四十一話
泣き腫らした目を、冷水で濡らしたタオルで冷やす。泣き疲れて眠くなるなんて、初めてかもしれない。欠伸が漏れた。目じりに溜まった涙を、人差し指ですくって拭う。冷たいタオルを目元にあてたまま、私は軽く眠った。
三十分ほどで起きる。時計を見ると、昼食の時間まではまだまだ。どうやって暇をつぶそうか考え、引っ張り出した荷物の中に、書庫から持ってきた本数冊が入っていたので、流し読みする。
これだけ広い船だし、そうそうオカマさんと遭遇することもないだろうと思い、一応護衛をつけて船の中を歩き回る。大きい船なだけあって、どれだけ歩いても端にたどり着かない。
途中、本屋を見かけ、護衛の存在を忘れるほど立ち読みに没頭した。本の世界にいる時だけ、嫌なこともつらいこともすべて忘れられる。本ってやっぱり素晴らしい。立ち読みに集中していると、軽く肩を叩かれる。
なに、今いいところなんだからね、ちょっと待ってて! とは口に出さず、キリのいいところまで読み進める。読み終えて、ふぃー、と満足感に浸ったところで振り返った。オカマさんがいた。
「アタシを無視するなんていい度胸じゃないの、殺すわよ」
「あれ、昨日のオカマさん」
「お黙り! オカマじゃないわ、心が乙女なだけよ」
お黙り! とか初めてだよ、言う人見たの。しかも、声は見た目によく合う少しかすれた色っぽい低めの声だから、甲高くない。どちらかと言えば野太い。そんな野太い声の乙女がいるものか、私は認めない。
「心が乙女なら、どうして見た目も乙女にしないんです?」
「不粋なこと聞くわねぇ、あなた。アタシの見た目で可愛らしい女の子になれると思うわけ?」
ふぅむ、確かに言われてみると、オカマさんは肩幅も広いし、身長も百九十センチ近くある。乙女というには、少し……いや、かなりガタイがいいか。
でも、私の剣の先生であるリリィさんも身長は百九十あると言っていたけれど、振る舞いや服装が女らしいから、ちゃんと女の人に見える。騎士としてのカッコよさも持ち合わせた、イケジョだ。そのことをオカマさんに伝えてみると、考えるように顎に手を置く。
「アタシ、コーディネートするの、苦手なのよ」
「じゃあ、そこのファッション雑誌コーナーで何かよさげな雑誌買いましょうよ。参考書代わりに」
「そうねぇ……」
というわけで、なぜかオカマさん(未だ名無し)のコーディネートの参考にするための、ファッション雑誌を二人で選ぶことになった。今日のオカマさんは、昨日ほど気合いは入れていないようで、無地のシャツにジーパンとラフな格好。
ファッション雑誌のコーナーから、とりあえず一冊手に取りめくる。そこには、魔物から人間まで、恐らく若者向けの幅広いコーディネートが載っていた。最早定番となったガウチョパンツは勿論のこと、魔物向けのコーディネートのテーマはズバリ魔法使い。
とんがり帽子をかぶってもよし、杖を持ってもよし。杖が地味ならデコればいいじゃない、といった感じで、デコレーションの見本なども載っている。ストーンをつけたり、ラメを散りばめたり、可愛らしい杖が盛りだくさん。
服の色は、黒色か紺色か、下に白色のブラウスを合わせても可愛い、と書いてある。写真には、可愛くデコレーションした杖を片手に、白色のふりふりのブラウスに、赤チェックのスカート。紺色のマントを羽織り、同じく紺色のとんがり帽子をかぶってキメ顔をしている魔物の女の子が載っている。
魔法使い、ねぇ。なんとなく、隣で親の仇でも見つけたように雑誌を凝視しているオカマさんに、私が持っていた雑誌を見せる。
「あらやだ、可愛いじゃないの! 丁度いいわぁ、テーマパークで買ったっきり使い道に困ってた杖があるのよ。デコっちゃいましょう。決めたわ、アタシ、この雑誌買う」
テーマパークとかあるのか、ミルリアに。テーマパークと言えばネズミのキャラクターしか浮かばない。しかも、テーマパークの雰囲気で買ったのはいいけど、いざ家に帰ってくると使い道に困るなんてテーマパークのあるあるネタが、異世界でもあった。
よくクラスメイトが話しているのを聞いてはいたが、大人もやるのね。オカマさんはぐっと拳を作り、るんるんとご機嫌な様子で雑誌を買った。これでお役目ごめんかと思っていたら、なんと船内に服屋がいくつかあるから、そこでのショッピングに付き合えとのご命令が。うん、あれはお願いとかじゃない。命令だよ。
仕方ないので、雑誌片手に服屋へ直行。私、いつからオカマさんのコーディネーターになったんだっけ……。おかしいな。
「キャー、超可愛い! こっちも可愛いけど、あっちも捨てがたいのよねぇ」
服を次から次へと姿見で自分にあてては、体をくねらせ可愛い可愛いとはしゃぐオカマさん。彼女のウィンドウズショッピングに付き合わされる彼氏の気持ちって、こんなんなのかな……。
私は疲れてしまったので、店の近くにあるペンチで休憩している。ああ、早く決めてくれ……。私はファッションに興味はない。飾り気がなくて、動きやすい服装ならいい。対するオカマさんは、乙女心をいかんなく発揮している。




