴは苦笑いをする。返ってきたのは、穏やかな声だった。
「いいよ。俺は、こよりに友人ができたことが嬉しいからな」
穏やかに、ジーヴが微笑んでいた。




