三十七話
そんな私の心中を、知ってか知らずか、オカマさんは、マスターにストレートを頼み、一気飲みして潤んだ瞳で私を見つめ、びしぃっと人を指差し吠える。
「あなたが魔王様の妃になるなんて、アタシは認めない。このアタシと勝負なさい!」
つい、差された人差し指をべしりと叩き落とす。
おっと、しまった。人様を指差すなという父様の躾のせいで、くせが。悪気はなかったんだ、信じてくれ。人差し指を叩き落とされたオカマさんは、目をパチクリさせ、うるうると瞳に涙を溜めたかと思えば、わーっとカウンターに突っ伏し大声をあげて泣き出す始末。
なんだこのオカマ。付き合ってられませんわぁ。ひょいっとカウンター席からおりて、マスターにはオカマさんがお酒の代金を支払ってくれると告げて、その場を立ち去った。
後ろでオカマさんの女だからどーたらみたいな叫びが聞こえたけど、聞こえなかったことにしてそさくさと部屋へ向かう。話って、アタシと勝負なさい! ってことだったのか。
部屋に戻る途中、面白そうなあめ玉を見つけたので、ポケットに何個か頂戴した。無料であめ玉を配ってくれるなんて、サービスいいね!
しかし、部屋で待っていたのは、背後に般若の顔でも見えそうな、笑顔のジーヴ。笑っているのに、背筋が寒くなる。思わず、シャキッとする。ジーヴは、未だ気絶したままの部下を見て、私を見る。ニコニコしていて、その口は何も語らないが、笑っていない目がすべてを物語っていた。目は口ほどにものを言う、とはまさしくこのことだな、と実感した瞬間であった。
ひええ、と戦く私の腕を掴み、ベッドの上に放り投げる。柔らかいベッドが私を受け止めてくれたのもつかの間、すぐにジーヴが覆い被さってくる。
「次はないと、言ったはずだが?」
「いやいやいや、一旦落ち着きましょうよジーヴさん」
「俺は落ち着いているぞ。パニックになるこよりも可愛いが……自ら危険に飛び込むくせは、治さないとなぁ」
ニヤニヤと妖しい顔で考えるジーヴの隙をついて、私はさっき頂戴したあめ玉を、自分の口の中に放り込んだ。そして、ジーヴの頬を両手で掴み、ぐいっと引き寄せそのまま、唇に吸い付く。
驚いたジーヴの唇が開いたのを狙って、私は口の中のあめ玉を舌で押し込んだ。あめ玉を口に含み、わたわたと顔を真っ赤にして私から離れていく。
「な、な、何を……!」
「おいしいでしょう? 船の中で配っていたから、もらったの」
「そうじゃなくて! ……!? これは!」
慌てて、ジーヴが口の中のあめ玉を吐き出す。コロン、と床に転がったあめ玉は、淡いピンク色。ジーヴの唾液で、艶々している。
私とジーヴの口の中でだいぶ溶けたようだ。チッ、気づくのが早いな。流石ね、味でわかったのかな? でも、気を逸らすために私と会話していたから、結構効いているはず。心の中で舌打ちしながらも、ニヤリ、と口角をつり上げる。
ジーヴが自主的に離れていったので、起き上がってみる。ほんの少し頭がくらくらするけど、それだけだ。ジーヴは、すでに意識を失っている。
そおっと近づき、寝顔をまじまじと眺める。こうして大人しく寝てりゃ、可愛いのにねぇ。それにしても、あめ玉を配っていたお姉さんの言葉通り。ポケットから、まだ封を開けていないあめ玉を取り出し、見る。そこには、大きな文字でこう書いてある。
「どんなオオカミもこれでイチコロ、強力睡眠あめ玉。彼を眠らせ襲っちゃえ……ね。怖いことを考える女がいたものだ」
つらつらと文字を読み上げ、また何かに使えるかもしれないと、ポケットに押し込んだ。異世界らしく、うねうねとミミズの這ったような字だが、不思議と読める。なんでだろう。
言葉も普通に通じるけど、もしかしたら本当は話している言葉も文字同様、日本語じゃないのかも。なんて考えながら、隣のジーヴの部屋で待機していた従者を見つけて、床で寝ているジーヴを運んでもらうことにする。
「ジーヴが突然押し倒してきたから、蹴りあげたら気絶しちゃった。起きたらごめんねって伝えておいてください」
と、真実にウソを練り混ぜた言葉で、なんとか訝しむ従者を無理やり納得させ、ジーヴを部屋まで運んでもらった。流石に床に王様を寝かせておくわけにもいかないし。私ってば優しい。
初めて見たジーヴの寝顔は、案外幼かった。見た目いいんだから、もうちょっと態度を改めればいいのに。でも、妃候補が五人もできるわけだから、あの態度が令嬢にはウケたのだろう。同じ女なのに、彼女らの心がわからん。




