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三十八話

 しっかりと部屋のカギをかけて、部屋の電気を消し、ベッドにもぐり込む。夕食は、従者用の船とは違って豪華だった。



 ただ、あのオカマさんとどこで遭遇するかわからないので、なるべく部屋の外に出るのは止めた。ジーヴが起きないうちに早めにとってしまおうと思い、部屋まで届けてくれるサービスを使った。



 本当は、バイキングのほうに行きたかったんだけどね。しかし、部屋に届けられた食事も中々豪華なもの。流石豪華客船、侮れない。



 ベッドのすぐ側の、窓のカーテンを開ける。月明かりが、暗雲のすき間から部屋の中へ射し込む。そう、この大陸は、毎晩丸い月が、暗雲のすき間から顔を覗かせる。魔物は朝日はダメでも、月明かりはオッケーらしい。



 普段から、暗雲に覆われている暗い大陸に、光りが射し込むのは、夜の間だけ。その満月の美しいこと。よく、ジーヴが大きな窓のある食事部屋から月を見ては、いとおしそうに、こう呟いていた。



「こよりの瞳の色と、おんなじだ」



 その言葉で、更に食事を運ぶメイドの眼光が鋭くなることに、未だにジーヴは気づいていない。いい加減、気づけ。鈍感にもほどがある。そんなことを思い出していたら、ジーヴに少し、悪いことをしたかなぁ、と反省する気持ちになってきた。



 しかし、今更遅い。今日か明日か、どのみちジーヴが起きたら何かしら待っている。おお、考えただけで鳥肌が立った。私は、自分の体を抱くように露出した腕をさする。



 ひとまず、恐ろしい未来のことは頭の中から叩き出し、手元の本に視線を向ける。ジーヴから、暇潰しに読めと言って、渡された本である。月明かりが、いい感じに本を照らしている。本を開けば、あっという間に私の意識は本の世界へ。



 気がつくと、二時間が経っていた。時計を見て、そろそろ寝るか、と読み終えた本を閉じた。



 本は、私が好んで読む異世界トリップもの。こちらの世界での異世界は、魔法や剣を使わない世界のことを言う。まさしく、私が元々いた現実世界だ。どうも、作家とは世界を隔てても、考えることは同じらしい。もしも、こんな世界があったらーー。



 そんな、もしもを、自らの手で作り上げてしまうのだ。これだから、読書は止められない。わくわく、ドキドキ、常に主人公と同じ目線に立ち、同じように感情を共有する。読書中の自分の顔は、百面相に違いない。主人公と一緒に笑って、泣いて、怒ってる。



 閉じた本をサイドテーブルにそっと置く。布団をかぶり、眠りにつこうとすると、ノックが。もしかして、ジーヴか起きたのかもしれない。ここはやっぱり、寝たフリをするに限る。



 カギもしっかりとかけたし、扉をぶち破られない以上は、大丈夫だろう。呑気にそう考え、寝たフリをする。ノックが、一定の間隔をあけて、一回、二回、三回、四回……。なぜ私は、ビーちゃんで学ばなかったのだ。魔物は基本、しつこい生き物だということに。



 読書も終わり、正直言って早く寝たかったし、何より、一度寝る体制になったので、起きたくないという、私の中にある謎の意地が働いた。お陰で、私は前回のしつこいビーちゃんのノックの数を軽々と越える、四十八回まで数えた。私も、ノックしている相手も、よくもまあ飽きもせずに頑張ったと思う。先に根負けしたのは、やっぱり私のほうだった。



 先に言おう、これは決して私が押しに弱いとか、そういうのじゃない。魔物の、そこら辺にいるストーカーも裸足で逃げ出すレベルのしつこさに、勝因はある。諦めて、ノックが五十を越えたところで、私は渋々扉を開けた。そこに立っていたのは、不機嫌そうに腕を組む、ジーヴだった。



 扉を開けるなり、ずかずかと入ってきて、部屋のソファにどかっと腰をおろした。ちなみに、ソファは三人掛けのものが一つ。ジーヴは、我が物顔でそこに座ったのだ。



 これまでの経験上、ここでベッドに私が座ると、何をされるかわからない。なので、仕方なく一人掛けの椅子を引っ張り出す。真向かいで、ジーヴの鋭い眼光を受けるのは嫌だ。かと言って、離れすぎると地雷を踏みそう。



 というわけで、私は、ジーヴが座っている位置から斜め向かいで、二、五メートルほど離して椅子を置き、座る。



「……何か言うことは?」

「ゴメンナサイ」

「まぁ、俺もこよりに薬を盛って洗脳術をかけたことがある。今回のことは、水に流してやる」



 わー、すっごい上から目線。ここまでくるといっそ清々しさすら感じるほど。これでお互い様だろうと言わんばかりの態度。偉そうだな、何様だ。魔王様か。



「だが、俺という存在がありながら、バーで他の男と酒を飲むとは一体どういうつもりだ?」

「あれ、見られてたの」

「ビーがこの目でしかと見たと」

「あれ、オカマだよ。一見白馬の王子様だけどね。あと、お酒は飲んでないから」



 俺という存在がどういう存在なのかは、突っ込みどころが多すぎてスルーした。ウソは言っていない。飲んではいない。ほんの一舐めしただけなので、あれは飲んだに入りません! 私の言葉に、ジーヴがピクリと形のいい眉を動かす。



「オカマぁ?」

「うん、なんかね、アタシと勝負なさい! って言われたよ」



 あれ、そういえばあのオカマさんの名前、聞きそびれたなぁ。見た目と中身のギャップが大きすぎて、あまりのインパクトに名前を聞くのを忘れていた。オカマさんの口調を真似てみたが、ジーヴのツボには入らなかった模様。



「緑がかったロン毛に、深緑色の目でね、名前は聞きそびれちゃったんだけど」

「あいつか……どうやって乗り込んだ? いや、でも出入りが激しいから、見逃す可能性も……」



 何やら、ぶつぶつジーヴが呟いている。なんだろう、知り合いなのかな。ジーヴにオカマの知り合いがいたなんて、初耳。でも、呟いている内容がなんだか物騒。どうやって乗り込んだとか、見逃す可能性とか、よくわからないけど、どうもあのオカマさんは招かざるお客さんだったみたい。

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