二十八話
私は今、ベッドの上で大変不機嫌な顔をしている魔王にくみしかれている。ーーどうしてこうなった。
現実逃避するように、くみしかれるまでの経緯を振りかえる。
シャルルを殺したあと、私は城へ戻った。そしたら、最近床に伏せっていたユズキさんが青白い顔で出迎えてくれて、ほっと安堵の表情を浮かべながら、抱き締めてきた。
随分と心配をかけてしまったなぁ、と他人事のように考えていたら、ユズキさんの従者が慌ててベッドに戻るように促したので、チラチラと不安そうな目で私を見ながらユズキさんは自室へ戻っていった。ここまではよかった。
さて、問題はここからである。仕事中だから、こないだろうとタカをくくっていたら、なんと魔王が飛んできた。それも、背後に般若の顔を背負って。流石に背筋が冷えた。私はそのまま、魔王の部屋へお姫様抱っこで運ばれた。そして、現在に至る。
「城下町の路地裏で、シャルルの死体が見つかったと報告を受けた。どういうことか、吐け。いいか、俺の目を見て真実を話せ」
「えっとぉ……暇だったので、城下町に遊びに行ったらシャルルと遭遇して、殺されかけたので殺しただけ……で、す……」
視線が突き刺さる。痛い、地味に視線が痛いっ。刺し殺す勢いの視線に、言葉尻が小さくなっていく。ゴニョゴニョと言い訳を考える。
脳よ、今こそフルパワーを出す時だ! お願いだから、私の上で何か怪しいことを考えている魔王を止めるための、鶴の一声よ、思いつけ!
魔王は俺の目を見て話せと言ったが、私の視線はあっちをうろうろこっちをうろうろ。。ビッチビッチと元気よく泳いでいる。
お姫様抱っこからベッドにやや乱暴におろされ、私の両手首を、いとも容易くまとめあげて、頭の上に。男の手って、やっぱり大きいよね。気を抜くと、すぐに現実逃避してしまうくせがいつの間にやら、ついていた。おっと、いかんいかん。両手首を握られる力が強くなったことで、私の意識が現実に戻ってくる。
あのー、乙女はか弱いので、そんなに強く握られると、骨が折れそうです。なんて軽口を叩けそうな、雰囲気じゃない。黙っておこう。
暇だったから、っていうのはウソ。だけど、町中でシャルルと遭遇して、殺されかけたから殺したのは、本当。やだ、私ってば九割型真実言ってる、偉い!
「俺が、こよりを好いていることは、理解しているな?」
「え? は、はい」
一瞬とぼけようかと考えたけど、魔王に睨まれたので大人しくこくこくと小刻みに首を縦に振る。
「城から出たら、元妃候補に命を狙われることは?」
「それは勿論……あっ」
「ほう。わかった上で、出ていった、と……」
思わず、本音がポロリ。違う、違うんだ。こんなポロリ、誰も望んじゃいなかった。スッと細められる魔王の目に、ぞわわ、と鳥肌が立つ。警報が頭の中騒がしく鳴っている。
背筋がヒヤリとするのを感じて、咄嗟に魔王を蹴りあげようとした足は、もう片方の手で捕まれる。恐る恐る魔王の目を見て、すぐに後悔した。
愉しそうに笑う口元とは違い、目は笑っていない。捕まれた足の力を抜くと、そのままそっとおろされる。当然、両手首は頭の上で魔王の手で握られたまま。
「まぁ、無傷で帰って何よりだ。しかし、黙って城から抜け出すのは悪いことだよなぁ、お仕置きが必要かなぁ」
ひえっ、なんか怖いこと言ってる……。しかも、帰ってとか、ここは私の家か。違うよ。魔王は、例えるなら、獲物を目の前にした肉食獣。ならば、私は食われる寸前の小動物、といったところか。
魔王の顔が、近づいてくる。そのまま、私の耳元へ熱い吐息を吹きかける。さらさらの髪の毛が、顔に触れる。
「こよりはいい子だから、もう二度と城を抜け出したりなんて、しないよな? ーー次はないぞ」
耳元で話すものだから、こそばゆい。しかも、魔王の熱い息が言葉と共に耳に入り、頭の奥がしびれたようにぼーっとする。
「いいな?」
「はい……」
気がつくと、ぼんやりしたまま素直に変事をしていた。魔王の顔が離れていって、ようやく正気に戻る。だが、なぜか魔王はいつまで経っても私の両手首を離そうとしない。不思議に思っていると、魔王が一言。
「いい眺めだ」
油断しきっていた魔王を蹴りあげて、魔王が派手にベッドから転げ落ちた。




