表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/68

四十三話

 二杯目のオレンジジュースをちみちみ飲む。オカマさんが、ようやく自分のサンドイッチに手をつけた。手持ちぶさたなので、オカマさんが買った雑誌を開いて眺める。コスメ用品のページをめくって、流し読み。食べ終えたのを、チラ見で確認し、雑誌を閉じた。



「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったわね」



 えーっと、この船旅が終われば関わるつもりはさらさらないので別に名乗っていただかなくても結構です。……とは、流石に言えないよね。大人しく聞こうじゃないか。



「アタシはアル、よろしく。こより」

「アルね、よろしく。……なんで私の名前知ってるの?」

「そりゃあ、妃候補からはずされた時に、皆で詰め寄ったもの。魔王様に。そしたら教えてくれたわ」



 人の個人情報、なんだと思っているのかなー、あの男は。私の静かな怒りを察知したアルが、慌ててフォローするようにつけたした。



「五人……正確には四人だけど、女が鬼の形相で詰め寄ったのよ、仕方ないわ。詰め寄った一人のアタシが言えたことじゃないけど」

「確かに言えたことじゃないね」

「そこは納得しないで頂戴。怯える魔王様を見て、流石に悪いと思ったわ」



 バツが悪そうに、視線を逸らす。そりゃあね、時には風呂場に現れ時にはトイレの天井に張り付いて現れ……アルの行動力と身体能力のすごさにもビックリたけど、それ以上にジーヴがお気の毒様ねって感じ。あのジーヴが怯えるって、よっぽど怖かったんだろうなぁ。



 女って怖いね。シャルルの鬼の形相がふっと頭に浮かんだ。あの子も、きっとジーヴのことをすごく愛していた。それはもう、私とは比べものにならないぐらい。……今更考えたところで、どうしようもないんだけど。



 アルは、ふふふ、と小さく笑った。な、なんだなんだ。何かしようってか。私が警戒心をむき出しにすると、慌てたようにアルが手を振る。



「もう何かしようだなんて、思っちゃいないわよ。これだけしてもらって、恩を仇で返すような奴にはなりたくないし。少し、おかしかったの。殺すつもりの相手と、アタシはなんで一緒に食事をとっているのかしらって、ね」



 そう言って、もう一度小さく笑う。確かに、よくよく考えてみればおかしな話である。本来なら関わりなど持つ相手じゃないのに、こうして服まで選んで、一緒に食事をとっている。



 今、アルは私が選んだ服を着ている。一番最初に選んだ、青色のトップスにドット柄のロングスカート。背の高いアルには、ロングスカートがよく似合う。私のファッションセンスはおかしくないみたいで、何より。



 喫茶店を一緒に出ると、誰かがこちらへ向かって走ってくる。それがジーヴだとわかった瞬間、どうしようか迷っている間に、アルが小さく野太い悲鳴をあげて私の後ろへ体を隠すように回り込む。



 ……アル、自分の体の大きさをよく考えて。百九十センチ近いあなたが、百五十にも満たない私の体に隠れられるわけないでしょう。そんな突っ込みも、ジーヴの姿を見た途端に頭から消し飛ぶ。



 あわあわして、私はそのままアルの後ろへ回り込んだ。アルの服をしっかりと握り、迫ってくるジーヴにわたわたするアルを盾に。



「アル! お前、こよりに何かしたんじゃあ……」

「魔王様……! ああ、あなた様にまた名前を呼んでもらえる日がくるなんて……」

「カマ野郎と呼ばれたいか」

「申し訳ありません!」



 やり取りを聞いて、アルがちょっぴり可哀想になったので、そおっと顔を出す。頭上でアルがキイキイ騒いでいるけど、私には聞こえませーん。



「ジーヴ、違うの。あのね……」



 話し終えた頃には、ジーヴはぐったりしていた。恥ずかしいっ! とかなんとか叫んでいるアルと私を交互に見つめ、一言。



「何で意気投合しちゃうんだよ……」



 ごめんなさい、としか言い様がなかった。ジーヴに若干のトラウマを植え付けた相手だ、嫌がるのも無理はない。



 しかし、いざ話してみれば、アルは己の生き方に悩む、一人の女性だ。心の中とは言え、オカマさんオカマさんと連呼して申し訳なかったな、と反省する。アルは、未だにジーヴのことを直視できないようだ。しかし、両手で顔を覆っているわりには、すきまがあいている。すきまからチラチラとジーヴの顔を覗いているのだろう。



 だから耳が赤いのか。流石、乙女と名乗るだけあって、好きな人の前ではとても静か。服屋で大声出していた相手とは思えない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ