三十一話
ビーちゃんが運んできたオレンジジュースをちうちうとストローで吸う。
コーヒーは、ジーヴの一件があって以来、飲めなくなった。紅茶は、元々飲めない。なので、私だけオレンジジュースなのだ。ちなみに、オレンジジュースは果汁百パーセントのものしか認めない。
ジーヴは、色は紅茶なコーヒーを飲む。ミルクも砂糖も一切入れない。苦くないのかな。
「魔法のほうは?」
「空き缶がなんとかへこませられるように」
「すごいじゃないか。前は空き缶を動かすことすら、できなかったと聞いている。進歩だな」
目を細め、嬉しそうに笑う。ビックリするほど褒めてくれるので、なんだかむずかゆい。確かに褒めてくれ! とは思ってたけどさぁ、まさかジーヴに褒められるだなんて、思わなかったし……。視線がさ迷ってしまう。
とりあえず、落ち着こうとオレンジジュースのストローに吸い付く。ちうちうと吸って、コップの半分まで飲んだところで、私から話を振る。
「ジーヴは最近仕事、忙しいみたいだね」
「ん、ああ。まぁな、どうも、最近勝手に俺の支配下の国で暴れている魔物達がいるらしくてな、その後処理に追われている」
……以前、ジーヴが言っていた。自分の支配下に収めた国には手は出さない、と。師匠の家のお手伝いさんが泣きながら言っていた、作物をとったり、魔物との子供を生ませるために若い女の人をさらってるってのは本当みたいだけど、それ以外では本当に手を出すつもりはないんだ。
魔王って、もっとこう、魔物を使って人間達を虐殺とか、そんなイメージしかなかったから、ちょっと意外。
しかし、惑わされてはならぬぞ、私。これは、ジーヴのイメージがマイナスからスタートしたから、徐々にプラスのイメージが加算されていっているだけ。
そう、そうなのだ。虐殺といえば、ジーヴ自身が手を下していないにしろ、三年前までは魔物による被害が国中で起こってたみたいだし。
私は、皿に盛られたクッキーに手を伸ばす。クッキーは、サクサクで香ばしく、甘みが口に広がり頬が緩みそうになる。やっぱり甘味は偉大だわ。あれ、なんか今デジャヴが。
「ジーヴ、イメージしてた魔王と違うなぁ」
ポツリと、そんなことを漏らしていた。すぐに口元を押さえたが、ジーヴの耳にもばっちり聞こえたようで、途端にいつもの意地悪顔になる。
「惚れ直したか?」
「そういうのじゃないし! た、ただあれよ、意外と仕事頑張ってて偉いなぁとか……ニヤニヤするな!」
珍しく動揺した私は、言えば言うほど墓穴を掘ってしまう。最終的に、嬉しそうにニヤニヤしながら私を見るジーヴに逆ギレした。
大体、いつ私がジーヴに惚れたっていうのよ。でも、違うとは、なぜか言えなかった。なんでだろう?
変なの。この城にきてから、私は変だ。今まで、父様に悲しい顔をさせるとしか思っていなかった母親のユズキさんの身を案じたり最近は、感情豊かだし……こんなの、私らしくない。変だ。
いつのまにかクッキーを頬張っていたジーヴが、不思議そうな顔をする。私は、変な気持ちを誤魔化すように、クッキーを口一杯に頬張った。そして、オレンジジュースで流し込む。
ジーヴは、ナプキンで口元の食べカスを綺麗に拭き取る。
「まぁ、元気そうで何よりだ。俺は仕事に戻る。訓練、頑張れよ」
「言われなくとも。寝首をかかれないように、気をつけることだね」
「じゃあな。こよりも、気をつけろよ」
ひらひらと片手を振って、ジーヴは部屋から出ていった。
残ったクッキーを頬張りながら、考える。関係は、深入りしないほうが……身のためなのに。今まで、いつ、どんな依頼がきてもいいように、友人も、恋人も作らなかった。だから、こんな風に軽口を言い合える相手が出来たのは、初めて。軽口を叩ける相手を、私はこの手で殺せるの?
どう、なんだろう。わからない。わからない……。ぐるぐると、考えが頭の中で回る。ええい、寝てしまえ。私は、ベッドに突っ伏し、枕に顔を埋めて眠りについた。




