四十二話
どうやら、私がコーディネーターになる必要はなかったみたい。オカマさんは、自身の持つ乙女心をこれでもかと発揮して、色んな服を選んでカゴ一杯に詰め、試着室にこもった。店の中から店員の決まり文句、お客様よくお似合いですよが聞こえる。
「ちょっとお! いつまでも休んでいないであなたもこっちにきなさいな!」
試着室から顔だけ覗かせて大きな声で叫ぶオカマさん。ああ、今すぐ他人のフリをしてこの場から立ち去りたい。乙女はあんな大きな声を出したりしない。もっと弱々しくあるべきだ。しかし、他人のフリをするわけにもいかず、重い腰をあげてオカマさんの入っている試着室の前に立つ。
「どうかしら?」
自信満々の表情のオカマさん。白色のブラウスに、赤チェックのスカート、紺色のマント。雑誌に載っていた通りのコーディネート。しかし、あれは華奢な女の子が着るからマントが少しだぼついて可愛く見えるのであって、ガタイのいいオカマが着たら決まりすぎて可愛くない。
私は、雑誌をめくってオカマさんと比較してみる。……うん、やっぱり可愛くない。いや、この際可愛らしさは諦めよう。その代わり、大人の女性としてのおしとやかなな雰囲気の出る服がいいだろう。
私は、オカマさんを試着室に待機させ、ブラウスやスカートなど、選んではカゴに放り込んでいく。重たいカゴをよたよたしながら持って、オカマさんに着るように言う。
「何よこれぇ、普通のブラウスやスカートじゃないの」
「いいから着てください。今着ているのは、モデルが着るから映えるんです。言ったでしょう、参考書代わりに、と。気に入った組み合わせを着てみてください」
ぐいぐいと服を押し付けて、試着室のカーテンを閉めた。着替え終わったオカマさんは、嬉しそうに試着室の中でくるりと一回転する。
着ているのは、青色のトップスに、ドット柄のロングスカート。回ると、ふわりと柔らかに揺れる。トップスの袖は、大きめのフリルになっている。
流石、心は乙女なだけあって、すね毛ボーボーとかじゃなかったけど、失礼ながらミニスカートを履けそうな足ではなかったので、ロングスカートを選んだ。しかし、着ている本人がまんざらでもないみたいなので、よしとする。
「ステキ! ねぇ、アタシこれ気に入ったわ」
「それはよかったです。じゃあ次、魔法使いスタイルいきましょうか」
このあと、二時間ほどオカマさんは私の着せ替え人形と化した。ま、本人がよしとするならいいんじゃない? と思って容赦なく次から次へと着せ替え。自分の中にも、ちゃんとファッションを楽しむ心があるのだとちょっと感動した。
魔法使いスタイルは、最終的にトップスは白色のシャツ。ボトムスは黒色のタイトスカート。とんがり帽子は、黒に赤色のリボンが巻かれたもの。リボンは、金色のボタンで留めてある。鏡を見たオカマさんの野太い声。
「キャー可愛い! これも買いね、じゃあ次は杖のデコレーショングッズを探しに行きましょう!」
「もう昼過ぎですよ。一旦喫茶店で休憩しましょう」
オカマさんか服の支払いを済ませている間に、私は喫茶店へ向かう。先にオレンジジュースと、ランチのカツサンドを頼む。遅れてオカマさんが喫茶店へやってくる。それぞれ勝手に自分の分だけ注文する。
私がカツサンドにかぶりつく頃、オカマさんの頼んだハムとレタスのサンドイッチと、カフェオレがテーブルに置かれる。指についたカツサンドのソースを舌で舐めとっていると、視線を感じる。顔をあげると、オカマさんと目があった。
そういえば、オカマさんは変態さんだから関わるなって、ジーヴに言われてたの、すっかり忘れてたなぁ。どうりでずっと護衛が睨んでくるわけだ。睨むぐらいならオカマさんに振り回される私を助けてくれよ。ま、最初からそんなの期待しちゃいないけどさ。
「ほしいんですか? カツサンド」
「違うわよ、女なのに豪快ねって思っただけ。アタシもあなたみたいに、自分のやりたいように生きてこればよかった」
まるで、今までの生き方に後悔しているような呟き。後悔、しているのかな。
「……別に、今からでも遅くないと思いますけどね。いいんじゃない? 沢山おしゃれして沢山遊べば」
私だって、この生き方が本当に自分のしたいことなのか、わからない。わからないけれど、今更後悔したって意味がない。だったら、今からでも人生楽しんだもの勝ちである。
オカマさんは、たまたま心と体の性別が合わなかった。だからって、無理に体の性別に合わせて生きる必要はない。……と、私は思う。もぐもぐとカツサンドを頬張る。オカマさんは、目を丸くして、しばらくまばたきを繰り返して、それから涙を溢した。
私は、無言で二つ目のカツサンドにかぶりつく。よく噛んで、オレンジジュースのストローに吸い付く。ちうちうと吸い上げる。口の中に、果汁百パーセントの少し酸っぱい味が広がる。オレンジジュースでカツサンドを喉の奥へ流し込む。
ずず、と鼻水をすする音が聞こえたので、黙ってナプキンを差し出す。オカマさんは、しばらくうつむいたまま泣いていた。二つ目のカツサンドを食べ終え、オレンジジュースがなくなった頃、ようやくあげたオカマさんの顔は、晴れ晴れとしていた。泣き腫らした目は赤くなっていたが、つきものが落ちたみたいににこやかだ。
「ふふ、おかしな話。殺そうと思ってた女の子が初めてアタシを認めてくれて、そのことでアタシが泣き出すなんて。下手な慰めより、ずっと泣けちゃったわ」
「そう。慰めたつもりはないけどね」
「だからよ。ただ傍にいてくれた……それだけで、充分。アタシ、本当の自分を、こうして誰かに認めてほしかったのね」
そう言って、オカマさんは笑う。




