三十三話
はぁ……。食べ終えたばかりで、本当はよくないんだけど、私はベッドにダイブ。ふかふかのベッドが、私を受け止めてくれる。そのまま、ごろんと転がり仰向けになる。
相変わらず、息の詰まりそうな食事だった……。食べたものの味なんて覚えちゃいない。ジーヴは、仕事に忙殺されそうなぐらい疲れきっていた。当然、会話も減る。メイドに睨まれる。
違うぞ、私がジーヴを誘ったわけじゃないからね。ジーヴが誘ってくるから、ダルくても面倒でも私はわざわざ部屋から出ているわけで……。
城の中は、一定の室温で保たれている。だから、長袖を着ても暑くないし、半袖を着ても寒くない。どうやって一定の室温に保っているのかはよくわからないけるど、便利だし、いいと思う。食べたばかりで、すぐに横になったからか、眠い眠い。さっきから、欠伸が止まらない。
眠気覚ましに何かやろうと思い、ベッドからおりてみたはいいもの、特にやることが思いつかない。うろうろと無駄に広い部屋の中を歩き回って、思いつく。
そうだ、本でも貸してもらえばいいじゃないか。そういえば、私この世界にきてから本を読んだ記憶がない。そうと決まればソッコー言いに行こう。
「本? 書庫にある本なら、好きなだけ読むといい。なんなら、部屋に持っていってもいいぞ」
ジーヴの許可も得たことだし、いざ書庫へ行かん! というわけで、書庫にきてみたのはいいけれど……。
あまりの本の多さに、圧倒され後ずさりしてしまう。国立図書館並みに本が置いてある。本棚は、私の背丈を越し、見上げるほどの高さ。一番上の本をとるには、脚立を上らなくてはいけない。そんな大きい本棚がいくつも並んでいるのに、収まり切らなかった本は床に積まれている。
積まれた本の高さは、私の背丈ほど。大きな本棚と積まれた本によって、書庫は迷路と化していた。しかし、これだけの量の本が読める機会なんて、そうそうあるもんじゃない。
黙々と読んでいたら、気がつくと時計は夕方の五時を知らせていた。名残惜しいが、読みかけの本と、気になる本数冊を抱え、本の迷路から出る。
書庫から出た途端に、ビーちゃんにすごい勢いで怒られた。本に夢中になるのはいいことだけどご飯を抜いてまで云々。途中から説教の内容は覚えていない。それよりも、本の続きが気になって仕方がない。
「わかったわかった、今度からは気をつけます」
適当にそう返事をして、部屋にこもる。夕食を食べている時間すら惜しいが、ビーちゃん曰く仕事に忙殺されそうなジーヴにとって私と一緒に食事をとる時間は癒しらしいので、ゆっくり目に食事をとる。
「いい本は見つかったか?」
「うん、書庫っていうか、最早図書館だね。読みたい本がありすぎて困っちゃう」
上機嫌な私は、無意識のうちに笑みを浮かべていたようだ。ジーヴが、ポカンと私を見つめる。いつも眉間にシワしか寄せてないメイドさえも、ポカンとしている。不思議に思い、首をかしげる。ジーヴが、頬を赤く染めながらポツリと呟いた。
「素でそんな風に笑うことも、あるんだな」
「わら……? はっ」
すっかり、本のことで緩んでいた頬を引き締め、口を一の字に結ぶ。しかし、それがジーヴのツボに入ったようで、噴き出す。
「ははっ、何で真顔に戻すんだよ。笑ってるほうが可愛いのに」
「う、うるさい。ターゲットの前で笑うなんて、私のキャラじゃないの」
顔をぺたぺたと触り、頬が緩んでいないかよく確認する。当然、真顔で。それがまた面白かったらしい。ジーヴは笑いっぱなし。涙が出るほど笑って、涙を拭っている。笑顔が可愛いだなんて褒められたの、初めて。ほんの少しだけ、照れる。
「せっかく可愛い顔しているんだから、笑えよ」
「はい! この話題しゅーりょー。終わりです、終わり!」
「ムキになって……可愛いなぁ」
目を細め、とろけるような笑みを向けられ、じわじわと、顔に熱が集まっていくのを、感じる。どうにもいたたまれない。恥ずかしい。視線はうろうろ、落ち着かず、体はそわそわ。こんなことで一々動揺するなんて、やっぱり私ーー変だ。今までなら、きっと平気たった。
ここにきて、感情が豊かになった。殺してきた感情が、少しずつ解れていく。それが、今の私には、怖い。このままじゃあ、私……ジーヴを、殺せない。




